90. 占拠
レインディール王立美術館。
二百年の歴史を持ちながらも古さを感じさせない、民衆たちの憩いの場の一つとして親しまれている公的施設である。
四階建てにして二十マイレを超える本館の大きさもさることながら、通常家屋が優に三十は収まるとされる敷地の広さが、他に類を見ない特徴の一つでもあった。その広大な敷地は、屋外展示場としても機能している。
しかし今、その広さこそが仇となる事態が発生していた。
「陛下!」
集まった人々の中に一際大きな主君の姿を認めたベルグレッテは、息を切らせながら走り寄った。
「おう、ベルか。お勤めご苦労」
「はっ」
アルディア王の隣に立ち、改めて周囲の状況へと目を向ける。
遠巻きに――五十マイレほど離れた位置から、美術館の前に押しかけた民衆たち。その数は二百名近くに及ぶだろう。最前列にはこれもまた大勢の兵士らが配置され、近づこうとする野次馬を押し止めている。
美術館周囲の舗道からは、燻るように黒煙が立ち上っていた。
「これは……、」
「五年前を思い出すなァ。キッチリ『銀黎部隊』の出てる間を狙ってきやがった。ご苦労なこったぜ」
アルディア王は顎を撫でながら、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「ベ、ベルグレッテ殿! じっ、状況をご説明致しましょうか!?」
「わっ」
王の影から、ニュッと一人の青年騎士が姿を現した。突然だったので、ベルグレッテはついのけ反ってしまう。
「おっ、お、驚かせてしまいましたか? もも申し訳ありません……!」
「い、いえ」
王の身体がとにかく大きいため、その向こう側にいた青年に全く気付かなかったのだ。
「えっと、じゃあお願いします、ケッシュさん」
「は、はい!」
青年騎士――ケッシュは笑顔を輝かせて頷いた。
ケッシュ・ラドフォード。年齢は二十一。短くさっぱりとした銀髪に、派手さのない目鼻立ち。あどけなさを残した雰囲気から歳より若く見られることも多く、少し離れた村などへ出向けば、見習い兵に間違われることも少なくない若者だった。
――が。
彼が身に纏う、黒銀の輝きを放つ軽装鎧。通常の兵士たちが着用する銀色の鎧ではなく、暗銀色の軽金属を用いた鎧。これこそは、六十四――否、現在は六十三名となる最強部隊、『銀黎部隊』の証でもある。
そんな精鋭の一人であるケッシュは、業務の立場的には自分より遥か格下となる見習い少女へ、やたらと緊張した面持ちで報告した。
「襲撃があったのは三十分ほど前です。賊の人数や正体は不明。濃紺色のマントで身を隠していたそうですが……。美術館を瞬く間に占拠し、人質を取って立て篭もっています。居合わせた兵の数人が交戦した模様ですが、撃退されたとのこと。敵はかなりの手練ですね。人質は推定四十名。手際も良かったようです。事前に、綿密な計画を立てていたものと思われます」
三十分前。ベルグレッテたちが立ち上る黒煙を目撃した頃だ。あれはまさに襲撃直後だったのだろう。
説明を聞き終えたベルグレッテは、美術館へと目を向ける。
周囲にできた人だかり。美術館周辺の舗道には焦げたような跡が点在している。炎の神詠術か何かが着弾したようだ。
防護の術の期限切れが近かったのか、荘厳な美術館外観の支柱も一部が欠けてしまっている。
二百年もの歴史ある美術館。修復にもまた多大な費用が必要となるはずだ。
これら以外に、目立った異常は見られない。
美術館の窓は内側からカーテンが引かれ、当然ながら敵の姿もここからでは確認できなかった。
「応援のためにナスタディオ学院長も呼びました。幸いにして王都におられたため、そう時間は掛からないはずですが……一部舗道の通行に混乱が生じているようです。到着まで、今しばらく時間が必要とのことです」
「学院長が……」
つい先日、学院で会った際には「もう明日には出かける」と言っていたのだが、予定に変更でも生じたのだろうか――
ベルグレッテがそう思った瞬間。
集まった人々と美術館のちょうど中間あたり、その十マイレほど上空に、とてつもなく大きな波紋が広がった。あまりにも巨大な――通信の神詠術。
直径十マイレにも達するだろう、とてつもなく膨大な波紋。この増幅技術を見ただけでも、術者の技量の高さが窺える。
『――通信にて失礼する。まず双方の架け橋としてアルディア王に出てきてもらおう――と思っていたが、呼ぶまでもなく来てくれたようで何よりだ。ある程度の状況は理解しているな? その前提で交渉に入らせてもらう。私はジンディム。通信での交渉役を務めさせて頂く。以後、お見知りおきを』
何の変哲もない、中年と思わしき男の声だった。
「……交渉」
少女騎士は、気にかかった単語をぽつりと呟く。
「ベ、ベルグレッテ殿も気になりましたか! 交渉を持ちかけるとなると……五年前、陛下に対する不満から無差別に行為へ及んだ魔闘術士の連中とは違うようですね……!」
ケッシュが息巻いてベルグレッテを見る。
「おいケッシュよぉ、本人の前で俺に不満とか言うんじゃねぇよ。俺ぁ傷つきやすいんだぞ。落ち込んじまうだろうがよ」
「し、失礼しました!」
からかうように笑うアルディア王に、ケッシュは最敬礼をもって詫びた。
五年前のテロ。
ベルグレッテは当時十歳。騎士見習いになったばかりだったため詳しくは知らないが、凄惨な事件だったと聞いている。
自らを魔闘術士と名乗っていた滞在外国人グループによる無差別な攻撃で、敵構成員の特攻や自爆によって幾人もの犠牲が出る惨事となった。厄介なことに賊の戦闘能力も極めて高く、ナスタディオ学院長が対応に当たらなければ被害はもっと大きくなっていただろうといわれている。
魔闘術士らが自分たちを遊撃兵として雇用しろとアルディア王に訴えかけ、拒否されたことが原因だったという。
逆恨みから無為な破壊を撒き散らした五年前の賊とは違い、今回の敵には何らかの目的があるようだ。
『ではアルディア王よ。交渉する気があるならば、声を聞かせてもらおうか』
王はボリボリと頭を掻きながら、片手で術式を紡ぎ始めた。雑とも思える豪快な手つきは、しかし複雑な術を緻密に組み上げていく。
長年仕えている主君だ。アルディア王の技術など存分に承知している。それでもなお久しぶりに見るその技量の高さに、少女は思わず見入ってしまった。
王が仕上げにパチンと指を鳴らすと、ベルグレッテたちの遥か頭上に巨大な波紋が出現した。
『あー、あー。アルディアだ。聞こえるか?』
『聞こえている。光栄だ、アルディア王よ』
『で? ジンディムつったか? お前さんがたは何がしてえんだ?』
『まあ、そう急くな。まずはお互いの信頼関係を築くとしよう。現在、こちらには三十七名の人質がいる。この中には、高名な貴族の家柄の者も含まれている。そしてこの場所は、由緒正しき王立美術館――』
淡々と語っていたジンディムは、そこでわずかに嘲るような感情の色を滲ませた。
『この建物にこの人質。如何な「暴王」とて、美術館や人質ごと我等を叩き潰すような真似はできんはずだ』
『暴王』という蔑称に、アルディア王の周囲にいる騎士たちが怒気を孕んだ。ベルグレッテも上空の波紋を睨みつける。
当の王は、その巨大な肩をわずかに揺らしてくくと笑うのみ。
ジンディムは抑揚のない声に戻って続ける。
『そうだな……まず最初に、食事でも提供してもらおうか。昼飯時を過ぎたところだしな。六十名分ほどでよい。ちなみにこれは、人質の分も含んでいる。渡された食事は我等と人質の区別なく無作為で分配するゆえ、毒を仕込もうなどとは思わんことだ』
『わーってらぁ。何か食いてぇモンはあるか?』
『贅沢は言わん。そちらに任せる』
アルディア王は通信に乗らないよう、かすかにチッと舌を打った。
余計なことを語ろうとしないジンディムの徹底ぶりに対してだろう。
『おっと……それと、薬箱も頼むとしようか。人質の中に、怪我をした者が数名いるのでな』
『おいおい、大事なウチの民に手ぇ出してくれちまったのかぁ?』
『挑まれたから撃退したまでのこと。大した怪我ではない。では、また一時間後に連絡する。それまでに食事と薬を用意しておいてもらおう』
返事を待たずに、上空の巨大な波紋は消失した。
「ふーむ」と唸り、アルディア王もボリボリと頭を掻きながら術を解く。
「ベル。何か気付いたことはねえか?」
自分で考えることが面倒になったのだろう。美術館に目を向けたまま訊いてくるアルディア王に、ベルグレッテは「うーん」と顎下へ指を添えて返答する。
「……まず食事を要求した――という点で、賊は最初から長期戦を想定してるのかなと……」
王都の真ん中で美術館を占拠し、立て篭もるという行為。長引けば不利になるのは敵のほうだ。
にもかかわらず、敵は初めから長期戦になることを想定している。交渉によって目的を達する自信があるのか。いざというとき、逃げおおせる自信があるのか。
そして……無機的に見えたジンディムが、わずかに滲ませた感情。アルディア王を『暴王』と呼ぶ際にのみ見せた、嘲るような怒りの色。
怨恨によってこのような事態を引き起こした、明確な意志を持った強力な詠術士。
今のやりとりから推測できるジンディム像は、そう表現できる。
「うむ。とりあえず奴さんどもは、そうまでして手に入れたい、成したい何かがあるって訳だ。その志は結構なモンだがな」
それが何であるのか。知るのが楽しみだとでもいうように、巨大な王はにたりと笑う。
「卑怯な連中め……」
ケッシュは真逆に、美術館のほうを睨んで忌々しそうに呟いた。
「で、人質が三十七人で食事は六十人分。妙なサバ読んでなきゃ、賊は大体二十人ぐらいってとこか。おしケッシュ、食事の手配だ。あちらさんは贅沢は言わんってこったがな、そこはちっとばかし色をつけてやれば、交渉も滞りなく進むってモンよ」
「は、了解致しました!」
ケッシュは最敬礼を見せて、食事の手配をするべく大急ぎで駆けていく。
それを見送って、ベルグレッテは思わず「あ!」と声を上げた。
「そ、そうだった。陛下、ご報告しなければならないことが……」
テロという異常事態に、つい忘れそうになってしまっていた。
武装馬車が襲撃を受けた件、そして襲撃者の正体がオプトであるかもしれない可能性。狙いはリーフィアだろうということ。それらについて簡潔にアルディア王へ報告した。
「むう……にわかには信じ難いような話だが……」
テロにおいても余裕の態度を崩さなかった王の顔から、笑みが消える。あの襲撃は、それほど常識の埒外にある出来事だった。
仮にあの敵の正体が本当にオプトだったとするならば、これは前例のない事件となる。
レインディールでは、国内の『ペンタ』同士の戦闘を固く禁じている。
強大な力を持つ者同士が衝突することで、周囲に甚大な被害を齎してしまう可能性があるため……というのも理由の一つだが、国の財産となり得る『ペンタ』同士が潰し合ってしまうことを避けるためという理由が大きい。
少なくとも公式上では過去、国属かそれに準じた『ペンタ』同士が交戦した記録はない。
オプトが、過去に例のないその禁を犯してしまった可能性。
しかも、テロが発生したこのタイミングで。これらが無関係とは……偶然とは思えない。
「……陛下。もう一つ、ご報告が」
そしてベルグレッテは、慎重に言葉を紡ぐ。
その刺客が、複数の属性を扱ったことを。存在しないはずの、複数属性使い。本来であれば、一笑に付されかねないような話。
襲撃者がオプトであるかもしれないと予想しながら、断言することができないのはこれが理由だ。
「…………ふむ。火に風に雷に、水――お前さんの水蛇までもをそのまま返すか」
感心したように呟くも、アルディア王にあまり驚いた様子はない。
「オプトの力……吸収について、俺も詳しくは知らねぇが――もしかしたら、『見せかける』ことは可能かもしれんな」
「見せかける……? あ、」
複数属性を扱ったという事実の前に動揺が先立ってしまっていたが、ベルグレッテもようやく思い当たる。
神詠術とは、力や能力の象徴。その者の全てだ。誰にも知らせていない『奥の手』の一つや二つ、秘めていてもおかしくはない。
ベルグレッテが扱う水の大剣も、まさにそんな奥の手といえる。
ディノの身体強化も同様だ。本来であれば数十秒程度の持続時間しかない身体強化を常に発揮し続け、さらには炎を捨てて流護以上の能力を獲得したと聞いている。
ベルグレッテとしては正直、信じられないような話だった。かのディノを追い詰めることができた流護だからこそ、知り得たことだろう。
つまりオプトならば吸収という特異な属性を利用し、複数の属性が扱えるように見せかけることもできる『奥の手』があるかもしれないということだった。
「……なーんてよ、将来ウチの有望株になるかもしれねぇ娘を、あんま疑いたくはねえんだがなぁ?」
アルディア王は困ったような笑みを見せて、豪快に頭を掻きむしった。
「…………そう、ですね」
ベルグレッテは顎に指を添えて思考する。
ロック博士なら、オプトの能力について詳しいかもしれない。本来であれば、通信で連絡を取ってみるべきだろう。
しかし博士は、神詠術研究の第一人者であるにもかかわらず、自らは絶対に術を使おうとしないのだ。変人と評される所以でもある。――が。
ベルグレッテも、今ならば知っている。
ロック博士は、流護と同郷だという。神詠術を使わないのではなく、使えないのだ。連絡を取ることはできない。教員に取り次いでもらうことも可能だが……『ペンタ』の詳細な情報を扱うとなると、あまり間接的な連絡は好ましくない。
それにもしオプトが本当に『奥の手』を披露したのだとしたら、誰ひとりとして詳細を知らない可能性もある。
ロック博士はおろか、オプトと懇意だという、ナスタディオ学院長ですらも。
「それで……リーフィアはどうしてる」
「あ、はい。向こうに停めた馬車のところで待機させています。周囲に兵もいますし、武装馬車の御者が腕の立つ方でしたので、ひとまず任せているのですが」
立ち上る黒煙を見て、ベルグレッテは王都へ入るなり慌ててここに駆けつけたのだ。この騒ぎから少し離れたところでは、待機しているリーフィアやアントニスたちが、今か今かとベルグレッテを待っているかもしれない。襲撃で亡くなってしまった兵も、早めに送り届けたいところだった。
「ふむ。交換が始まるまで一時間あるが……どうすっかな。仮に馬車を襲ったのがオプトだったとして、さすがに王都の中にあるリーフィアの屋敷にまで襲撃を仕掛けてくるとは思えん……と言いたいところだが、さてなぁ」
敵の目的……その重要さの度合いにもよる、とベルグレッテは思う。
基本的に自由を認められている『ペンタ』だが、それでも同じ『ペンタ』に襲いかかるなど、禁を犯した場合の処罰は非常に重い。オプトも当然それは理解しているはずだ。
城の地下牢には、罪を犯して半ば封印状態になっているような超越者もいる。ああはなりたくないだろう。
『ペンタ』は基本的に自信家で、好戦的な者も多い。
例えば学院二位のドニオラなどは典型的なタイプだ。自分以下の者全てをゴミと見下し、唯一自分より上に位置づけされている一位のレオスティオールに対しても敵愾心を抱いている。それこそ、法がなければすぐにでも襲いかかっているのではないかと思うほどに。
面識はないが、オプトも例に漏れず自信家だと聞いている。
しかし、ドニオラやディノですら控えている『同族戦』という禁忌を、オプトが犯すだろうか。
しかも、相手は自分より下の扱いとなる五位のリーフィアなのだ。『ペンタ』で強大な力を秘めているとはいえ、まともに戦闘などできない彼女を襲うだろうか。
大きなリスクを犯してまで、オプトがそんなことをする理由が思いつかない。どちらかといえばオプトは現状に満足しているタイプだ。確かに彼女も自信に溢れた傲慢な人柄ではあるが、問答無用で他者に襲いかかるような性格ではなかったはずだ、とベルグレッテは思い起こす。
しかし、それならば。
もし仮にオプトがその禁を破り、『奥の手』を使ってまで襲撃を敢行したのだとしたら。
そこには一体、どれほどの理由があるというのだろうか。
「……リーフィアを帰すにしても、護衛の兵が足りないし……アントニスさんに、そのまま屋敷で待機してもらおうかな……?」
街中だろうと襲いかかってくる可能性がないとは言い切れない。護衛に手は抜けない。本来であれば、今こうしてベルグレッテがリーフィアのそばを離れているのも、好ましいことではない。
どうするか。ひとまず、リーフィアをこの場に呼ぶべきか。この場には多数の民衆、大勢の騎士たちがいる。下手に移動するよりは安全かもしれない。
顎の下に手を当てて思案するベルグレッテを見て、アルディア王は満足そうに頷いた。
「ふむ。ベルはどんどん頼りになっていくな。おじさんは嬉しいぞ。がははは!」
「は、えっ……? い、いえ! そんな、もったいないお言葉です……!」
ベルグレッテは両手を振ってあわあわする。
「あれだ。ベルの信頼ぶりと胸のデカさは比例しとる気がするな。その胸がデカくなるごとに、どんどん頼りになっていく訳だ。がっはははは!」
「へ、陛下! 困ります!」
ベルグレッテは真っ赤になって胸元を腕で覆い隠した。
「くく。目の前でそんなモン揺らされたら、リューゴの奴も色々と身に入らんで大変だろうなぁ。まァ、それで働きが鈍るような男でもなかろうが」
「もうっ……、っ?」
まだ言うかこの人は、と思いかけたベルグレッテだったが、脈絡なく唐突に出た流護の名前と、不穏な単語に戸惑いを覚えた。
「働き……?」
「ん? ああ、言ってなかったな。『銀黎部隊』も兵も演習に出ちまってて人手が足りねぇからな。助太刀として、リューゴの奴を呼ばせてもらった」
「……な」
さも当たり前のように言う王に、ベルグレッテは言葉を失った。
いくら兵力が不足しているとはいえ、テロ対応の人員に回せないほどではない。そのために、五年前から壁外演習の際の編成を変えているのだ。
それに流護がどれだけ戦力になるのだとしても、分類としては平民にすぎない。
その彼を、テロのために――
「……、陛下」
そこでベルグレッテは思い至った。
アルディア王はこの機会に、流護を遊撃兵として迎え入れようとしているのだと。
現在、全員が殉職してしまっている……一部の者の間では『捨て駒』とまで揶揄されている、遊撃兵として。
「ん? どうした、ベル。リューゴが来るのに、嬉しくねぇのか?」
苦い表情のベルグレッテに、王はいつもと変わらぬ豪快な笑みを見せる。
気付いていないはずがない。剛直でありながらも人の心を読むことに長けたアルディア王が、少女騎士の胸中に気付いていないはずがない。
「……いえ。では私は、リーフィアを――、?」
呼んで参ります、と言おうとしたところで、そのリーフィアがベルグレッテたちの下へと走ってくるのが見えた。
「はあ、はぁ、はっ……」
ベルグレッテたちのところまで駆けてきたリーフィアは膝に手をつき、肩で息を吐き出す。
そんな小さき風の少女に、アルディア王は豪快で野性味に満ちた笑みを向けた。
「おう、リーフィアじゃねえか。相変わらずちんまりしてやがるな! 元気にしてるか?」
「は、はいっ。元気ですっ。ご、ごぶさた、しています」
「ど、どうしたのリーフィア」
馬車で待機中なはずの、まさにこれから呼ぼうと思っていたリーフィアがなぜここにやってきたのかと、ベルグレッテは戸惑う。
「あっ、えっと……わたしたちの乗ってきた馬車、車輪が少し壊れたみたいで……修理に時間がかかるから様子見てきなよって、御者のおじさんが……」
「そうかそうか。それじゃリーフィアも、ここで野次馬でもしていくか?」
「へ、陛下……」
相変わらず豪快というか奔放というか適当というか、そんな主君に困惑する臣下の少女騎士。しかしどちらにしろ呼びに行くつもりだったので、好都合ではある。
「リーフィア、私たちから離れないようにね」
はいっ、と素直に返事をしたリーフィアは、悲しそうな目を美術館のほうへと向けた。
「……どうして、こんなことっ……」
無垢で心優しい少女には理解できないのだろう。
テロ行為に走る人間の思考が。人が人を傷つける理由が。




