くうはく わたし せいかつ
三日月さんからお題を頂きました!
「私生活」テーマの短編です。
──コトコト……
鍋でポトフが煮立つ音が聴こえる。
そろそろ火を止めないといけないけれど、私はそれが億劫で、ソファにだらりと背中を預けた。
「ねえ、止めてよ祐樹」
返事がない、寝ているのだろうか。
私は渋々立ち上がり、火を止めた。
鍋の中ではゆっくりと泡立ちが収まり、ほくほくに解れた野菜と豚肉が踊っている。
時刻はまだ夕方、夕飯の時間にはまだ早い。
私は、ピッとテレビを点けた。
『本日のトピックスです、秋を感じるデザートの特集を──』
明るくなった画面の中では、ナレーションに合わせて様々なデザートの紹介をしている。
コトリ。音がする。
私は祐樹が起きたのかと思って、振り返らずに彼に話し掛けた。
「ねぇ、スイーツ特集だって! 美味しそうだよね、私達も行かない?」
返事がない、顔を洗いに洗面所へ行ったのだろうか。
私は気を取り直して、洗濯物を取り込みにベランダに出た。
ひゅー……
借りているマンションの部屋は7階なので、ビル風が私の身体を通り過ぎる。
寒いと思いながら、私は洗濯物を回収して部屋の中に戻った。
「あれ、部屋の中もなんだか寒いな……」
気が付いたら、エアコンが消えている。
「ちょっと、祐樹消したの?」
返事が、ない。
いつもなら、ごめんごめんと頭を搔きながら、謝ってくれるのに。
いつもなら……、いつも?
私は、うっと頭を抱えてその場に蹲る。
記憶が濁流の様に流れ込んできて、気分が悪い。
暗くなる視界、目の裏に流れる赤い血。
血。
そうだ、祐樹は血塗れになって、私を庇って……。
「あぁ、ああああ……!!」
思い出した、思い出してしまった。
祐樹は、二人で歩道を歩いている時に突っ込んできた車から、私を庇って死んだんだ。
赤く流れる彼の鮮血、冷たくなっていく彼の身体。
「また思い出しちゃった……」
私は、寝室に行く。
ガラリ──
クローゼットを開けると、整理できていない祐樹の服が並んでいる。
私は、ぎゅっと彼のワイシャツを抱き締めて、目をつぶった。
「ここに居る、祐樹はここに居る」
自分に何度も言い聞かせる。
すると、すーっと嫌な記憶が消えていく。
リビングに戻った私は、時計を見る、時刻は19時。
もうこんな時間、夕飯にしよう。
私は二人分のポトフと、作って置いたサラダをテーブルに並べる。
手を合わせて、眼の前の祐樹と手を合わせた。
「いただきます」
こうして、私の日常は過ぎていく。




