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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
154/410

153 黒幕3

 沈黙が、馬車の中を支配した。

 ケイン・レイテッドはじっとカイヤ殿下の反応を伺っている。

 多分、驚くなり動揺するなりしてほしかったんじゃないかと思うが、殿下の表情は変わらなかった。

 無言の時間がしばらく続いて。


「あの日、劇場で話したこと、覚えてる?」

 先に口をひらいたのはケインの方だった。あいかわらず白猫をなでながら、先程までと同じ軽い口調で。

「観劇の後、お茶を飲んだよね。レイシャやレイルズも一緒に」

「無論、覚えている」

と殿下は答えた。


 それなら私も覚えている。

 突然現れたミケとレイテッド一族に、色々と思わせぶりな発言をされて、引っかき回されて、せっかくの休日が微妙に台なしだった。


「あの時おまえは、宴でおもしろいことが起きそうだから見物に行こう、と言ったな」

「じゃなくて、その続きだよ」

 その続き、って?

「たとえエマとラズワルドの間で何が起きたとしても、君は手を出すべきじゃない。黙って見ているべきだって言ったことさ」

 何それ。初めて聞いた。

 思わず殿下の方を見ると、さっきまでの無表情とは違い、明らかに苦い顔をしていた。

「……言ったな。それに対して俺は、『できない』と答えた」

「そう。死人が出るような事態になれば放置できない、ってね」

 ケインはおかしそうにくすくす笑った。「そしてその言葉通り、エマの命を救った。君があの場に居なければ、彼女は助からなかっただろうね」

「笑い事ではないぞ、ケイン」

 まったく、殿下の仰る通りだ。人の命を何だと思ってるんだ、この男は。


 ケインはやれやれと肩をすくめた。

「笑うしかないよ。君が命を救ったエマ・クォーツこそ、他人の命なんて何とも思っていない人間じゃないか」

「…………」

 殿下は口を閉じた。

 反論も、否定もせず。黙ってケインの顔を見つめている。

 ……それはつまり、認めたってこと?


 ケインもそう思ったのだろう。満足そうに笑って、話を続けた。


「エマは『魔女の媚薬』を使って事件を起こした。それ自体も犯罪だけど、彼女の罪はそれだけじゃない。多分、君の叔父上もこの話はつかんでるんだろう? エマは単なる『顧客』じゃなかった。あの劇団を利用して薬の密売に手を染めていた、いわば『主犯』なんだってことを」


 初めて聞く話だった。

 エマ・クォーツが、「魔女の媚薬」密売の主犯。

 仮に本当だとしたら驚くところだと思うが、殿下は既に知っていたらしく。

「エマが、というよりエマの一族が、だな」

 落ち着いた口調で訂正を入れる。

「分家筋だけではない。戦後の混乱で没落した貴族家も密売には噛んでいた。数代前の宰相を輩出した家で、確かセイレスとか言ったか……」

 ぴく、と頬が震えるのを感じた。

 セイレスって、あのセイレスだよね。カルサとニックが調べていた。そういや、怪しい商人との取引がどうとか言ってたような……。


 ケインは冷ややかに同意して見せた。

「金に困ってる貴族家は多いからね。ご禁制の薬の密売で手っ取り早く儲けようだなんて、愚策もいいところだけど」


「魔女の媚薬」は危険な薬物だ。国内に広まれば大変なことになる。多くの国民が苦しみ、あるいは命を落とすことになるかもしれない。

 にも関わらず、その薬の密売で儲けようとたくらむ貴族家や、彼らに薬を売ろうとしている闇商人に対し、「主犯」であるエマ・クォーツの暗殺事件は格好の見せしめになる。


「だからこそ、この件には手を出すべきじゃない。どうせ手を汚すのはラズワルドなんだ。放っておくべきだ。……それがレイテッドの、義姉あね上のお考えだって。あの日、そう伝えたよね」

「ああ」

 殿下は短く言って、こう付け加えた。「おまえは気乗りしない様子だったがな」


 当然でしょ、とケインは吐き捨てた。


「そもそも、エマ・クォーツが魔女の宴で事件を起こしたりしたのはなんでか、って話だよ。いくら分家筋がラズワルドを良く思っていなかったとしても、勝ち目のないケンカを仕掛けるほど馬鹿じゃない。……そそのかした人間が居たのさ。自分たちが力を貸すから、共にラズワルドを倒そう、成功の暁には見返りも約束するって言ってね。他でもない。レイリア・レイテッドだよ」


 それはつまり、全ての黒幕が彼女だということ。


「…………」

 殿下はやはり驚かなかった。肯定も否定もせず、疑いを挟もうともしない。

 私の方は、色々と驚いたり、疑ったり、問いつめたい気持ちもあったのだけど、実際にそうすることはできなかった。とても口を挟めるような雰囲気じゃなかったからだ。


「茶番だよね」

 ケイン・レイテッドの1人語りは続く。

「魔女の宴も、淑女の宴も、茶番劇だ。宿敵・ラズワルドが公衆の面前で醜い争いを繰り広げることは、長い目で見ればレイテッドの利益になる。そのための舞台ってわけだ」

「……証拠はあるのか」

 ようやく、殿下が疑問を口にした。「レイリアがおまえにそう告げたわけではないのだろう?」

 ケインはいかにもあきれたという顔をした。

「あのね。僕はあの家の中に居るんだよ。お察しの通り、義姉上にはまるで信用されてないけどさ。少なくとも君よりは彼女のことを知ってるよ」


 たとえば、とケインは続けた。

「義姉上はレイルズとフローラ姫を結婚させるつもりなんだよ」

 唐突に、爆弾発言をかましてきた。

「今回の事件は、そのための布石だ。権力争いに巻き込まれて翻弄される、お気の毒な姫君をレイテッドがお救いする。そういう大義名分を作るためのね」

 わかる? と殿下の黒い瞳をのぞき込む。

「つまり、レイテッドが君たちの敵に回るってことさ。五大家のひとつであるレイテッドが、フローラ姫を抱き込んで王位を狙ってくる。君の叔父上や兄上にとっては、実に困った話じゃない?」

 あからさまに動揺を誘うような言い方に、しかし殿下は冷静さを保ったまま。

「それが事実かどうかは置くとして、ひとつ疑問がある」


 なぜ今、その情報を自分にもらすのか。

 そんなことをして、ケインに何の得があるというのか。


 私も、同じことを疑問に思っていた。

 そんな重大な話、普通だったらタダで教えてくれるわけないし。

 後で見返りを要求する気なのか、だまそうとしているのか。どっちにしても信用できないと思う。


「なぜって、そんなこと聞く?」

 ケインはいかにも心外だという風に瞳を見開いた。

「僕は昔からずっと、君の味方じゃないか。ただの幼なじみじゃない。家族みたいに思ってるんだよ」

「…………」

「あれ? もしかして信じてない?」

「……いや」

 短い沈黙を挟んで、殿下が口にしたのは否定の言葉だった。

「俺も同じように思っている。おまえのことを、家族同然の存在だと」

 ケインはうんうんとうなずいた。

「当然、そうだよね。ハウルなんかより、ずっと兄らしく思ってるよね」

「そこまでは言っていないが……」

「照れなくていいよ。君の気持ちは理解してるから。心の中では、兄上って呼んでくれてることもね」

 熱っぽい瞳と語り口が、誰かに似ている。殿下のストーカー、吟遊詩人のセシウスに。


 なんとなく殴りたくなった私は、「もう1発、いいですか」と目だけで殿下に問いかけた。

 殿下は「今はやめておけ」と目配せを送ってきた。それからケインの方に向き直り、

「呼び方の件はともかくとして。おまえが俺の味方だとしても、レイテッドを裏切る理由にはならないはずだ。なぜならおまえにとって、レイテッドは妻の――」

 殿下の言葉を遮って、

「あの家に義理はない」

とケインは断言した。

「レイテッドにとって、所詮は僕の存在なんて手駒のひとつだよ。義姉上が僕とレイシャの婚姻を許したのだって、それが仇敵ラズワルドに痛手を与えることになるからだ。ただそれだけだよ」


 ケインとレイシャの婚姻を許したことが、ラズワルドに痛手を?

 どういう意味だろうか。


 ケイン・レイテッドは――いや、ケインは。

 殿下の幼なじみだ。つまり、セレブだ。かなり良い家の出身であるはずだ。おそらくは殿下やユナたちと共に、ジャスパー・リウスから剣の指導を受けたりもしていたのだろう。

 しかし彼はレイテッドの生まれではない。レイシャとの婚姻で家名を得ただけだ。

 では、元の名前は?

 その答えは、ケイン自身が口にした。


「仇敵ラズワルドから、後継ぎを奪えればそれでよかったんだ」


 ラズワルドの後継ぎ。……ケイン・ラズワルド?

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