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ハーレムの中の悪役令嬢  作者: 永遠の国
波乱万丈編
28/28

28. 残されたもの


 レイラはハーレムから追い出された後、運び屋時代のツテを辿って酒場で働いていた。


 酒場といっても、宿屋を兼ねていて夜になると客から指名を受けることもある。若さでは敵わないが、ハーレム仕込みの接客術と奉仕のテクニックが、ここに来て役に立った。



 帝国全土が不況なので、朝から晩まで働いても大した稼ぎにならない。しかもハーレムと違って、首都アルラシードの市井での生活は、とにかく時間の流れが早くて荒っぽい。女は早口で、男は大声だ。



 この先いつまで持つか分からないが、病気をもらって巡礼の旅で野垂れ次ぬまでレイラは続けるつもりだった。



 そんな折、レイラはひとつの噂を聞いた。



 ―――ハーレムを追い出された元女奴隷に、どこぞの大貴族が退職金を肩代わりするというのだ。



 「そんなうまい話があるか」と詐欺の匂いを感じつつ、万が一という可能性も捨てられず、レイラはつい乗ってしまった。場所は外国商船が並ぶ波止場にある1つの居酒屋で、退職金の受け取りには証明書が必要だという。



 噂が嘘じゃなかったことに驚きつつ、実際に受け取れる者は数人に満たないだろうとレイラは予想した。几帳面なミーナあたりなら何らかの書類を後生大事に持ち歩いてそうだが、大半の女奴隷は紙屑同然となった経歴を黒歴史として海に捨てたがった。レイラもその一人だ。



「証明書はありますか?」


 居酒屋に似合わない、こざっぱりした身なりの男が問う。レイラが首を横に振ると、隣にいた奴隷に付いていくように言われた。連れてこられた先は、酒場の裏だった。


「これをどうぞ」


 路地裏でレイプでもされるかと警戒していたレイラに渡されたのは、1本の箒だった。しばらくすると、例の小綺麗な身なりの面接官が現れてこう言った。


「タンジマートのハーレムでは、リグリア式の軍事教練が施されていたと聞きました」


 レイラは劇団の訓練で覚えた軍事教練を完璧に再現し、約束通り一般市民の3年分に相当する銀貨の詰まった袋を渡され、別の裏口からこっそり出るように案内された。



 別れ際、面接官は優しい笑顔でレイラにこう告げる。


「今のところ、誰一人として審査に落ちていません。芸は身を助けるといいますが、本当にその通りですね」


 別れる前に、レイラは気になっていたことを聞いてみた。どこの誰が、何の目的でこんな事をしているのかと。その答えはなんとなく分かっていたが、それでも聞いてみたかった。


 すると、相手は短くこう答えた。



「その質問をされるのは、貴女で3人目です」



 残りの2人が誰であるかは、聞かれなくても分かった。




 ***



 そんなわけで、レイラは帝国自由都市インソムニア行きの船に乗っている。


 受け取った退職金を金庫にしまい込んで、首都アルラシードで細々と食いつないでいく安全策を考えなかったわけではない。


 ところが、自分で思っている以上に興奮しているようだった。冷静な人間だと自負していたが、すっかり初恋した少女のように舞い上がっていた。



 ―――自由都市インソムニアでは、どんな風景が見れるだろうか。


 ―――新大陸には、どんな見たこともない物があるのだろうか。


 ―――あの風変わりな友人は、今ごろ何を企んでいるのだろうか。



 この興奮は、まだ見ぬ明日へ旅立つ自由な人間にしか分からないだろう。この気持ちに名前があるとすれば、「希望」が最もふさわしい言葉のように思えた。



 初めて乗る船は、想像以上に揺れて快適とは言い難い。それでもレイラは、船酔いも含めて初めての体験が楽しかった。揺れる甲板で日中からゲラゲラと笑う女を見て、船乗りたちは気が触れたと思っているのかもしれない。



 ワクワクする気持ちが収まらない。どうにも落ち着かない――。



 この旅の結末がどうなるか、まだ分からない。まだ先は長く、もどかしさが募る。だが、それすら今のレイラには楽しく感じるのだ。




 長い船旅の中で、レイラは食事の時には決まってユリアの話を聞かせた。面白い話に飢えてる船員たちは、それが真実か創作なのかなどと野暮なツッコミはしない。それを聞いている間だけは現実の辛さを忘れて夢を見ることが出来る。

  


 ――そう、夢だ。ユリアの話には夢がある。



 逆境の中でも諦めず、機転を利かせてチャンスを掴む。そうして人生一発逆転、庶民なら誰もが楽しめる物語だ。そして次の日からは、また頑張ろうと思える。



 しかし、へそ曲がりな私は本当にそうだったのかとも思っている。



 ユリアが入念に下準備していたことを疑っているのではない。彼女はいつも今すぐには役立たずとも、いつか役立つ可能性を捨てないことを大事にしていた。



 ただ、決して常に彼女が脱走のことばかりを考えていたとも思えない。



 彼女は全てを最初から計画して目標達成に向けて準備していたのではなく、結果的に全てが脱走の役に立ったという怪我の功名みたいなものではなかったのか、とも思うのだ。



 結果的にユリアは脱走したが、ハーレムの中で重要な地位を占めて自分の派閥すら形成していた。それすら脱走を前提に、周囲の目を欺くための演技だったとまでは思えない。

 最終的にバブル崩壊の引き金を引いたことにしても、実はセリムやオルハンにサルマンにといった帝国幹部への恨みをずっと隠していたからとは思えないのだ。



 ユリアは器用な女だったが、それでも万能の天才なんかでは決してなかった。



 だから例の「運河公社」にしても、恐らく途中までは本気で成功させて功績にしたいと考えていたのだと思う。


 ところがユリアの楽観的な予想に反してバブルとなってしまい、いつ崩壊してもおかしくない状況になってしまったから、ユリアは大慌てで脱走に転じた。責任を追及される前にトンズラして外国へ高飛びした……案外、それだけのことではなかろうか。



 これは本人の口から聞くまでは断言できないけれど、ユリアには結構抜けたところがある。長年の付き合いで、自分にはまぐれ当たりのように感じるのだ。



 ただ、これだけは言える。



 いずれにせよ成功者の物語は、すべて美しく脚色される。それは世の中の常であるけれど、それはそれで別に悪いことでもないのだと。


 何故なら、人間はいつだって夢という名の希望に飢えているのだから――。

 


 あけましておめでとうございます。


 2022年の始まりで、ようやく完結です。

 皆様、よいお年をお迎えください。


 本作を最後まで読んでくれた方が、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです!

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気読みしてきました。 悪役令嬢の看板に釣られてやってきましたが、面白かったです。 最後まで気になったのは本当にいじめてたつもりはなかったんだって、後悔してるそぶりをしてたところですが、きっ…
[良い点] 完結したところ!! (*'ω'*) [気になる点] あ、あれ?完結?取り立てた山も谷もなく終わってしまった。 ( ゜Д゜) [一言] 次回作も期待します!! (^_-)-☆
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