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ハーレムの中の悪役令嬢  作者: 永遠の国
波乱万丈編
20/28

20. 火の魔法


 この年、オルハンは「国営娼館」を始めた。


 当然ながら保守的な宗教指導者たちは反対したし、宮廷内でも反発の声が大きかった。だが、今さらそれを気にする男でもない。



「犯罪防止のためにも、国が管理する必要があります。巷の売春宿は反政府勢力やギャングの資金源となっている恐れがあり、これからは国が管理して国家の敵を撲滅に追い込むべきです」



 オルハンが強気に出れたのは、宗教指導者たちが口では娼婦を唾棄しつつも、実際には彼女たちに大きく世話になっていたからだ。オルハンはスパイを町中に放って証拠を集め、彼らを脅迫した。


 

 さらに「鉄は熱いうちに打て」の言葉通り、ついにオルハンは反発を押し切って“ハーレム改革”に乗り出した。



 無論、流石に皇帝直轄で売春宿を経営するのは体裁が悪い。そこでオルハンは政争で失脚した元部下のムスタファという男に目を付けた。宮廷を追われたときにムスタファが背負った借金の肩代わりと家族を含めた生活の面倒を見てやる代わりに、彼の名義で売春宿を開いて影から経営権を握る。供給される女性は、ハーレムをリストラされた女性たちだ。


 これは思わぬ成果があった。富裕層向けの高級売春宿として開業したところ、値段がリーズナブルな割に女性の質がいいと帝都で評判になったのだ。

 こうして大繁盛し、オルハンのポケットにも金貨が溜まっていく。それをオルハンは惜しみなく道路工事やモスク建設といった公共事業につぎ込み、女性たちの犠牲のもとに“国家のために身を尽くす愛国者”たる自分に随分と酔いしれたのだろう。





 もともと、長年スルタンからお呼びがかからず、歳をとって見込みが無くなった女性をクビにして僅かな手切れ金と共にシャバに放り出すことは珍しいことではない。


 オルハンがやったことは、その“一般的な退職コース”を国営でやるというアイデアだった。早い話が、セリムの手の付かなそうな女奴隷をさっさと見限って、市場価値があるうちに国営の売春宿で働かせて少しでも元をとろうというものだ。



 ハーレムの女奴隷というのは、スルタンへの性的奉仕を目的とした性奴隷だ。そのために美容から教養まで、国費で最高レベルの投資がなされている。そこんじょらの安宿の裏で客引きをしている売春婦とは比べれば、天と地ほどの差があると言ってもいい。



 だが、ケチのオルハンから見ればスルタンに性的奉仕をするという目的の為だけに、宮廷で1000人を超える女性を抱え込むなど無駄の極みにしか見えなかったのだろう。


 オルハンに言わせれば100人ぐらいは将来の皇妃候補だからいいとして、そこからお気に入りを10人も選べば1週間毎日違う女と夜を共にできるのだから、残り900人以上の女性は不良債権もいいとこだという。



 ―――実質的に、中止されたはずのリストラの再開である。


 こうして始まったリストラだが、案の定というか、ハーレム中の女性たちから猛反発を食らって計画は延期された。


 だが、延期はしても中止にしないのがオルハンという男である。むしろ財政再建を果たしたことにより、かえって強気に出るほどであった。


 すぐさま皇帝セリムに「強い軍隊と女、どっちを選ぶんですか」と男にとって究極の二択を突き付け、どうにか説得して翌年には1000人から700人への人員削減が決まった。


 

 この2度目となるハーレムにおけるリストラについて、ユリアも今度は反対しなかった。


 あるいは仮に反対したとしても、完全に止めることはできなかっただろう。既にユリアは自分の持てるカードはほぼ使い切って親しい奴隷は解雇リストから外すように嘆願しており、それ以上の要求をすれば流石に「出過ぎた行動」と受け止められてしまう。


 一方、裏を返せばユリアのおかげで、本来であれば500人以上削減されるはずであったリストラ計画が、300人程度に収まったとも言える。



 ユリアに出来たことはせいぜい、自分や親しい友人がリストラ対象でないこと、そして手を組んだ大宰相オルハンの足場が固まること自身の利益にも繋がること、帝国全体の財政状況を見れば歳出削減もやむなし……そう、何度も自分に言い聞かせ、リストラを受け入れようとしていた。



 **



 だが、そんなユリアでも、やはり完全にはリストラと無縁ではいられなかった。


 例えばナディアという30歳手前の女奴隷が追い出されるのを止めることは出来なかった。ナディアは決して見た目も器量も悪くは無く、バカでかい乳もハマる男にはハマったのであろうものの、彼女にとって不幸なことにセリムは胸の大きすぎる女性があまり好みではなかったらしい。


 カラフルな花柄模様のチャドルを着て絹製のヴェールで顔を覆い、衛兵に引きずられていくようにしてナディアはハーレムを去っていった。外の世界で暮らすことが分かった時、ナディアは泣いていた。



 10歳の時に親に売られてハーレム入りしてから20年、ハーレムがナディアの世界の全てだった。争いごとを好まない穏やかな性格で、裁縫が上手く、よく複雑な模様の刺繍を周りの女の子たちに作ってあげていた。だが、ハーレムの有名人でも宮廷の外では違う。


 ハーレムの塀の外にある都は、ナディアにとって知らない異国の地も同然だった。知り合いもいなければ、頼るべき親族もいない。


 働いた経験もなく、年増な上に“スルタンのお手付きの非処女”なんていう尾ひれがついた暁には再婚も望めないだろう。実家があったところで近所からは白い目で見られ、家族に迷惑をかけた挙句に「出て行ってくれ」と言われるのが早いか遅いかの違いでしかない。




 結局、後から聞いた噂によれば、スラムの売春宿でその日暮らしをしているらしい。宦官長サルマンが言うには、特に珍しくもないありふれた末路だという。



 

 その話を聞いた時、ユリアは珍しく動揺していたように見えた、



 無理もない。それほど親しいわけではなかったものの、ナディアはユリアの趣味友達の一人で、手芸の下手くそなユリアに根気強く教え続けたお人よしだった。




「―――どうよ、このスタイリッシュ感」


 もう半年も前になるが、久々にユリアが自作の服をレイラに見せてきたことがある。


 ユリアは月1でレイラから布と裁縫道具の定期購入をしてくれるお得意様だったが、その出来栄えはお世辞にも良いとは言えなかった。レイラに言わせれば布の無駄遣いもいいとこで、そのまま巻いた方がまだマシとすら思えた。


 その頃には既にユリアは有名人であり、有名であればその趣味や性格なんかも噂で広がるものだが、裁縫と自作の服作りという意外な趣味にも周りが慣れてきた頃だ。



「ちょっと凝り過ぎじゃないかな」


 中庭で出来栄えをチェックしていたユリアの前で、通りがかりにそう言ったのがナディアだった。



 お節介な性格のナディアは、頼まれてもいないのに「ちょっと借して」と針と糸を取ると、鼻歌を歌いながら縫い始めていく。


 最初のうちはユリアも少しムッとしていたが、明らかに改善されていく服を見てナディアを見る表情が変わり始めた。服が完成する頃には、10年来の友人のように馴れ馴れしく抱き着き始めて、ミーナがまた何かやらかしたのかとすっ飛んでくる有様だった。




「ナディア……」


 ユリアは可能な限り友人たちを守ろうとしたものの、それでも全員を救えたわけではない。もちろん救えた者たちも少なくなかったが、やはりいくら出世しようとも全てを思い通りにするというのは不可能なことだった。


「このハーレムに入った時、最初は塀を憎む。でも、しばらくすると塀が頼もしく思えてくるわ。未知の世界から自分たちを守ってくれると、そう思うようになるのよ」

 

 ミーナの話を、ユリアは無言で聞いていた。



 ***


 

 夕食を告げる銅鑼が聞こえると、ザラはすぐに食堂に向かおうととしたが、途中で足を止めた。彼女の視線は、暗くなった中庭にいるユリアに注がれていた。


「ユリア?」


 ザラの位置からはよく見えないが、ユリアの前にはひょうたんで作ったような容器がいくつか置いてあった。ユリアが容器を手に取って、折り曲げていく。



「ユリア、何してるのー?」


 ザラが近づいていくと、ユリアが振り返る。ザラの姿を目に止めると、唇に人差し指をあてた。ザラも頷き、黙ってユリアの作業を見守る。



 するとユリアは床に置いてあった蝋燭を手に取り、容器に近付けていく。


 蝋燭の灯りで照らされると、ザラはヒョウタンだと思っていた容器が、実は白い紙袋で作られた提灯であることに気づいた。提灯の底には小さな金属製の皿がぶら下げられ、皿には油を浸した紙が固定されていた。


 ユリアが紙に染み込んだ油に蝋燭の火をつけていくと、白い提灯は柔らかな金色に輝き、夜空に向かってゆっくりと上昇していく。



「魔法みたいでしょ?」


 笑顔でそう言ったユリアの声は、誘うような調子を帯びていた。



「火の熱で紙袋の中で空気が暖められると、周りの空気よりも軽くなるの。だから空に飛んでいく。リグリアだと『チノスの光』って呼ばれてる」


 遥か東の大国・チノス王朝から、砂漠の道を通ってリグリア共和国にも伝わったものらしい。リグリアでは物珍しさからパーティーの余興に使われることが多いが、その起源は祈祷儀式の道具だという。



「ザラもどう?」


 ユリアに勧められるがままに、ザラが頷くと蝋燭を手渡された。ユリアは首を傾けて、まだ残っている別の紙袋を示した。同じように油紙に火をつけると、また輝くものが空に上がっていく。それは夜空を小さく照らし、ハーレムの上を漂い、宮殿を超えていく。



「火の魔法だよ」


 ユリアは妖しげな声でつぶやくと、残っていた提灯を全て空へ解き放った。夜の空が、漂う光る球に照らし出されていくのを見て、ザラは思わず息を吞む。



 それは彼女がこれまで見た中で、もっとも美しい光景の1つだった。いくつもの提灯が夜空に浮かび、まるで死者の魂が天に召されるかのように、どこまでも高く昇っていく。



 やがてその光景を認めた他の女奴隷たちも、続々と集まってきた。ミーナも、レイラも、皇后フランツェスでさえ。だが、誰も言葉を発することはない。ささやかではあったが、その場に満ちた尊厳と悼みの念を彼女たちも感じ取ったのだろうか。

 


 ユリアはそれを「火の魔法」だと言った。


 その通り、これは魔法なのだろう。ハーレムの魔女、リグリアの錬金術師、ユリア・ヴィスコンティという名前の魔術師がかけた魔法だ。


 まるで昔に母親から聞かせてもらったおとぎ話ような光景の中、伴奏のようにユリアがザラの知らない言葉で歌い始める。

 それはリグリア語ですらない、知らない国の言葉だった。だが、誰かを慰めるようなその歌が哀悼のためのものであることだけは、どういう訳かその場にいた全員がハッキリと確信が持てた。



 作中に出てきたのは、「天灯」と呼ばれる熱気球です。中国とかタイとかで節句の時に飛ばされるそうな。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] せめて…せめて、もっとうまくやる方法はなかったのだろうか?現代人からの転生なら、リストラ期間に一年くらい猶予を設けて、その間に職業訓練させるとか、何か助言があっていいような…。ハーレム…
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