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ハーレムの中の悪役令嬢  作者: 永遠の国
波乱万丈編
21/28

21. 後宮の魔女


 ユリアが来てから2年もした頃になると、宮殿のハーレムの中には西洋から来た魔女がいるという噂が広まった。


 実際、ユリアは投資をしたいという宦官のために助言をしてあげたり、節税方法を教えたりして随分と彼らを儲けさせた。さらに外から「ハーレムに錬金術師がいる」という噂を聞き付けた地方の太守や総督の依頼で、地方財政の再建プランや外国貿易について幾つかの提案までしている。



 そんなわけでユリアは今や、ちょっとしたハーレムのアイドルだった。



 偉くなっても発明癖は相変わらずで毎週のように変な機械や薬品を作ろうとして爆発騒ぎや異臭騒ぎなんかを起こしていたが、それすら大目に見てもらえるほど彼女は人気だった。理由は単純、大勢を儲けさせてくれるからだ。


 ユリアは無料で貴族や宦官に投資計画に助言し、こっそりと節税の計画を作ってくれ、面倒な任許可の書類仕事を快く引き受けた。彼女に与えられた一画には本格的なオフィスができ、いつ間にやら先輩であるはずのミーナやザラが雇われ事務員として働くようになっていた。ヴィスコンティ会計コンサルティング、ハーレム支所の出来上がりである。



「ユリア様様ね」


 書類仕事をミーナは喜んでいた。


 飯炊き女や掃除女に比べれば、柔らかい椅子に座ってコーヒーを飲みながらでも出来る、快適な職場環境だ。夏は風通しの良い部屋で冷えたレモネードを呑みながら、そして冬には温かい暖炉の利いた部屋で柔らかいソファに座れる点も、従業員には魅力的だった。



 その頃になると、人のいい宦官長サルマンはすっかりユリアに頭が上がらなくなっていた。


 ユリアがサルマンの親戚の娘のために、複数いる婚約相手の一人一人を気長に調べながら、それぞれの相手と結婚するメリットとデメリットを教え、ついでにどこの州で結婚式をあげれば合法的に租税回避できるかまで丁寧にアドバイスしていた時のことだ。



 ユリアが説明を終えた時、サルマンは握手をしようとして慌てて手を引っ込めた。サルマンはその時一瞬、目の前にいるのはモノでしかない女奴隷ではなく、一人前の対等な関係にある人間だと勘違いしていたのだ。



 ハーレムの中にいても、ユリアは常に新しい税制や国際関係の変化といった最新の情報が手に入るよう、とにかく情報を大事にした。

 もちろん、それに負けないぐらい知識も大事にした。彼女が欲しがる専門書は、簡単に手に入るようになった。そうした方が、巡り巡って自分たちにも得になると宦官たちも気づいたからだ。




 それから1年も経たないうちに、ユリアはハーレムで働く宦官の3割近くから遺産相続や不動産運用、奴隷売買についての相談を受けるようになり、さらに翌年にはそれがほぼ全員にまで広がった。


 大半は金目当ての依頼だったが、中にはユリアに勉学の教えを請いたいという真面目な連中もいて、特に数字を扱う財務官僚への登用を目指している者が多かった。


 徴税官を始めとして数字を扱う役人だけは、コネよりも実力が重視される。有力者からの推薦やコネを期待できない宦官が出世しようと思えば、必死に勉強して実務能力を高めるか、上司に媚びへつらいつつも最低限の仕事はこなせる程度の実務能力を身に着ける必要があった。



 そんなわけでユリアは宦官にモテモテだった。その報酬としてユリアは、実務を担う彼らからの情報と好意という宮廷で最も価値のある支払いを受け取った。


 しまいには更に豪華な個室まで与えられ、しれっとテオドラ、カーヤ、アレクサンドラに次ぐナンバー4の座に収まった。セリムとは一度も寝ていないにもかかわらず、だ。



 実際、ユリアのポジションはハーレムの女王というより宦官長のそれだった。あるいはハーレムをスルタン専用の娼館に例えるなら、さしずめユリアは名物やり手婆といったところか。


 

 **



 ユリアはオルハンや宦官、官僚たちの求めるものを言われるがままに提供していったが、やがて自分が彼らにとって必要不可欠な存在になった事が分かると、少しづつ要求を増やし始めた。


 そのあたりのタイミングを見計らう賢しさと、ちゃっかりした性格はまさに銀行家の娘の面目躍如といったところだ。



 しかしユリアが皇后フランツェスや他の寵姫たちと一線を画す美点があるとすれば、得た報酬を独り占めするより皆と分け合う方を好むという陽気な性質だった。


「とにかく、娯楽が足りない!」


 いつもの如く唐突に騒ぎ出したかと思えば、ほとんど思い付きでハーレムの庭に目安箱を設置し始めたのである。


「ねぇユリア、何してんの?」


「よくぞ聞いてくれましたザラさん、これぞ目安箱なのです」


 えっへんと薄い胸を張ったユリアは、自慢げに構想を説明し始めた。といっても、単に「何か欲しい物があれば言ってくれ」という調査でしかないのだが。


「じゃあ、私はサイコロとカード」


「賭けでもするの?」


「そ」


 ザラの提案を受けてユリアはちょっと考え込んだが、すぐ「採用!」と声を上げて自分で紙の切れ端に要望の品を記述して目安箱に放り込む。自作自演とか言ってはいけない。




 ともあれ、個室の前に目安箱を設けることで、ユリアはハーレムの女性たちのニーズを真剣に汲み取ろうと努力しているようだった。


 もっとも彼女にしては比較的真面目な努力に対する反応の大部分は、最初の内は芳しいものでは無かった。大半が冷やかし目的の投書で、「リアルな“こけし”が欲しい」とか「媚薬と若返りの薬を」みたいなふざけた投書がほとんどだった。



 しかしユリアは今期強く提案を摘み取り続け、実際に遥か東方にある象がいるというバラモン藩国から3大性典を集めた。


 しかもそのうちのひとつ、カーマス・トーラという技術マニュアルについては、ミーナを雇って翻訳させるという力の入れようだ。あの堅物のミーナをどう言いくるめたのかについては、永遠の謎のひとつになっている。


 そんなこともあってか、徐々に「推理小説を」とか「文字の読み書きができるようになりたい」といった趣味や向上心からの提案も増えていった。



 これも単なるパシリにされる可能性もなかったわけではない。だが、ユリアが発見したのは、彫刻とか刺繍とか手品とか、星占いといった娯楽や趣味についてハーレムの女奴隷たちが飢えているという事実だった。



 つまり、潜在的なニーズは十分にある。それを汲み取ることさえ出来れば、皆が満足して喜んでくれるだろう。



 ユリアは様々な娯楽用品を集めていったが、とりわけ好んだのは本だ。



 趣味が読書というお嬢様は珍しくなく、ハーレムでも教養として読書はある程度は認められていた。


 しかしユリアはありがちな古典などだけでなく、庶民向けの娯楽小説も積極的に集め、特に人気だったのは恋愛小説と美容に関するハウツー本だった。

 これに気をよくしたユリアは、さらに職人向けの実用書、役人向けの専門書といった「男の仕事で女は読むべきではない」といった本まで、さりげなくその中に紛れ込ませる形で購入していた。



 この頃のユリアは「ハーレムの女奴隷」というより、この時代では珍しい「男の仕事をする女」であり、実際にこうした本は彼女の仕事において大きく役立ったことだろう。


 しかし何事も「最初の一人」というのは前例というかロールモデルにおいて大事なもので、誰かが始めれば自然と他人が続くハードルは下がっていくものである。


 徐々に真面目なミーナたちも実用書なんかを読み始めるようになり、ユリアの手伝いをする形でハーレムの女奴隷たちが働き始めたのだ。




 だが、それでもハーレムの予算には限界がある。


 ハーレムいえども国家の組織である以上は、予算の制約に縛られる運命から逃れることはできなかった。予算がつくところにはつくが、つかないところには一切つかない。


 化粧品やら石鹸には糸目をつけず多額の予算がつく一方、娯楽品のような「最悪、無くても困りはしない」といったハーレムにおいて「必要不可欠ではない」ものに割り当てられた予算はあまりにも少なかった。



 少ない予算でやりくりするにも限界がある。そこでユリアはサルマンやオルハンに予算の増額を請求したのだが、にべもなく断られた。


 だが、それで諦めるユリアではない。彼女がハーレム生活の中で学んだことがあるとすれば、それはひたすら根気強く耐え忍ぶことだった。



 実際、ハーレムの中では時間はゆっくりと過ぎていく。時おり時間が止まっているのではないかと錯覚するほど、外界から隔絶された環境では体感時間が遅かった。



 その間に彼女がしたことは、自分の仕事をこなして適度に媚を売りつつ、時おり思い出したように自分のアイデアを売り込んでいく、という地道な営業だ。



 そんなわけで宦官長サルマンを口説き落とし、やっとのことで宰相オルハンを説得した時にはさらに丸2年の歳月が経っていた。ちょうど帝国の財政再建もヴィスコンティ銀行からの融資で目途がたち、オルハンも気をよくしていたせいか財布の紐も緩んでいたのだろう。


 とはいえ、この時オルハンから手に入れたのは、たまたまその日に大宰相のポケットに入っていた金貨1枚だった。金貨1枚というと、だいたい帝都の一般的な市民が稼ぐ1か月の収入に相当する。


 だが、それでも自由のないハーレムの数少ない「自由に使える予算」としては、かなりの額であった。


「やったね、ユリア!」


「信じられない。あのケチな宰相が」


 喜ぶザラと拍子抜けしたようなユリア。レイラも面白半分にユリアの奮闘を眺めていたのだが、ずっと見守り続けていたせいか、何もしてないのに見ているだけで嬉しくなってくるような気がした。


「どう? たった2年にしては随分とやったでしょ」

「“たった2年”か……アンタが粘り勝ちした理由が分かるような気がするよ」


 物乞いしてもらった金額にしては随分なものだが、何か事業を始めたりするには少々心もとない。それでもユリアは小さな幸運でモチベーションを上げて引き続き媚を売り、オルハンの次は大胆にもセリムに金を無心し、財政再建のために仕分けされたハーレム用の予算を復活させることに成功した。


 その頃にはオルハンが推し進めた財政再建の甲斐あってかタンジマート帝国の懐事情もようやく改善し、財政にも少し余裕が出ていたのだろう。ユリアが最終的にオルハンに認めさせたハーレム関連で彼女の管理となる予算は、年間で金貨100枚ほど。


 うち10枚は完全にユリアの取り分だった。それだけあれば、古本でもカードでも楽器でも好きなものがそれなりに買える。もし今すぐに買えなくても、コツコツ貯めていればそのうち手に入る可能性が十分にあった。 

教育の重要性

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