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ハーレムの中の悪役令嬢  作者: 永遠の国
波乱万丈編
24/28

24. 帝国中央銀行


 ヴィスコンティ銀行に融資すると決まったものの、目下の問題はどうやって必要な費用を捻出するかであった。


 ユリアの協力で資金融資を得たオルハンはいくつかの改革を成功させたものの、いまだタンジマート帝国の財政は赤字体質だ。



 ユリアの見立てでは、タンジマート帝国の経済が低迷している一番の理由は、財政赤字による信用低下であった。


 タンジマート帝国は武勇の帝国であり、これまで多くの戦争を勝ち抜いて領土を拡大してきた。ところがセリムの代になると戦費を賄うための借金が積みあがっており、目先の借金を返すために徴税権を貴族や寺院に売り払ったり、保有する通貨の金銀含有率を下げて水増しするなど、末期症状が現れていた。



「オルハン君、よく今までこれで頑張ったねぇ……」


 改めて収支の帳簿を見せつけられ、絶句するユリア。


「借金のカタに官職まで売りに出したら、余計に地方の有力者の抑えがきかなくなるというか」


「それは陛下に何度も申し上げているのですが……」


 言いにくそうにオルハンがもごもごと弁明する。


「陛下ときたら“戦争に勝てば返せるだろ!”の一点ばりで」


 うん、実にお手本のようなギャンブル中毒者の発想である。

 


 もっとも、今まではそれでどうにかなっていたのだが、現在では状況が違う。豊かな領土はあらかた征服してしまい、残るは厄介な遊牧民が暮らす砂漠だの草原だのと旨みの少ない土地ばかり。


 ユリアの祖国リグリア共和国のある西方諸国はそれなりに豊かな国ぞろいだが、近年では拡大するタンジマート帝国の脅威を受けて軍事にも注力しており、たやすく倒せる相手ではない。どうにか豊かな領土を征服したとして、強敵と戦う戦費がそれ以上にかかってしまうか、最悪負けてしまうリスクすらあった。



「新しい産業を国家の力で興そうとも考えたのですが、その元手となる資金をどこからも調達できないんですよね」


 ははは、とオルハンが乾いた笑いを漏らす。とても笑いごとではない状況に、相槌を打つユリアの顔もどこか引き気味だ。


「まぁ、まずは政府の信用を回復させるところから始めるしかないんじゃない?」


「一応、それもやってはいるのですが……」


 とりあえず無難な提案から始めると、オルハンが難しい顔になる。


「政府の信用がないのは財政が大赤字だからで、しかし税金をあげたり軍事費を削減するとそれ以上に税収が減って結局は赤字が減らず、とはいえ政府が公共事業や儲かる事業に助成金を出そうにも元手の資金を借りられず……」


 話を聞く限り、完全に八方ふさがりであった。



 おそらく聡明なオルハンのことだ。ありとあらゆる手段は試したのだろう。だが、現実の壁はそれ以上に高く険しかった。それこそセリムの言う通り、戦争で博打で一発逆転を狙った方が早いのではないかと思う程に。


「オルハン君は正直が過ぎるんだって」


 珍しく弱り切ったオルハンを前にして、さすがのユリアも憐憫の情が沸いたのか少しばかり声音が優しい。弱気になった弟を励ます姉のように、ユリアは努めて明るく声をかける。


「素直なのは人として良いことだけど、ビジネスをする上だとそうとも限らない。嘘も方便ってね」


「……何か思いついたんですか?」


 オルハンの問いに、にかっとユリアは不敵な意味を浮かべる。



「タンジマート帝国に信用がないなら、信用がある別の借り手がいればいいってことよ」



 組織の信用というものは、あくまで平均値である。つまるところ「政府の信用」というのは、皇室の信用、軍隊の信用、財務省の信用、外務省の信用、運輸省の信用、地方政府の信用、これらを総合した平均値のことだ。



 また、税収において財政赤字が深刻というのも、あくまで帝国全体を見ればという話である。土地が痩せてる上に遊牧民や外国との小競り合いの絶えない辺境地域が赤字の主体であり、帝都アルラシードなどを始め都市部だけに限ればまだまだ黒字の地域も少なくない。



「だから帝国が借金するのではなく、“帝国の豊かな一部”だけが借金するなら、信用問題は解決される……でしょ?」



 不採算部門を切り捨てて信用を回復させる、というのは企業再編において特別珍しい話ではない。国レベルになるとあからさまな切り捨てこそ難しいが、不良債権(赤字の地方、部門)だけをバランスシートから切り離せば、見かけ上の業績は回復する。



「……しかしそれでは、結局のところ見かけ上の損失隠しに過ぎないのでは」


「あー、だから、そーいうところが頭硬いんだってば。それでいいの、今は」


 隗より始めよ、あるいは先豊論という言葉がある。全体を一気に改革したり救済するのではなく、見込みのある所から先に始めていけば、いずれそこから全体に波及する、という発想だ。


 もちろん、実際には取りこぼされる部分も少なくないだろう。だが、このまま何もしなければ帝国全体が仲良く一緒に沈んでいくだけだ。



 それならばいっそ、救えるところだけでも救った方がマシなのではないだろうか。



 古今東西、大規模な災害が起こった時に医者は可能な限り多くの命を救おうとする。だが、実際に救える人間の数は限られており、最大効率を図るために助かる見込みのない患者や軽傷の患者よりも、処置を施すことで命を救える患者を優先するという「選別」が広く行われてきた。



 それは企業再編であっても、国家再編であっても変わらない――それがユリアの主張だった。



「……いいでしょう」



 熟考の後、オルハンはユリアの主張を飲むことにした。


 彼女の主張通りに全てが上手くいくと楽観はしていないが、むしろ事態が切羽詰まっていればこそ傷口は浅く抑えるに越したことはない。



「それで、借り手はどうするつもりですか?」


「新しく、政府主導で銀行を作ろうと思ってるんだけど」


 借り手は国営の銀行……発想としては、現代の中央銀行に相当するものを設立しようとユリアは考えていた。中央銀行とて、その起源となったイングランド銀行はもともと政府向け融資をしていた銀行である。



 そして政府の信用と中央銀行の信用は厳密には違うため、裕福な貴族や官僚の出資する中央銀行であれば信用のある借り手としては申し分ない。そこから、業務の一部に政府向け融資を含める。


「表向きは、『外国向け投資・異教徒向け融資を行う銀行』ってことにしておけば、銀行業を禁止するサイード教にも違反しないはず」


 もちろん、政府向け融資の際には、ユリアが使った「利子を手数料と言い張る」トリックを使う。ユリアから計画の全貌を聞かされたオルハンは、呆れたような顔になる。


「なんというか……つくづく悪知恵がよく回るものですね」


「まぁ、それほどでもぉ」


「いや、褒めてないから」


 倫理的な問題はさておき、たしかにユリアの計画には現実みがあった。


 これならどうにかなるかもしれない、とオルハンにも思えてくる。そして自慢ではないが慎重な自分がそのような感想を抱くとすれば、恐らく国内の大貴族や商人たちもそう思うのではないか、という期待があった。



(この期待こそが、ユリアのいう“信用”か……)


 これまでの自分のように堅実かつ地道に倹約していくやり方では、理屈の上では正しいと分かっていても「一体いつになるのか」と先行きの不透明感は拭えなかった。オルハン自身、自分の財産を今の帝国政府に貸し出せるかと聞かれれば、たっぷりと悩むだろう。



 だが、ユリアのいう中央銀行であれば、お金をいくらか出資しても良いと考えられる。中央銀行はあくまで帝国政府とは別の組織で、帝国政府の赤字がすぐにそのまま銀行の赤字に直結するわけではないからだ。



「人員に関しても、なるべく数字に強い専門家を入れるべきかなーと」


「そうですね」


 ユリアが暗に示唆している点まで察した上で、オルハンは頷いた。


「貴女がハーレムで教育した官僚、宦官、そしてリグリアからも専門家を雇いましょう」


「うんうん、察しが良い人と話してるとやっぱ楽だわー」


 もしユリアのプランが実現すれば、帝国におけるユリアの影響力はハーレムを超えて大きなものとなる。リグリアとのコネクションに、帝国財政を通じたネットワークが張り巡らされ、その中心にはユリアが居座ることになるからだ。



 それでも、そうしたデメリットを差し引いてでも、オルハンは財政改革が必要だと感じていた。


(それに動機はどうあれ、新興勢力であれ彼女の影響力が強まれば、軍部や神官など保守派の敵が1つ増えることになる)


 敵の敵は味方、という古今東西より伝わる格言もある。オルハンはユリアのことを警戒してはいたが、同時に底の見えない皇后フランツェスや暴走気味のジャニサリ軍団に比べれば、はるかにマシな同盟相手だとも考えていた。



 こうして設立された「タンジマート帝国中央銀行」はスルタン・セリム3世の認証を受け、大宰相オルハンが初代総裁を宰相と共に兼任し、事実上の帝国初の中央銀行へと発展していった。

  


 何気に中央銀行って、イングランド銀行が作られるまでは存在しなくて、国家予算=皇室予算という時代が長く続いていたんですよね。そもそも国家それ自体が皇室の所有物という感覚ですし。

 

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