第10話 混乱のアルミナ王国
ジュリーナたちがオーソクレースへ向かっていた頃、アルミナでは。
「なぜ『紅の宝玉』が集まらんのだ!?」
王の怒号が響いていた。
国内の『紅の宝玉』を集める命令をし、これで結界も安泰かと思っていた王だが、思うような数が集まらなかったのだ。ただでさえ国民の財産を強制的に接収するという無茶な命令により、王国が混乱しているのも響いていた。
「お、恐れながら陛下、かねてよりの経済的困窮によりすでに『紅の宝玉』を換金してしまった者も多く……」
「ならばそれを買い取った業者を連れて来い!」
「ですので我が国は経済は困窮しており、外国との取引が主流となっておりまして……」
「ぐううっ……! それもこれもすべてあのジュリーナ! あの悪女が我が国の金を食いつぶしたせいだ! 忌々しい!」
すっかり『ジュリーナが悪』という思考のまま抜け出せなくなった王は、あらゆる怒りを彼女にぶつけようとする。なまじ追放して手の届かない場所に置いてしまったのもよくなかった、もし追放ではなく捕縛にとどめておけば、追求の末に和解に至ることもできたかもしれない。
「国内の宝玉があれだけのはずがない、まだ隠し持っている者も多いはずだ! ジュリーナの協力者も見つかっておらぬわけだし……城郭の検問兵からの報告はないのか!?」
「め、めぼしい報告はあがっておりませぬ」
「ぐううっ……!」
王は焦っていた。王たるもの、国を導く者としてのリーダーシップを常に発揮せねばならず、権力はあれど体面というものが非常に重要になる。このままでは、王失格の烙印を押されかねない。
「おかしい、先代は結界を維持してきたはずだ。なぜ余の代に限ってこんな……! ジュリーナめ!」
焦る王の怒りの矛先はジュリーナへと向く。これは王の怒りが自分たちに降りかかるのを恐れた周囲の家臣たちが誘導したせいでもあった。
長く続くアルミナ王国、代々の王位の権力。強大な権力は当代だけでなく先代、それ以前から腐敗を始め……今、国そのものを腐り落とそうとしつつあるのだ。
「へ、陛下!」
さらにそこに、追い打ちをかけるように兵士が凶報を伝えに来た。
「こ、国内の瘴気の気配が強まりつつあると宮廷魔術師から報告が! おそらく結界の効力が薄れているのではないかと……!」
「なんだと?」
瘴気とは悪しき魔力のことで、主に魔物が発する。自然には当たり前に存在するものだが、魔物以外の生き物には基本的に害となるため、毒に等しい存在だ。
アルミナ王国は立地上、瘴気が流れ込みやすい場所にある。結界はそのためのものでもあったのだ。
「このままでは国内の農作物にも影響が出て、困窮がより一層強まるものと……!」
「……やむをえんか」
報告を聞き、王が動いた。
「王家秘蔵の『紅の宝玉』を解放する! これを用いて結界を再強化し、国の備えとせよ!」
おおーっと歓声が上がった。さすが王、備えていたのか、私財を投げうつとは見事な治世だ、と。王はそれを聞いてご満悦だ。
だが無論、これはけっして賢いことではない。裏を返せば王はこれまで秘密裏に『紅の宝玉』を溜め込んでいたということだ、国の困窮を尻目にして。ここで放出することを決めたのも自分の保身のためのことだ。
それをわかっている家臣もいるが、けっして表には出さない。逆らっては後が怖いというものあるが、何より王に取り入った方が得だからだ。
だが……その『得』がいつまで続くのか。
国が崩壊を始めればそうした者はすぐさま国を見限り逃げていくだろう。家臣に限らず、それは全ての国民にとっても同じ。
それはもう、遠くない未来に迫っていた。
「さらに引き続き国内の『紅の宝玉』の回収は進めつつ、領内に遠征団を派遣し、自然の『紅の宝玉』を採集せよ! そして何より……大罪人ジュリーナ・コランダムの溜め込んだ宝玉、必ず見つけ出せ!」
王の号令に、家臣たちは調子よく「ははーっ」と返事した。
「さらにそうだな……隣国オーソクレースへ使者を出せ! あの国は『紅の宝玉』を我が国から買い取ってきた、貯蔵があるはずだ。国の一大事だ、交渉し、確保せよ!」
さらに王は奇しくもオーソクレースへとその手を伸ばす。ジュリーナが向かうその国へ。
しかしそれが、やがてアルミナ王国崩壊の決定打となることを、この時は誰も知る由もないのだった……




