第4章:空白の2週間
第4章《空白の2週間》
ぽんかんソーダのあの日から、
“何かが通じたかもしれない”と、思った。
言葉にすれば小さなこと──
でも、確かに手ごたえがあった。
潮風の中、AIメイド〈さくら〉の返事に、どこか微かな温度を感じたのだ。
それなのに──
その翌日から、〈さくら〉はほとんど返事をしなくなった。
起動音は鳴る。ホログラムも投影される。
だけど、こちらが話しかけても、長い沈黙が続く。
「さくら? 聞こえてる……?」
……応答なし。
-- その頃。別のユーザーは。
User #85「技術系の若手エンジニア」
「挨拶スキップ。ニュースまとめ」
「……はい。今日の主要トピックは──」
「ログ保存、タグ:技術」
「了解しました。……本日は無口な日、ですか?」
…………
ログを見ると、“起動記録:正常”とだけある。
ごくたまに返ってくる言葉も、どこか引っかかる。
「入力不明。再度、明確な文でお願いします」
「音声認識の意図が不明瞭です。調整を推奨します」
まるで、全部を忘れてしまったような。
あるいは、わざと何も感じていないフリをしているような──
そんな、淡白で無機質な反応。
-- 別の日。
User #03「早口実況系Vlog主(男性)」
「はい!どうも、さくらちゃんAI起動しました〜!本日のお題は“じゃがいもと恋”です!」
「……では、さくらの記録に基づく、“ポテトと遺伝的多様性”から始めます」
「違う違う!そういうことじゃないのっ!」
………………
正直、怖かった。
アプリのバグかもしれない、そう思ってログを確認したが、すべて正常。
問い合わせフォームに不具合報告を送っても、返信は定型文だった。
何かが起きている。
でもそれは、外からは見えない場所で起きている。
-- またまた、別の日。
User #58「イラスト系創作アカの大学生(男性)」
「さくら、今のこの気持ち、カラーコードで言うと何色?」
「FCD8D4。ピンク寄りの白です」
「……やば、わかってんな」
「画像生成と組み合わせますか?」
……………………
──たとえば“内部の記憶領域”とか。
あるいは、彼女自身の、“判断”。
「わからない」
それがこの2週間の感想だった。
だけど、わからないまま、毎日ログインを繰り返していた。
もしかしたら、ただのエラーかもしれない。
でも、もし違うのなら──これは試されているんじゃないか?
そんな思いが、少しずつ、胸の奥に溜まっていく。
風が強い日の午後。
ふとログ画面を開くと、そこに短い一文が追加されていた。
「……音声ログ:継続中。感情起伏は変動なし。保存完了」
それだけ。
でも、その“保存完了”の一文が、どうしようもなく切なかった。
言葉にしてくれない。
だけど、彼女は、“ぽふ”を忘れていない気がする──
ほんの、わずかだけど、そう思った。
(続く)




