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「「はぁ、はぁ、はぁ」」
二人は白い息を吐きながら道端にしゃがみこんでいました。これ以上は一歩だって走れませんでした。
「ここまでくれば大丈夫かな」と男の子が言うと女の子はだまってうなづきました。
「失敗しちゃった。わたし、おじいさんが見えないことをすっかり忘れてた」
男の子は傍らに立つおじいさんをあらためて見てみました。どう見てもそこにいます。ぼやけても、透けてもいません。どうして他の人に見えないのかさっぱり分かりませんでした。
「仕方ないよ。
見えないようには見えないもの」
「見えないようには見えないもの……
ふふ、なんか変な言葉」
「えっ? 変……かな……
見えないようには見えないもの……
確かになに言ってるのか分かんないね。
ふふふ、でも、そうなんだから仕方ないよ」
「ええ、ええ。ふふふ、そうね。
仕方ないのはしょうがないわ」
「なんだよ、自分だって変な言葉つかってんじゃん。
仕方ないのはしょうがないって、なんか変だよ」
「えっ……あら、本当。へんね、わたしも。
うふふふふふ」
「あははははは」
二人は楽しそうに笑いだしました。
少しの間、笑うと男の子は少し真顔に戻りました。
「ところで、あの男の人は誰なの?」
「……
わたしの家の執事さん」
「執事? 執事ってなに?」
「う~ん、家の事を色々やってくれる人、かな」
「そうなんだ。
それで、なんでその執事さんが君を捕まえようとしてるのさ」
男の子の質問に女の子は少し迷うように黙りこんでしまいました。しかし、すぐに心に決めたように口を開きました。
「わたしを探しているのよ。
だまって家を飛でてきちゃったから」
「家を飛びでた? まさか、家出?」
「ちがうわ!
……そんなんじゃ……ない……わ」
少し間を置いてから女の子は話し始めました。
「ワタシのパパとママは音楽家なの。
ママは歌い手で、パパはパイプオルガンの演奏者。
だからクリスマスはいつも演奏会。
いつも、いつも、音楽会、演奏会、音楽会、演奏会。
演奏、演奏、演奏、お仕事、お仕事!
わたしはいつもひとりぼっちだった」
ヴォー ヴォー ビボォーー
近くでパイプオルガンの美しい音が響きわたりました。
男の子は驚いて周りに目をむけます。気づきませんでしたが、すぐ近くに大きな建物があり、音はそこから聞こえてきます。
それは音楽堂でした。
夢中で逃げている内にどうやら音楽堂に来てしまっていたようです。
男の子は、そこであることに思いあたりました。
「じゃあ、あそこでオルガンを弾いてるのは君の……」
「今日は違ったの!」
女の子は大きな声で叫びました。
「今日はお仕事入れないって、一緒にクリスマスを過ごそうって、約束してたの。
なのに違った。違ったのよ。
急に仕事が入ったって……
楽しみにしてたのに、パパもママもわたしより仕事が大事なのよ。
だから、家をとび出したの!」
女の子は悔しそうに足を踏みならし、音楽堂を指さして叫びました。
「なにがみんなのためよ!
だれもかれも、みんな自分のことしか考えてない。こんな音楽会なんて嘘っぱちよ。
こんな、こんな音楽会なんで壊してやろう、って思った。
その途中で、おじいさんを見かけたの。
道端にしゃがみこんでいて、だれにも相手にしてもらえないでいた……
だから助けようと思ったの。
その時はだれにも見えないなんて思いもしなかったけどね」
そこまで言うと女の子は急に黙りこんでしまいました。
「で、どうするの?」と男の子は聞きました。
「どうするって?」
「ここまで来たんだから、最初の目的を果たしはしないの?
音楽会をぶち壊すのじゃなかったの?」
女の子は首を横にふりました。
「まさか。
そんなことできるなんて本気で思ってないわ。
わたしがしたかったのは……」
女の子はいいかけた言葉を切ると男の子の方をじっと見つめました。
「うううん、今はおじいさんを助けるのが先よ」
「ああ、そう。それで良いなら、そうしょうか」
男の子がうなづいた時でした。突然、まばゆい光が二人を照らしました。
「そこにいるのはだれ?」
光の中から鋭い声がしました。
2020/12/30 初稿




