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第29筆 沈黙は金


「これは、陰謀だ!」

 フィルバード公爵の声が、控えの間に響く。


「寄ってたかって、(みな)、フィルバード公爵家を(おとしい)れようと……」

 はっと、フィルバード公爵が閃いた。


「貴様か、リットぉ!」

 血走った青の目が、リットを捉える。


「そうだ、貴様の仕業だ!」

 狂気を湛えた目で、フィルバード公爵が指を差す。


「すべて、全部! お前が仕組んだことだな!」

 ふぅ、と王妃がため息をついた。


「見苦しいですよ、お兄様」

「黙っていろ!」

 ジンとディエスが長剣の柄に手を掛けた。


「フィルバード公爵! 畏れ多くも、王妃様に何という口の利き方!」

 ディエスの言葉に、フィルバード公爵は首を振る。


「うるさい、黙れ!」

「この場合、『沈黙は金なり』という言葉は、あなた様のためにありますねぇ」

 芝居掛かったリットの声音に、フィルバード公爵の額に青筋が浮く。


「この道化が! 私を侮辱するのか!」

「侮辱したのは、そちらが先でしょう? 王妃様に対して不敬罪その一」

 リットが人差し指を立てる。


「その前に、陛下毒殺示唆」

 続けて中指を立てる。


「さらには、偽りの王族の擁立」

 薬指を立てる。

 指が三本。


「私に罪を擦り付けようとした所業は、ツケときますね」

「……何にだ」

 呆れたようにジンが言った。


「フィルバード公爵家に。西領のソラド産の紅茶は美味しかった」

「美味しいものに、罪はありませんからね。ふふふ」

 王妃が笑う。


「けれども。本当に意趣返しではありませんの? リット」

「どういう意味でしょうか。王妃様?」

 リットが首を傾げる。


「だって。お兄様に、今まで散々いじめられたのでしょう?」

「いじめられた記憶はありませんねぇ。目障りだと思われた節はありますが」

「ほら」

「いやいや。だからと言って、陰謀を(そそのか)したりしませんよ」

 ジンが眉をひそめた。話の流れが悪い。


「物理的な証拠はありますか?」

「えーと。そう言われると、私の立場は弱いですねぇ」

 困ったように、リットが指で頬を掻く。


「母上」

 ラウルが口を挟む。


「仮に、この者が陰謀を企んだとしても。フィルバード公爵が話に乗るでしょうか」

「あらまあ、ラウル。あなたが(かば)うなんて。リットが婚約者を助けてくれたから、恩を感じていますの?」

「いえ、まったく」

 ラウルが言い切る。


「それとこれとは話が別です」

「わー、容赦ない」

 リットが肩をすくめた。長剣の柄から手を離したジンが、肘で小突く。


「おい。何故だか旗色が悪いぞ」

「日頃の行い?」

「馬鹿。ふざけている場合か」

「無論勿論。そんな場合ではないさ」

 ははは、とリットは乾いた笑みを浮かべる。


 その翠の目には鋭い光。







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― 新着の感想 ―
[一言] 王妃にアレコレ言われるような立場に甘んじてる事自体が翻意ない証、のように思うけど。
[一言] ふふふと笑う王妃。笑いながら仕掛けてくるので、やはり一番の企み深き方。笑みの消える時は、どんな時なのか気になりますが、リット様の旗色悪いですね。 さてさて、どうなる?
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