第11話 カーバンクルの名前つけ
馬車に揺られ続け……やがて。
私たちは、オーソクレースに到着した。
オーソクレースもまた城郭に覆われた城郭都市だ。結界がない分、アルミナのそれよりもより堅牢に作ってあるようだ。
「止まれ!」
門番に呼び止められ馬車が止まる。入国の検問だろう。
「あ、これはフェルド様! よくぞお帰り下さいました、どうぞ中へ」
だがフェルドが馬車の窓から顔を見せただけで一瞬で通った。うーん、貴族は違うなあ。
馬車は門を抜け、オーソクレースの中へ。
「アルミナに比べれば小さな国だろう、結界があるアルミナと違って基本的に城郭という制限があるからね。でも、活気では負けないつもりだよ」
「ええほんと、賑わってますね」
馬車の窓からのぞくオーソクレースの街並みはフェルドが言った通り活気に満ちていた。
「交易の要衝にあるアルミナだけど、隣国であるオーソクレースもその恩恵に預かっているんだ。というより過去にはひとつの同じ国だったんだよ」
「あ、聞いたことがあります! たしか大昔に最初の結界を作る時に……」
「そう、結界の範囲から出た部分は自然と切り離された。あえて言葉を選ばなければ見捨てられた格好だ。でもオーソクレースはたくましく国を発展させ、こうしてアルミナに負けないくらいの国を作り上げたんだ」
「へーっ!」
孤児院で聞いた歴史だが、こうして当のオーソクレースの人から聞くと本にはない力強さを感じた。
「……アルミナから来た君には、失礼な話だったかな?」
「え? どういう意味ですか?」
「いや、ついアルミナを悪役にするような語り口をしてしまったからね。気分を害したなら申し訳ない」
「いえいえそんな! 正直に言うと私、アルミナ嫌いなんで!」
「ふふっ、そうなんだ、ジュリーナは素直だね」
貴族様にはちょっと不躾かな? と思ったが、フェルドの方もあまり畏まった感じがしないので、遠慮はいらないと言われているように感じた。私が肩ひじ張らないようあえて砕けた調子で接してくれるのかもしれないな。
……あれ?
私、アルミナから来たって言ったっけ……?
まあ、アルミナとオーソクレースを繋ぐ道沿いの宿屋街にいたんだから想像できる範囲か。
「さてこれからなんだけど、このままオーソクレースを案内してもいいけど、馬車に揺られて疲れただろう。すぐに住むところが決まるとも限らないし、まずは宿に案内しようと思うんだけどどうかな? もちろん宿泊代は気にしなくていい」
「あ、じゃあそれでお願いします」
助かった、たしかに2日間馬車にずっと揺られたので疲れていたところはあった。商人のお爺さんの馬車は荷台に乗せてもらっていたし。逆にフェルドの馬車はめちゃくちゃ乗り心地よかったけど。
「楽しみだねー」
『キュイッ♪』
カーバンクルの頭をくりくりと撫でる。
とその時ふと気付いた。
「そういえば名前、決めてなかったな……」
『キュ?』
いつまでもカーバンクルと呼ぶのも変な話だ。他にカーバンクルを連れてる人がいたら混乱するだろうし、そろそろ名前を決めておこう。
うーん、でも何かに名前をつけるのって苦手なんだよなあ、経験ないし……そうだ!
「フェルド様、よかったらこの子に名前をつけてあげてくださいな」
「え、僕が? いいのかい?」
「ぜひぜひ、これも何かのご縁だと思いますので」
『キュキュー』
フェルドに出会わなければカーバンクルにも会わなかった、合縁奇縁、こういう巡りあわせは大事にするべきだろう。なにやらフェルドはカーバンクルが好きみたいだし。
「あの幻の聖獣、カーバンクルに名前をつけるなんて……ましてその主が……とにかく誇り高い役目だ、ぜひ臨ませてもらおう」
フェルドは考え始める。小動物に名前をつけるだけなのにこんなに真剣に考えてくれるなんて、誠実な人だなあ。考えている姿もなんだか様になっている……
が。
「……イン・クルージョエルナ・サニディーン・アノーソクレースというのはどうかな?」
フェルドは大真面目にそう言った。
「え?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。インクル、なんて?
「だ、ダメかな? これは古代語で『聖なる乙女たるジュリーナの魔力宿すオーソクレースの守護者』という意味で、ぴったりだと思ったんだけど……」
どうやらフェルドは本気らしかった。うーん思わぬ欠点、この貴公子、ネーミングセンスが残念。いい名前にしようと思うあまりの暴走、真面目すぎるのかもしれない。
でもそのおかげで名前に込められた意味はとても素敵に聞こえた。何より彼が本気で考えてくれた名前だし、無下にはできないだろう。
「ちょっと長いので……そうですね、クル、というのはどうでしょう。本名はそのインクルー……なんとかで、愛称ってことで」
「た、たしかに長すぎたかもな。じゃあ君の言う通りにしようか」
「はい! よかったねークル、素敵な名前をもらえて」
『キュー』
カーバンクルあらためクル自身は名前をもらったことがはたしてわかっているのやら。私の指にすりすりと身を寄せていたのだった。




