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男の子がふらふらと街を歩いていると道端にしゃがんでいる人を見かけました。近づくとそれがおじいさんであることが分かりました。とても汚れた格好です。ああ、きっとこのじいさんも自分と同じ境遇なんだろうな、と男の子はぼんやりと思いました。でも、それだけです。同情はしてもそれ以上の事は自分にはできない。そう思って男の子はおじいさんの横を黙って通りすぎていきました。
「ちょっと、あなた。待ちなさいよ!」
突然甲高い声が響き渡りました。男の子は驚いておじいさんの方を見ます。暗かったから、おじいさんとおばあさんを見違えたのかと思いました。でも、そうではありません。おじいさんの影から一人の女の子が現れました。ピンク色のワンピースにモコモコした厚手のコートを着ています。服装からとてもお金持ちのお嬢さんのようでした。
女の子は腰に手を当てて怒ったような顔で男の子をにらみつけていました。
「あなた! 困った人をみつけたのにそのまま黙って行ってしまうつもり?」
なんで、そんことをしなくちゃならないんだ、と男の子は思いました。なんだかとてもめんどうくさいことに巻き込まれしまったようです。
「そんな事、大人にまかせればいいじゃないか」
だから、そう言ってやったのです。
すると、女の子は少し困ったような顔になるとちらりとおじいさんの方を見ました。
女の子は、「それができないから困ってるのよ」とつぶやきました。
「とにかく、あなたはこのおじいさんが困っているのが分かってるのだからちゃんと助けなさいよ!」
男の子は女の子の言葉に押されて、もう一度、おじいさんの方を見返しました。別にどこか怪我をしているようにも見えませんでした。
「じいさん、どこか痛いところとかあるの?」と念のために聞いてみましたが、おじいさんは首を横に振りました。
「じゃあさ、お腹減ってるんじゃない?」
おじいさんは首を横に振りました。
男の子は困ったように女の子の方を見ました。女の子も同じような表情をしていました。
「名前も良く覚えていないらしいの。
どこから来て、どこへ行こうしていたのかも覚えていないって……」
「えっ、迷子? と言うか……えっと」
「記憶そうしつ、と言うらしいわ」と女の子は言いました。
「そんなの、手に負えないよ」
男の子は適当な言い訳をして、さっさとこの場を去りたい気分でした。それでももうひとつ質問をしてみることにしました。
「ねえ、自分の家がどこにあるか分かる?」
男の子の質問におじいさんはやっぱり首を横に振りました。
「子供だけじゃ、どうしようもないよ」
男の子は女の子の方を見るともう一度言いました。
「おじいさんは誰かと一緒だったって。
だからその人を探せばいいと思うの。
探しておじいさんに会わせてあげればいいのよ」
「誰かって誰? どこにいるの?」
「それは……分からないけど……」
男の子はあきれてしまいました。確かに、この街はそれほど大きくはありません。それにしてもです。当てもなくさ迷って、誰とも分からない人を見つけられるとは思えませんでした。
男の子は改めて女の子を見ました。
着ている服もそうですが、髪を結わえているレースのリボンも、ふっくらしたバラ色の頬も女の子が裕福な家の子供であると示しています。
これだから金持ちってのは……
自分が言えば周りの人が何でも言うことを聞いてくれると思っている、と男の子はイライラしました。
「そんなのに付き合ってられないよ。
自分の家の人にでもお願いするんだね」
男の子は言葉を投げつけると、その場を立ち去ろうとしました。
「そんなのいないわよ!」
背中に女の子の声がぶつかってきました。
「一人なんだから! だれも私の事なんて見ていないから。このおじいさんだってそうよ!」
男の子は、投げ返される女の子の声にかまわずどんどんと歩いていきます。
「もういい、ばか!」
男の子は一瞬足を止めました。でも、肩をすくめただけで振り返りもせずに再び歩き始めました。
お金持ちというのは自分の思うとおりにならないと怒りだすことを男の子は良く知っているからです。かかわり合いにならないのが一番なのです。
けれども、男の子は曲がり角までくるとこっそりと振り返りました。なんとなく女の子が気になったのです。なんで気になったのかは男の子の自身にもよく分かりませんでした。もしかしたら家に置いてきた妹を思い出したからかも知れません。
見ると、女の子はおじいさんを助け起こしています。どうやら、女の子は当てもなく街中をさ迷い歩くつもりのようでした。
2020/12/30 初稿




