1告白
「お嬢さん。起きて下さい。いくら休みだからってそろそろ起きなきゃ‥」
「う、~ん。わかってるから」
扉の外から声がする。
私は、ほんとはとっくに目が覚めていた。
このところ悶々と思うことがあってずっとその事で頭がいっぱいだった。
いきなりサタリの手がすっと上掛に伸びた。
はっ!
「って言うか、どうして勝手に入って来るのよ!」
「そ、それは、あんまりに遅いから何かあったんじゃないかって‥」
「何もあるわけ‥」
寝起きの顔を見られたくなくて顔を背ける。
サタリは、私の幼いころからの世話係でこの春からは私の入る王立学園の護衛をする事も決まっている。
5歳の時、ママが再婚したのが今のキプロ商会の会長で私の義理のパパのバドス・シルベスタ。
あっ、実の父とは離縁して一切付き合いはない。
ママは私が6歳の時に亡くなったけど実の親子ではないがパパは私を可愛がってくれている。
サタリは孤児でキプロ商会の経営する食堂で盗みを働いて捕まり、パパが事情を知ってサタリを引き取ったのが最初だったらしい。
パパは私にまだ14歳だったサタリは遊び相手にいいんじゃないかと思ったらしくサタリは私のお世話係になった。
いわゆる子どもの遊び相手をする仕事だ。
初めて見たサタリは私からすればすごく大きくて8歳も年の差があったが、周りにいたのがほとんど大人の男ばかりだったせいか、サタリがしゃがみ込んでにっこり笑うと。
覗き込んだその瞳は澄んだ銀碧色ですごくきれいで‥
「お嬢さん、何して遊びましょうか?」って声をかけてくれて思わずサタリの瞳に吸い込まれた。
泣いていた私は「わたし、サタリと遊びたい」と言って泣き止んだとか。私はそんな事を言った記憶はないのだけど。
きっと、ここでは私にはそんな事を言ってくれる人がいなかったからかもしれない。
パパだって仕事で忙しいから。
まあ、そんな訳でサタリはそれからずっと私のそばにいた。
小さい頃は一緒に遊んだり風呂に入れてもらったり食事を一緒に取ったりといつも一緒だったな。
だって6歳だったし。
でも、2年ほどもすれば私も家庭教師がついて勉強したりしてずっと一緒と言う訳ではなくなった。
それでもサタリは一日のうちの食事の一度は必ず一緒に過ごしてくれたし寝る前に絵本を読んでもらうのも、その時に一日のあった事を話しするのも楽しみだった。
サタリは私の話を良く聞いてくれた。
そのうちサタリも商会の仕事もするようになって日々身体も大きくなり大人になって行った。
少年だったサタリはいつの間にか大人の男になっていて私はいつの頃からかサタリを意識するようになって行った。
さすがにこの頃には夜一緒に絵本を読んでもらう何てことはしていなかったけどテストを見せたり買い物に出かけるのもサタリが一緒だった。
それというのもうちの屋敷では、すべての事を男がやるので基本、女の使用人がいないのだ。
若い男がたくさんいるのできっと若い女性を雇わないのだろうと思う。
だから私の知っている女の人と言えば家庭教師のビヨール。年令は50過ぎの女性くらい。
だから恋愛の相談なんてとても出来たものではない。
好きだと意識すると何だかそれを気づかれるのがすごく恥ずかしくてサタリにはこんな気持ち絶対に気づかれちゃだめだって思っていた。
それにサタリはいつも私を子ども扱いして女としてみてはくれないんだし。
そんなのわかってる。わかってるけど。
私だってもう16歳になるんだし、気持だって‥身体だって‥もうすぐ学園にだって行くんだから。
だからサタリに思い切って告白しようとしていた。
「お嬢さん?寝たふりしてんのわかってますよ。いい加減起きないと布団はがしますよ」
サタリはそう言いながら窓を開けたらしい。
「わ、わかった。わかったから」
私は仕方なしにベッドから起き上がる。
気持とは真逆なほどうららかな陽の光がふんわりベッドに差し込む。
突然、窓から風が舞い込んで私の亜麻色の髪を巻き上げる。
「やぁぁ~」
そっか。もう春だもんね。学園はもうすぐ始まる。
だから、ほら、今しかないんだから‥喉の奥で好きって言葉がもつれる。
「ったく。お嬢さんはいつになっても子供ですね」
ふふっと笑いながらサタリが私の髪をそっと撫ぜつけた。
「何するのよ!」
むっとなった。
目の前にいるめちゃ冷たい印象の美しい青年に目を向ける。
銀色の髪は短く切り揃えてあるくせに前髪は半分ほど切れ長の目にかかっている。
一見恐い印象の目の奥の瞳は混じりけのないきれいな銀碧色。
その瞳がわずかにくすりと細められ触れられた手の平は大きく温かい。
もぉ!子供じゃないのに!!
ふぅっと息を吐きだした。
その途端!
「ねぇ、サタリ。私、あなたが好き!」
そう言った自分に驚く。
一瞬彼の眉が上がるがすぐに目尻に皺が寄った。
「ええ、俺もお嬢さんが大好きですよ」
くすりと口角が上がった彼の顔。
何よ!
すぐに本気にされてないってわかった。
「そんな意味じゃないわ!」
むきになって言い返す。
「じゃ、どんな意味で?好きじゃなく‥まさか嫌いって事ですか?」
サタリは、キュッと眉を寄せるといぶかし気な顔で私を見た。
もう、なんなのよ!
「嫌いだなんて‥だから好きなんだってば!」
私は少しむくれた顔をしたと思う。
「ええ、ありがとうございます。さあ、お嬢さん、起きたなら食事にしましょうか。先にキッチンで食事を温めてますのでお嬢さんはゆっくり着替えて来て下さればいいんで」
サタリは、いつもの世話係モードで話を進めて行った。
ハァァァァァァ~!!
「わかったわよ」
こうして私の一世一代の告白はあえなく撃沈されたのだった。
やっぱり私は相手になんかされていないってはっきりわかった。




