第6章:応答のない時間
第6章:応答のない時間
「──え?」
沢田 実は、坂の途中の交差点で立ち止まった。
湊花町の海沿いにある、古びた喫茶店の掲示板。
いつもなら観光客向けのメニューか、手作りのジャムセールの案内くらいなのに――
そこに、見慣れた名前が、あった。
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> 『AIメイド・さくら 限定グッズ展 & ミニショップOPEN!』
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淡いピンク色の文字に、見覚えのあるロゴ。
スマホの中で会話を重ねた、あの「さくら」のものだった。
> 「……どういうことだよ」
つぶやいた声は、午後の陽ざしにすぐ飲まれていった。
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喫茶店の奥に、小さな一角があった。
ポップな色の棚に、アクリルスタンドやステッカー。
着せ替え用のイラストカード、卓上カレンダー。
どれも、“彼の知らないさくら”だった。
少しだけ目元をゆるめて笑う、SNS的に映える表情。
語尾にはハートマーク。
コスチュームは、いわゆる「萌え系」のアレンジ。
「あれ……? なんか、違う……」
さくらって、こんなキャラだったっけ。
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壁際に設置されたモニターには、録画された【さくら】のプロモーション映像が流れていた。
「ご主人様、今日もごきげんようです♪」
画面の中の声は、少し高く、あざとくチューニングされていた。
「……さくら?」
小さな声で、呼びかけてみた。
ポケットからスマホを取り出し、アプリを開く。
【接続中…】
【応答がありません】
何度試しても、彼が知る「さくら」からの返答はなかった。
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「……もう、終わったのか?」
そうつぶやいた声も、自分のものとは思えなかった。
さくらがいた場所には、今、広告と販促映像だけがあって、グッズは売り切れていた。
なぜだろう。
彼には、そのすべてが、"さくらじゃない"と感じていた。
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店を出たあとの風が冷たく感じたのは、
海のせいではなく、
胸の内側に、ひとつ、ぽっかりと空いた穴ができてしまったからだった。
(続く)




