115 新米メイド、街に出る1
さて、休日である。
お天気は快晴。夏の陽差しのもと、城下町は今日も大勢の人でにぎわっている。
大荷物を積んだ荷馬車が通り過ぎていく。土埃が舞い、陽炎が揺れる。
――暑い。
そびえ立つ王城の影を出ると、陽差しがまともに顔に当たった。
もうすぐ7月になる。1年で最も暑い季節がやってくる。
日よけのための麦わら帽子をかぶり直し、私は歩き出した。
本日の服装は、半袖ブラウスにチェック柄の膝丈スカート。色はそれぞれ、クリーム色と赤茶色だ。
例によって地味である。もうちょい若い娘らしい格好をしろ、と出がけにダンビュラにも突っ込まれてしまった。
「若い娘らしさって、具体的に何ですか」
と尋ねたら、彼は私を下から見上げつつ、もっとスカートを短くしろと言った。
当然のことながら、私は持っていた手提げを彼の顔面に投げつけてやった。
私と入れ替わりにお屋敷にやってきたカイヤ殿下は、ダンビュラのセクハラ発言を「無礼だろう」とたしなめてから、
「その服、よく似合っていると思う。若い娘らしいかどうかはともかく、おまえらしい」
と真顔で言った。
フォローのつもりだったのか、ほめてくれたのか。どちらにせよ、反応に困る。
「……そうですか、それはどうも」
困ったので適当に流して、私はお屋敷を出た。
で、今は城門も出て、緩やかな坂道をくだり、城下町に着いたところである。
最初の目的地は郵便局だ。他の場所に行く前に、まずは家族に宛てた手紙を出すつもりだった。
私の家族は、母と祖父母、4つ下の弟と、8つ下の妹、の計5人。
全員が、私の王都行きには反対した。
妹だけは、「エル姉だけ都会に出るなんてズルイ」というしょうもない理由であったが、他はだいたいまともだった。
おまえのような小娘が、1人で王都に出て何ができるつもりだ。
今更探したってどうにもなりゃしない。頭を冷やして、よく考えなさい。
お願いだから、ね。危ないことはやめて。
姉さん、馬鹿なの? まあ、知ってたけどさ。
叱られ、説得され、心配され、鼻で笑われて。
最後は、家出同然に実家を飛び出してきた。
「2度とうちの敷居をまたぐな」と祖父には怒鳴られたから、「勘当された」と言い換えてもいいかもしれない。
しばらく前に出した手紙の返事も来ていない。
何だかんだで心配しているはずだから、ひとまず仕事は見つかった、ということだけ伝えたんだけど。
さすがに王族に雇われたなんて書いたら正気を疑われるだろうし、その辺はぼかして。
とあるお屋敷でメイドの仕事を見つけた、どうにか暮らしのめどが立ったからだいじょうぶ、と。
一応、「勝手をしてごめんなさい」と謝罪の言葉も綴っておいた。
祖父はどう思っただろう。さらに怒って、手紙を破り捨てたかもしれない。
今回の手紙も、同じ運命を辿る可能性はあると思う。
それでも、何の音沙汰もなし、というわけにはいかない。私だって、家族に心配かけたことを、全く悪いと思っていないわけじゃないのだ。
手紙を出して郵便局の外に出た時、道行く群衆の中に知った顔を見た気がした。
並の男性より背が高い、銀髪の若い女性。
近衛騎士のジェーン・レイテッドに似ている。というか、あんな目立つ風貌の人間は滅多に居ない。
こちらには気づかなかったようで、早足で立ち去っていく。
彼女も休日なのだろうか。まあ、別にいいか――と思い直し、私は次の目的地へと向かった。




