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ハーレムの中の悪役令嬢  作者: 永遠の国
波乱万丈編
25/28

25. 大運河建設計画

 

 この頃になるとユリアは大宰相の手を離れ、皇后フランツェスや軍務長官に神官長など様々な人物が彼女のもとを訪れ、もっとうまい儲け話はないかと尋ねるようになっていた。


「そうですねぇ……そういえば、はるか西方のアンダルス王国では、海上輸送網を用いて東方から陶磁器や茶を輸入することで大きな利益を上げているだとか」


「たしかに、東方貿易は確かにリターンは大きい。我が帝国でも昔から陸路で砂漠を通って、絹や陶磁器を輸入していた」


 タンジマート帝国の首都アルラシードは東西貿易の中間地点だが、結局のところ西方諸国と東方諸国の間の交易は陸路を使うのが一般的だ。というのも、海路を使おうとすれば地理的な要因から、いったん西まで船を移動させてから、南方の暗黒大陸をぐるりと回って東方まで船で長旅をしなければならない。



 当然ながら長期の航海には多くのリスクが付きまとうし、西方諸国とは仲が悪く襲撃のリスクも高まる。しかも大陸国家であるタンジマート帝国では、造船技術も操船技術もリグリア共和国やアンダルス王国といった海洋国家に劣っているのが現状だ。


 海路を使えば距離当たりの輸送コストは低下するが、そもそもの輸送距離が伸びてしまうのでは元も子もない。だが、陸路で現状より多くの交易品を運ぶというのも、それはそれで限界があった。



「ということで提案なのですが、帝国本土と南方にある暗黒大陸領土を繋ぐ地峡に運河を掘る、というのはどうでしょうか」



 帝国本土と南方の暗黒大陸の間には、ムスル地峡とよばれる細長い陸地がある。この陸地のせいで海路で東方に行くには、暗黒大陸のはるか南端までぐるりと一周してから東方に向かわねばならない。



「ムスル地峡に運河を作れば、暗黒大陸一周コースをショートカットして、片道で3割ぐらい航路を短縮できます」



 無論、その経済効果はいうまでもない。


 歴史的には何度か運河を作ろうという話はあったのだが、技術的な問題点と資金調達の困難さ、そして外敵の脅威などの要因によってことごとく挫折している。



 だが、先々代のスルタンがこの地域を占領してから、タンジマート帝国は依然として軍事大国であり続けていた。少なくとも安全保障上の問題はない。


 そして資金調達の問題も、帝国銀行と帝国銀行券の存在が史上かつてないほど多額の資金調達を可能としていた。少なくとも理論上は、帝国政府の信用がある限り無限に発行できる。


 最後に技術的な困難さであるが、これは既存の技術では人海戦術に頼るしなかなく、建造コストがかかってしまうというものだ。ただ、逆にいえば多額の資金調達が可能で建造中に資金が焦げ付かなければ、現状の技術でも人海戦術と物量作戦でどうにかなるという意味でもある。



 だが、ユリアにはアテがあった。こういう派手なことが好きで、とびっきりの権力者。その条件に相当する男を、少なくとも一人は知っている。




「なるほど、大運河か!!」




 ユリアの建設案を見て、少年のように目を輝かせたている男こそ現スルタン・セリム3世であった。


「うんうん、これはいい! 世界最大の運河を私の代で作れば、私の名前と偉大さが後の世にも伝わるというもの。何より、東西を繋ぐ運河というのは夢があっていい!」


 

 こうして帝国銀行の設立から1年後、ユリアは「ムスル運河開発公社」という企業を作る許可をスルタンから直々に得た。



「この運河は帝国に莫大な富をもたらす神の祝福であり、ムスル運河開発公社は必ずや大きな利益を上げるであろう!」



 スルタン・セリム直々にそう言わしめたムスル運河開発公社には注文が殺到し、株式は飛ぶように売れていく。公社の株価は跳ね上がり、募集を大幅に上回る応募があった。これに気前を良くしたユリアは更に多くの株を発行するようセリムに進言する。


「株式の購入に、帝国政府と皇室の債権を使えるようにしましょう」


 優良な公債はタンジマート銀行に集約されていたものの、残った質の低い政府債権は未だ手付かずであり、ユリアはこれを運河開発公社の株式と交換できるように働きかけた。これによって商人や貴族が政府債権を手放せば、帝国の債権問題は一気に改善する。



 正直なところ、タンジマート銀行の設立で帝国債権の格付けは下降の一途を辿っていた。優良債権を全てタンジマート銀行に引き上げた残りカスなので当然の結果なのだが、保有者にとっては溜まったものではない。


 政府国債を保有していても、得られるのは僅かな利子だけ。評価は下がる一方だし、いつ帝国政府がデフォルトを言い出すかも分からない。だったら今のうちに前途有望な運河公社株と交換して、配当をアテにした方がマシではないかーーー。



 そう考えた大勢の債権者は、喜んで政府への債権を手放していった。すさまじい勢いで国債の数は減っていき、帝国の借金はみるみる内に減っていく。帝国政府は資金を借りた相手に現金を返すことなく、「夢と希望の詰まった運河開発公社株」と交換することで、史上稀に見る財政再建を成し遂げたのである。



 さらにユリアは前世知識を活かして、公社株を「分割払いのローン販売」や「公社株を担保にした証券担保ローン販売」、リスク分散に見せかけた「細分化した株式と違う証券と組み合わせた抱き合わせ販売」といった複雑な金融商品へと進化させていき、投資家にはローリスク・ハイリターンであるかのように印象づけた。



 ここまで来れば、もはや完全なバブルである。



 後者の株価が上がれば上がるほど、銀行券の発行数が増えていく。なぜなら株価が上がった分だけ、株かを担保にした融資により、タンジマート銀行が発行できる銀行券の金額も増える。かつては銀行券の価値と裏付けとなる貴金属が必要であったが、今や「有能な帝国政府の信用」がその価値を保証していた。


 実際に帝国全土が公社株の売買に夢中になっていて、公社株は買った瞬間に値上がりする状態であったことも、バブルを後押しした。誰もがお金を手に入れた瞬間に、借金をしてでも運河開発公社株を買う、といった状態だったために、銀行券の発行数が増えれば増えるほど運河公社の株価は上昇していく。


 そして運河公社の株価が上がればそれだけ、帝国政府は公社株を新しく発行した分だけ、国の借金を減らすことが出来る。

 


 まさに国民も国家もWin-Winという訳だ。

 


 **



 こうして莫大な資金を集めた運河開発公社であったが、ユリアはそれだけに飽き足らず計画の最終段階に入っていく。



 それはバブルに陥った運河開発公社が、オルハンのいうところの「実業」を内包することで、マネーゲームの世界から実体経済に触手を伸ばし、最終的にはそれを呑み込んでしまおうという壮大な計画であった。


 もちろんゼロから事業を起こすなどという、時間のかかる面倒な手はとらない。手っ取り早く株式購入と企業買収によって経営を支配するのが、スピード感のある経営というものだ。

 運河公社は有り余る資金を元手に、タンジマート帝国で有力な商会や銀行をかたっぱしから買収していき、外国企業の株式までもが投資と投機の対象となった。



 こうして4年後には「帝国中の主な商会を全て飲み込んだ」と言われるほど事業は拡大・多角化していき、運河開発公社は世界初の超巨大コングロマリットへと成長していった。

 


 その総仕上げが、帝国における徴税権の獲得であった。



 運河開発公社はありとあらゆる間接税の徴税権を獲得し、今や帝国の貿易・徴税・生産の全てを運河開発公社が握っているといっても過言ではない。


 むしろここまで来ると政府の方から公社の恩恵にあずかろうと、積極的に権利を売りに出してくる始末だ。タバコの専売権から造幣局、地方銀行に正貨である金銀の独占精錬権、そして公社で働く社員には様々な官職が売官され、連日のように特権が与えられた。


 武装した運河開発公社は必要とあらば貴族や神官の家に押しかけて借金を取り立てたり、脱税者を投獄する権限もあったという。後に『史上最強の会社』とまでいわれたムスル運河開発会社は、革命で解体されるまで、税収の4割以上を徴収した。



 いまや運河開発公社とは帝国経済そのものであり、公社の経営状況に帝国経済は完全に依存するようになっていった。



 それは意図してかせずか、ユリアの祖国・リグリア共和国のかつての姿と酷似していた。リグリア共和国におけるヴィスコンティ銀行の影響力は政府の影響力を凌ぐほどで、銀行の重役はしばしば共和国の重要ポストを兼ねていた。



 ただ、所詮は都市国家でしかないリグリア共和国と、3000万もの臣民を抱えるタンジマート帝国では、それが世の中しいては世界に与える影響力が違う。



 今やタンジマート帝国では、貧乏人から役人に貴族、宦官から軍人まで株の売買に関わっていない人はいないと言われるほどだった。こうした状況にストップをかけるはずの神官までもが、密かに投機ブームに夢中となっていた。



 運河公社の支店には連日、何千人もの群衆がやってきて押し合いへし合いをするような状態で、首位の不動産価格が跳ね上がるほど。首都アルラシードは相場師のたまり場になり、さらに株を購入するために現金を持ち歩く人間を狙った強盗や殺人、詐欺などの事件が増えていく。


 しかも大勢の人間が集まるとなれば彼らをターゲットにした酒場やら売春宿やら露店も集まり、さらに治安は悪化して毎日のように首都では軍隊が投入されて傍目には暴動にしか見えない。



 それでも儲かった人々は一等地に豪邸を建て、高級住宅街にはかつてないほど豪華なオブジェがあふれ、彫刻や絵画、タペストリーが海外から輸入され、あっという間に完売する。豪華な家具屋装飾品も、代々お金持ちの貴族だけではなく、普通の商人や中流階級の家でも普通に見られるようになるほどで、すさまじい好景気に帝国中が沸いた。



 こうなると運河開発公社はタンジマート帝国の民衆だけでなく、海外の投資家にも人気となり、大勢の外国人が株を買うために首都アルラシードまでやってきくるようになる。


 当然ながら外国からわざわざやってくるような人間は基本的に金持ちの貴族か商人であるため、彼らにお土産や宿を提供するインバウンド特需に沸き、首都では豪華な服やその生地、パン屋肉野菜などの食料品の価格までとんでもない価格に跳ね上がっていった。


 もちろん、物価が上がるにつれて給料も上がっていき、帝国中の住宅価格も上がり、建設ラッシュによって帝国を空前の好景気を謳歌した。



 株価が上がる限り、国の借金は無くなっていくし、それにつれて流通する銀行券の量も増えていき、皆がお金持ちの状態になる。紙幣を刷ってこれだけ良い影響をもたらしたのだから、刷れば刷るほど良いと考えていたし、それをユリアも止めなかった。

 

運河のモデルはスエズ運河

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 帝国……お前、潰れるのか……?
[良い点] どうもです、皇帝独裁者から参りました。 根性のあるヒロインと、成り上がってみせるその設定・背景の手堅い描写かうれしいです。 [気になる点] >会社は革命で解体されるまで、税収の4割以…
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