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狼娘は黒兎に愛でられる  作者: 燈華


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思いがけない再会1

ここは獣人の国だ。

獣人たちをまとめる王はいない。

この国は合議制国家だ。

昔はそれぞれの獣人の代表が集まって協議していたが、今は混血が進み、有力者が議員として国を動かしている。






獣人は人の姿のどこかに動物の特徴が入る。

一般的には耳や尻尾、肌に鱗が出たり、髪に毛や羽毛の特徴が出たり、珍しいところでは、目がその動物のものだったり。

混血の場合はより濃く出た特徴の獣人ということになり、家族の中にいろいろな獣人がいることも珍しくない。複数の獣人の特徴が出ることはまれであるがないことはない。






そんな国の首都にクレハ・ロウは両親と一緒に住んでいる。

父は役所で働いている公務員で母は専業主婦、クレハ自身は国立の図書館で司書をしている。


今日も今日とて仕事に励んでいた。

一般開放をしている書庫を歩いていると利用者から声をかけられた。


「すいません。探している本があるのですが」

「はい」


クレハは振り向いて、目を見開いた。







ソウヤは主人の使いで図書館を訪れた。

探している本がどこにあるかは訊いてしまったほうが早い。

目の前をたまたま通りかかった年若い職員に声をかける。


「すいません。探している本があるのですが」

「はい」


振り向いた顔を見て驚く。

相手も驚いたように目を見開いている。


青灰色の髪に同色の三角の耳と垂れたふさふさした尻尾。瞳の色は紺色だ。

先日仕事先で絡まれているところをたまたま助けた狼娘だ。

彼女が身につけているのはこの図書館の制服なので間違いなくここの職員だ。


思いがけないところで再会することになった。






「あっ、せ、先日はありがとうございました」


我に返り、クレハは深々と頭を下げた。


「いえ。こちらでお勤めなのですね」

「はい。探している本がおありなんですね。本のタイトルなど伺ってもよろしいですか?」

「はい。こちらなんですが」


クレハは差し出されたメモを受け取る。

ざっと確認する。

同じ分野の本ばかりだ。

それなりに量がある。


「一度お返しします」


クレハは青年にメモを返す。


「個室をご利用になられますか?」


この図書館には本格的に調べものをする人のための個室がある。空いていれば誰でも利用可能だ。


「お願いできますか?」

「かしこまりました。確認してくるのでこちらでお待ちいただけますか?」

「わかりました」

「あっ、お名前をお聞きしてよろしいですか?」

「ソウヤと申します。よろしければ貴女のお名前も教えていただいても?」

「あっ、はい、クレハ・ロウと申します」


この国では必ずしも姓を持っているとは限らない。

それは種族性によるもので、大雑把に言ってしまえば一族として団結しているかどうかだ。

個人主義の種族では姓を持たないことが多い。


「クレハさん、ですね」


(ゆえ)に姓があっても名前で呼ぶことが多い。


「はい」

「可愛らしいお名前ですね」

「えっ!? あ、ありがとうございます」


社交辞令だとわかっているのに、そんなことを言われると思っていなかったので思いっきり動揺してしまう。


「社交辞令ではありませんよ」


くすっと笑われて言われた。

からかわれている。


「い、急いで確認して参りますので、お待ちください」


クレハは足早にその場を離れた。






足早に歩いていくクレハをソウヤはくすっと笑いながら見送った。

本心だったのだが、からかわれたと思われたのだろう。


それにしても。

まさか、こんなところで会えるとは思っていなかった。

主人の使いで来たのだが、思いがけない収穫を得たものだ。

職場だけではなく名前まで知ることができた。


何という幸運。

何という僥倖(ぎょうこう)


もう一度会いたいと思っていた。

だがあの夜、ほんの刹那邂逅(せつなかいこう)した相手だ。

狼の獣人としかわからず、名前も住んでいるところも何をしているかもわからない女性だ。


見つけるのは相当の苦労が必要だと覚悟していた。

それが、思いがけない再会だ。


まさか主人は知っていて自分をここに来させたのだろうか?

いや、さすがにそれはないか。


あの時は仕事であの場にいたので主人にも報告はしてあった。とはいえ、彼女を助けたのは仕事とは全く関係はなかったが。

仕事とは無関係の一般人を見つけ出すのは、さすがの主人でも骨が折れるだろう。

だから、これはただの偶然だ。


この好機を逃すわけにはいかない。

できるだけの情報を得て、こちらの印象もできるだけ良いものを与えなければ。


新たな決意と算段をしながらソウヤはクレハが戻ってくるのを待った。





読んでいただき、ありがとうございました。

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