561. 神の居ぬ間に
「ウワー!」
驚いた女子たちの悲鳴が上がる中、
「マデリーナ、皆を纏めて下がれ!」
携えた雷節棍を片手で一回転させ、ダイゴスは身構えながら眼前の敵たちを視界へと収める。
「あ、う、おぉ、ほら、『眠り姫』! 下がるよ!」
「え、あの、ちょっと、これって……なにが」
「いいから、巻き込まれるって!」
さすがは詠術士の卵にして武器も扱う商家の娘、理解が早く助かる。
「だっ、だだ、誰か呼ぼう……!?」
突然降って湧いた鉄火場に焦ったエメリンは、通信術を行使しようとしたのだろう。
「下手に動くな。何もせんでええ。ワシが対処する」
ダイゴスは振り返らず彼女を押し止めた。この状況で下手に行動を起こせば、注目を集めて標的になりかねない。
「ったく……しょうがないねぇ」
気乗りしなさそうな首領格の大男を始め、控えていた兵士……否、殺し屋たちが臨戦態勢に入る。
(さて)
――相手は五人。
(早速じゃが、ちょいと拙いの)
原則、殺し屋や始末屋は目立つことを嫌う。
まして、場所はまだ明るい学院の校門前。闇に染まる裏路地ではないのだ。仮に自分であれば、今のように看破されたなら迷わず退く。それを狙っての挑発だったが――
(こやつら……)
全く躊躇がなかった。
この刺客は、何ら迷うことなく強行を選択した。
結果、多勢に無勢。
ミアたちは学院生でこそあるものの、この域の戦闘に対応できる戦士ではない。言うなれば、普通より少し神詠術の才能に恵まれただけの常人である。一刻も早くこの場から遠ざけたいところだが、下手に彼女らを逃がそうとしても、相手は五人。分散して追われるだけだ。
加えてこの状況で逃げるなら校内以外にないが、そうなれば中にいる他の生徒も巻き込まれかねない。
この敵は殺し屋。目撃者は間違いなく消す。
いかにダイゴスとて、複数人の凶行を単独で阻止することは難しい。
それに――
(……特に、この二人……)
たった今、彩花へ向けて凶弾を放った細身の男。そして、同じ顔をした首領格の大男。兄弟と思しき二人。
一瞬の交錯、そして佇まいで理解できた。
間違いなく、強い。
最低でも自分と同格か、それ以上だ。
(……参ったの)
咄嗟の事態。矢面に立ってはみたが、状況は極めて厳しい。
手の込んだ偽装を施し彩花を狙ってきた刺客。
五対一。そのうえ、背後には守るべき女子四名。時は夕刻、場所は校門前。平常日で人気がないとはいえ、いつ追加で目撃者……即ち犠牲者候補が現れないとも限らない状況。いかに詠術士の卵が集う学院といえど、熟達した殺し屋の前には無力。何の因果か、戦力として期待できそうなエドヴィン、クレアリア、レノーレも不在。言わずもがな、自由奔放な学院長も。
(……やれやれ)
それら全てを集約し、暗殺者としてのダイゴス・アケローンが導き出した結論はひとつ。
(…………すまんの、サエリ)
相打ち。
それも最善手で、だ。
保持している術を全て吐き出せば、道連れにできる――可能性がある、といったところか。
(……フ。少しばかり足りんかったかの)
勝ち、生き残るには及ばない。
暗殺者の系譜に生まれた以上、『終わり』は常に意識している。
しかしダイゴスが自分でも驚いたのは、この場で『相打ち』という自己犠牲をあっさりと決したことだ。
レインディールの内情を探るために学院へ入り込んだ身。学生たちとの縁も四年で切れる。それだけの希薄な関係性。
(その……はず、じゃったんじゃがな)
殺しの矛たる己は、あっさりと背後に控える『仲間たち』を守ると決めた。自分の身を犠牲にしてでも。
何ら違和感を抱くことなく、自然とそう決断していた。
(全く――)
ドゥエンが健在ならばどんな小言を言われるか。
しかし、不思議と悪くない。それどころか、誇らしい。
誰かを守るために立つというのも、なるほど粋なものだ――。
五人の刺客のうち一人が、素早く短刀を抜き放って投擲。すぐ隣の一人が、同じく小ぶりの氷弾を発射。
その狙いは、双方ともが――彩花。
「――――」
その軌道上に割って入る形で踏み込んだダイゴスは、雷節棍を一回転。これらをまとめて弾き散らす。
と同時、その隙を突いた一人が影のように踏み込んでくる。認識するや否や、ダイゴスは手首を翻し雷棍を横一閃。相手は大きく飛びずさってこれを回避。両手を波のように上下させ、様子を見ながら間合いを維持している。
(やりおる)
犬面の兄弟二人だけではない。配下と思しき三人も充分に油断ならない使い手だ。
(……こやつらの標的は……アヤカで間違いなさそうじゃが)
つい先日まで眠り続けていた、この世界とのかかわりも極めて浅い少女を標的とする理由は? 流護やベルグレッテが不在の間にやってきたのは偶然か? それとも狙ってのことか?
状況が落ち着けば何かが見えてくるかもしれないが、それは自分の仕事ではない。
この敵は――ここで命を賭してでも封殺する。後の考察は、帰ってきたベルグレッテに託せばいい。
そう結論したアケローンの矛は無駄な思考を排除し、よりその戦意を研ぎ澄ます。
「――出でよ、雷燐」
ここで保持していた術をひとつ解放。
自分や背後の少女たちを守る形で、ゆらゆらと浮遊する雷球の群れを展開した。
「む……触ると弾ける系のやつだな、こりゃぁ。これ以上時間掛けてらんねぇ、お前らは下がっとけ。俺らがやっから」
配下を制し、同じ顔をした二人の兄弟が一歩前へ進み出てきた。
「紹介が遅れたな。ガファイ・ガードンゼッファだ」
犬歯も剥き出しに、細身のほうが名乗りを上げる。開幕、問答無用で彩花に火球を放った男だ。
「ええんか。名を口にして」
ダイゴスの笑みを前に、男――ガファイは対抗するかのごとく深い笑いを刻む。
「いつものことだ。これは宣誓よぉ。名前を知った奴を殺さなきゃ今後に差し支えるかもしんねぇ。つまり、標的を絶対に殺すと自分に課す。俺なりの気合の入れ方っつぅか、仕事の流儀みてぇなもんだ。気になさんな」
そんなガファイの言葉を聞いて、後方の大柄な男のほうが撫でつけた金髪を掻いた。
「ダイゴス君からも言ってやってくれんかねぇ。我が愚弟はいつもこうなのよ。あり得んでしょ? 殺し屋がわざわざ馬鹿正直に名乗っちゃってさぁ……」
「フ、褒められたものではないの」
「だよねぇ。まっ、いいっちゃいいんだけどねぇ。そんなんでもこれまで、どうにかやってきてっから。あ、俺は兄のロワド。弟が言っちまったし、一応教えとくねぇ」
「ご丁寧に痛み入る」
この二人――ガードンゼッファ兄弟は暗に告げている。
自分たちの常勝無敗を。
その名乗りを聞いたダイゴスが……背後の少女たちが、次の犠牲者となることを。
「しかし残念じゃが――」
犠牲者はもう出ない。
これで……最悪でも、ダイゴス・アケローンで最後だ。
(世界は……広いのう)
界隈で、この兄弟の名を聞いたことはない。そもそも本名という確証もないが、きっと世にはこんな並ならぬ使い手がまだまだ存在するのだろう。
いつかは一人の戦士として、そんな者たちと鎬を削るべくより高みを目指してみたかったが――
(……フ。気付けば、惜しむ程度には充実した生だったか)
「いくぜぇ」
思考を現実へと引き戻すガファイの宣言。
そして、ダイゴスは目を剥いた。
(…………な)
触れれば爆ぜる、滞空した雷球の群生。
あの有海流護ですら迂闊には踏み込めなかったその合間を、ガファイは霧のごとき体捌きで難なく潜り抜ける。
細躯を半身に翻し、あるいは上体を屈めて滑り込んで、そして猿めいた跳躍で飛び越えて――
瞬く間に、ダイゴスの目前へ。
「しっ――!」
されど惑わず。
雷棍一閃。
ダイゴスが瞬時に横薙ぎした紫電を、ガファイは大股のままガクンと腰を落とすことで完全回避。曲芸師じみた身のこなし。
(こやつ)
目の前にして気付く。細身だとは思っていたが、身体の厚みまでも極めて薄いのだ。散りばめた雷燐の隙間すら通過できるほど、人間の限界を超えたほどに。
独自の戦闘術を確立するため、肉体から根本的に作り変えて仕上げる者はこの界隈に珍しくない。
そしてガファイの挙動は、その極限まで削った痩身に見合って軽妙だった。
自分を取り囲む雷球の群れに、次々と一瞬だけ指先を接触させていく。腕を突き出し、即座に引っ込める。流護が使う牽制打、『ジャブ』とよく似た挙動。樹表を素早くついばむ鳥にも似た、刹那の触れ。
それにより、反応した雷鱗たちは連鎖するように次々と爆発、消失。
「ほれ、一丁上がりぃ」
傷ひとつ負わないまま、ガファイがこの場を『切り開く』。役目を終えたとばかりに飛びずさる。
そして、
「ご苦労お~ぅ」
とても雷鱗の隙間など通れはしなかった巨躯の兄、ロワドが突っ込んでくる。遮るもののなくなった空間を、猛然と。豪快に。堂々と。しかし、決して鈍重ではありえない。
(速い――!)
まるで野を駆ける巨猪。
巧みで軽やかな弟とは対照的、外見通りの剛直さで右腕を振りかぶる。その手に猛々しいまでの炎の渦が収束する。
確かに速い。が、
(問題ない。躱せる)
大がかりな一撃。瞬間を見極めて、紙一重で外せる。そして反撃――
(――――――)
瞬間。
ダイゴスはそれら戦術を全て放棄し、その場で両足を張って身構えた。
「ふぅん!」
横薙ぎ、ロワドによる豪快な右の炎拳。
「……ぐ! っ!」
轟音。炎と雷の激突。
真価は拳そのものによる打撃ではない。まとわりついていた炎の塊が、食らいつく牙のように暴れ爆ぜる。
雷の奔流を顕現し防いだダイゴスの巨躯が、容易に傾ぐ。
「ぬぅっ……、が!」
どころか、盛大に薙ぎ飛んだ。
「ダ、ダイゴス!」
後方からのミアの悲鳴に応える余裕もなく、巨漢はどうにか雷節棍を地面に突き刺して横倒しになることを防ぐ。片膝をつきながら、対峙するガードンゼッファ兄弟を仰ぎ見る。
……そうだ。ミアの声は『後ろから』。守るべき少女らは、自分の『背後』に控えている。
避けてしまえば、彼女たちが攻撃術に巻き込まれる。
間違いない。
ロワドも、その立ち位置を考慮したうえで今の大振りな攻撃を放ったのだ。眼前に存在するもの、全てを吹き飛ばす腹づもりで。ダイゴスが『避けられない』と分かって。
(……、…………効いた、のう……)
焦げ臭い黒煙がかすかに舞う。防御の上からでも浸透する威力。すぐには立ち上がれない。躱すべき一撃だった。躱せる一撃だった。
しかし。
「……ダイゴス君。無理があるねぇ」
見下ろすロワドの視線は、多分な憐憫を含んでいて。
「君は暗殺者だろぉ? 誰かを守って闘うなんて対極な真似、似合わないし出来るハズもない――」
……指摘されるまでもない。分かっていたことだ。
己が戦闘術は、ありとあらゆる手段を用いて殺すだけの闇の所業。敢然と敵に立ち向かい、力なき者たちを救う光の戦士とは違う。
それでも、今この瞬間だけは。
(……通、さぬ……)
是が非でも、何としてもこの敵はここで止める。
少女たちには……仲間には、指一本触れさせない。
(……随分と……『かぶれた』もんじゃな、ワシも)
幼き頃に憧れた、おとぎ話の英雄のように。
そして常に誰かを『護』ってきた、あの少年のように。
そんな意志と雷節棍を支えにしたダイゴスが、全身から白煙をくゆらせながらもどうにか立ち上がった直後だった。
「……おっとぉ」
ロワドがその方角へ視線を送る。
「チッ」
ガファイが舌を打つ。
釣られる形で……他の暗殺者たちも、そしてダイゴスも、背後の少女たちも、今ここにいる全員が気付いた。
――街道を、一台の馬車がやってくる。
何らおかしくないことだった。そして、懸念していたことだった。
場は校門前。時は夕刻。今日も明日も平常日のため学院から出ようとする者はまずいないが、まだ明るい時間帯。往来があっても、全く不思議はないのだ。
「……だ、誰か来たよっ……!」
かすかに聞こえたエメリンの呟きには助けを期待する響きが込められていたが、
(……拙い……のう……)
ダイゴスは、いよいよ焦りを滲ませた。
王都方面からやってくる馬車。
誰が乗っていようと、人質――もしくは犠牲者が増えるだけだ。それほど、この殺し屋たちは危険な存在だった。学院生はもちろん、教員であっても手に負える相手ではない。
もちろんナスタディオ学院長ならば話は別だが、今は王都でレノーレの件に付き添っていると聞く。残念ながら、やってくるとは考えられない。
そして、任務に発ったばかりの流護やベルグレッテが帰ってきたセンもないだろう。
つまり考えられる可能性は――ただの通りすがりか、街に出ていた学院勤めの作業者か、もしくは今日の講義に参加せず外出していた生徒か。
生徒の場合、しかしおそらくエドヴィンではない。彼はベルグレッテの監視がなくなるこの機に、ディアレーで数日羽を伸ばすと言っていた。
(…………、)
いっそ通り過ぎてくれ、とダイゴスは弱気にも淡い願いすら抱く。そうすれば、巻き込まずに済むからだ。ただ通過するだけの無関係な馬車ならば、目立つことをよしとしない殺し屋たちは見逃すだろう。
(……じゃが……)
学院に用がない者は、まずこの街道を通らない……。
敵も味方も、全員がそちらへ気を配る中――、ダイゴスの思いも空しく馬車が減速を始めた。
(…………駄目か……)
こうなっては、殺し屋たちもやってきた人物を逃がさない。人質となる人間が多ければ多いほど、連中にしてみれば有利となる。
……果たして、乗っているのは誰なのか。一人とは限らない。
マデリーナたちのように大人しくしてくれればいいが、恐怖や混乱で騒ぐようなことがあれば真っ先に狙われてしまう。
守るべき対象が最低でも一人増えて、五人以上となる。その状況で、五人の敵を相手取る。
……全く犠牲を出さずに、そんな苦境を打破できるのか?
もはや、考えるまでもなかった。
(……とはいえ、何もせん訳にもいかんがの……)
殺し屋たちの乗ってきた馬車が校門付近に停まっているため、やってきた車両はかなり手前で停止した。
御者が振り返り、乗車室に向けて何か語りかけている。料金の精算でもしているのだろう。
(…………)
決して口には出さなかったが、ダイゴスは幾度となく考えたことがあった。
時に神は、なぜこのような救いようもない悪夢を作り出すのだ、と。最初は忘れもしない、祖父が亡くなったときに。
それとも、この時分が……血のように赤い空がそうさせるのだろうか。
夕刻は、昼神と夜神が入れ替わる時間帯。『空白の瞬間』とも称され、縁起の悪いことが起きるとの言い伝えも存在する。
山の向こう側に沈もうとしているインベレヌスとうっすら姿を見せるイシュ・マーニは、こちらに背を向けているのかもしれない。交代の引き継ぎに夢中で、我が子らの危難に気付いていないのかもしれない……。
――ひとつの人影が降り、馬車が再び動き出す。街道の土や砂を噛んだ大きな車輪が、土煙を巻き起こす。
御者はすれ違いざまこちらを一瞥したが、いかにも無関心な目線をすぐに前方へと向けて、ディアレー方面に車両を走らせていった。兵士と学院生たちが何事か集まっている、程度にしか思わなかったらしい。
それはいい。
今この場にいる者たちの意識は、もはやそんなところにはなかった。
「……………………え……?」
少女らの誰かが発した声。
薄らいでいく砂塵の中、馬車で到着したその人物がゆったりした足取りでやってくる。
例えば、だ。
エメリンあたりが、走り去ろうとする御者に助けを求めてもおかしくない場面だった。事実、ダイゴスはそちらに気を払っていた。
だが、エメリンも……誰も、実際にそうすることはなかった。
――その理由は至極単純。
それどころではなかったからだ。
馬車でやってきたその人影が……現れたその者が、想像だにしない人物だったから。
その当人が、実につまらなげに言い捨てる。
「いつ来ても変わらねェな、この学院はよ」
「…………あ、……ぁ……」
怯えたようなその声は、ミアの口から発せられたもので。
「ミ、アちゃん? どうしたの、ミアちゃんっ……」
彩花が寄り添うが、小さな少女は腰を抜かしてその場にぺたんと座り込んでしまう。
そして、そんなミアだけではない。
「…………っ、う、そ、でしょ……」
普段は勝ち気なマデリーナも、
「ひ、っ…………!」
常々のんびりとしているエメリンも。
ただただ、愕然とその人物に――こちらにやってくる青年に、男に釘付けとなる。
「みんな、どうしたの……っ?」
困惑しているのは、『彼』を知らない彩花だけだ。
「…………フ、何という……」
そしてダイゴスまでもが、この展開にただかぶりを振った。
近づくにつれ、男の明確な特徴が露わとなる。
それは決して、夕刻の朱色がそうさせているのではない。燃え盛る炎のようにハネた短髪の赤は、彼が生まれ持った独自の色彩。右耳には小さな黒のピアスが煌めく。何より特徴的なのは、鮮烈なまでに輝く紅玉の瞳。
体はスラリと細身で、顔は端正すぎるほどに整っており、滅多に見かけぬ絶世の美男子と呼べるだろう。しかしその表情には、あまりにも冷淡な雰囲気が付随している。
加えて、歩き方も堂々かつ不遜。まさに我が物顔で、衣蓑に両手を突っ込んだまま、まっすぐにこちらへとやってくる――。
そして、そんな青年は立ち止まった。
自らの進行方向に佇む人物……ガファイ・ガードンゼッファの目の前で。
そのまま『彼』は、当たり前のように言い放つ。
「オラ。道のド真ん中で突っ立ってんじゃねェよ」
真正面からその言葉を浴びせられたガファイはというと、当惑したような笑みで肩を竦めた。
「おいおい、何だぁこのチンピラ君はぁ……。普通、『兵士』に向かってそんなこと言うかぁ? 捕まえちまうぞぉ?」
ガファイら殺し屋は、律儀かつ大胆にもレインディール兵の装備に身を包んでやってきている。すぐそこに停まっている馬車すら、まるで違和感なく装飾を施し偽装している。ダイゴスのような同業者特有の観察眼や感覚がなければ、誰も疑いすらしないだろう。
しかし。
「ふーん……兵士、ねェ。何を思ってそんなウソついてんのか知らねェが」
「……どうして……嘘、って思うんだ?」
ガファイの……殺し屋たちの目の色が明確に変わる。
その問いに対し、青年はさも常識のように言ってのけた。
「レインディールの兵士で、オレを知らねェヤツなんざいるワケねェだろ」
そんな理由だけで、『彼』は看破するのだ。
当たり前のように。
どこまでも不遜に、そして理不尽なほど傲慢に。
「このディノ・ゲイルローエンを知らねェ時点で、オメーはニセモンだよ」




