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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
13. 凍氷のロタシオン
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516. 霞む終幕

 ――応酬はすでに崩壊し、一方的な制圧へと形を変えていた。


 流れるように間断なく打撃を放つメルコーシア。防御と回避に徹することしかできず追い込まれていく流護。


「ウ、ソだろ…………。あのアリウミが……殴り合いで、一方的に……」

「……っ、リューゴ……っ」


 かすかにどこかから聞こえてくる誰かの声も、有海流護にはもう夢なのか現実なのか判別できなくなっていた。


(…………俺、何、……?)


 穴が開いたチーズみたいに、記憶が飛び飛びになってきている。今、自分が何をしているのかも――


(……! しっかりしろ……! どう、にか……貌滅ボウメツに、繋げ……)


 いや、無理だ。

 こんなボロボロの状態。速度も威力も乗らない。破れかぶれで放ったところで、これほどの男なら確実に対応してくるはず。


(どう、する……)


 しっかりしろ。


 気合で右の拳を打ち出すも、逆に被せてきた右ストレートを叩き込まれる。

 もう速度も力も乗らない。相打ちに持ち込むことすらできない。


(…………、)


 ああ、こんなところで手こずっている場合ではない。こうしている間にも、オームゾルフは遠くへ逃げてしまうはずだ。

 何よりこの戦闘、相手はメルコーシアだけではない。すぐそこで不気味な笑みを浮かべて佇んでいるキンゾルも、いつ仕掛けてくるか分からない。

 人数だけでいえばこちらがまさっている。

 が、もはや皆それぞれ限界だ。闘える余力を残しているのは自分だけだ。自分がしっかりしなければ。


「……、」


 気が遠くなるような感覚に襲われる。


(倒せる、のか? こいつら二人を…………)


 じわり、と。侵食する闇のような弱気が浸透してくる。


 皮算用だったろうか。

 二人、どころではない。

 ごん、と衝撃。眼前に星が散る。もはや、掲げた腕がガードの役目を果たしていない。メルコーシアの右ストレートが悠々と両腕の隙間を貫通、直撃してくる。


(く、そ)


 何発目とも分からない拳打に押され、意志とは無関係に後退する。


(……、…………)


 やばい。こいつ。

 バカ強え。


 でも、どうにか。どうにかしねえと。


(邪魔、すんじゃ……ねえよ……)


 後顧の憂いはなくなった。

 あとは全力で暴れて、レノーレを連れ帰るだけ。

 もう負けない。



 ――少年が思い描いた、そんな都合のいいストーリーを遠のかせる。

 眼前に立ちはだかる、自分以上の『武人』が。



 どん、と背中に何かがぶつかった。

 もはや振り返る余力もなく、震える手のひらを回して確認する。そこにあったのは、冷たくざらついた石の感触。

 ただひたすらに一方的な攻勢を受け、壁際へと追い込まれてしまったようだった。

 眼前に佇むメルコーシアは、変わらず冷たい眼差しのまま無機質に口を動かす。息すら切らした様子もなく。


「……所詮は小僧、か。せっかくの優れた膂力も、宝の持ち腐れに過ぎんようだ。万全の状態で私の前に立てなかったこともまた、自身の落ち度と知れ」


 この一戦を悠々と眺めていたキンゾルも。


「……まあ、こんなもんじゃろ。数年もすればちょいとした変わり種にはなりそうじゃが、世の噂とは尾鰭がつくもんよ。こ奴を売り出したい人間の思惑も絡むでな、実際会うてみたら期待外れ……。ようある話よ。お主や愚弟のような本物はそうおらぬて。終わりじゃの」


 満身創痍となった少年の頭にカッと血が上る。


「…………ん、だと……、の、野郎……っ」


 瞬間、場違いな電子音が鳴り響いた。ピリリリリ、と。


(……?)


 何の音? あれ? 俺の携帯?

 朦朧とする中、動きを見せたのは――異質な老人だった。


「――ほい、こちらキンゾルですぞ」


 彼が胸元から取り出したのは、小型のトランシーバーに似た機械らしきもの。その物体へ耳を当てて応答する様は――、


(……? 何だ、あれ……? ケータイ……?)


 目がかすんでいるせいで、幻でも見ているのかと疑う。

 だがそれは、故郷で見慣れたような光景。携帯電話を扱う現代人と何ら変わりのないその様子。


「…………何と?」


 一拍の間を置き、キンゾルの表情から笑みが剥がれた。


「承知した。すぐに向かうとしましょうぞ」


 ここまでの余裕が嘘のような、真剣みを帯びた表情だった。『通話』を終えたか、その機械を白衣の内側にしまい込んだ老人が己の護衛へと呼びかける。


「メルコーシア、緊急の用件じゃ。行くぞい」


 返事すら待たず、帽子の鍔を押さえた老人はこちらへと背を向ける。


「……承知。では」


 キンゾルにわずか向けた視線を、眼前の流護へと戻して。


「終わりだ、小僧」


 システマ使いによる、トドメの一撃。無情に振り出された右の鉄槌。鼻先へと迫る拳骨。

 ぱん、と甲高い音が鳴り響く。


「!」


 飛んできた拳を右手のひらで左側へと打ち払った流護の、パーリングに成功した音だった。


「……貴様」

「な、めんな……よ……ロシア野郎……こっから、だっつの……」


 次なる一撃の態勢へ入ったメルコーシアに対し、すでに遠ざかりつつあるキンゾルの喝が飛ぶ。


「捨て置けい。遊んではみたが、そ奴はワシにとって何ら脅威にはなり得ん。これ以上構う価値もないわ――」


 冷めた怪老の瞳は、興味が失せたと無遠慮に語っていた。 






「!」

「おっと。どうした、メルコーシアよ」


 ずらりと下へ続く階段。

 段差をわずか踏み外して体勢を傾がせたメルコーシアに、先を行くキンゾルが怪訝そうな顔で振り返った。


「……いえ」


 一瞬、膝が挙動を間違えた。想定通りに動かなかったのだ。

 太股にじわりと残る、かすかな痛みによって。


(……成程)


 レインディールの遊撃兵だという少年。

 その打撃の威力、ことごとくをシステマの呼吸法にて相殺したつもりでいたが――


(……いや。相殺してなお、この威力か)


 攻撃を受けた肩や太股、頬、そこかしこに今も残る感触。


(……)


 客観してみれば、中でも右肩。もはや死に体となっていたはずの少年が密着状態から繰り出した、伸び上がるような上段の蹴り。


 あえて打撃のみに付き合った立ち合いではあったが――


「ひっひっ。珍しいのう、お主が。思ったよりも効いたか?」

「……は。思っていたよりは、ではありますが」

「奇異な小僧じゃな。獣がごときあの膂力……噂には聞いとったが、何が作用しておるのか。オルケスターの怪力自慢とはまた毛色が違うと見えよるが。何にせよ、結局は『五割』の力で圧倒せしめたお主の完勝じゃろうて。何度やろうとも、結果は覆らんよ」

「……」


 相手は最初から消耗し切っていた。

 メルコーシア自身が言い捨てたように、そのような状態で敵と交戦する苦境に陥ったこと自体がその者の未熟。言い訳にはならない。


 だが――

 これも性質か。

 ふと、魔が差したように思わずにはいられないのだ。

 それでも、と。


 奴が十全だったなら?

 さらに鍛錬を重ねたなら?


(……――)


「興味がない……訳ではないがの、ほれ。とにかく今は急ぐぞメルコーシアよ。早う戻らねばの。話には聞いておったが……ほんに、『あれ』が消えよるとは。むしろ、その能力が本物であった証明にはなるんじゃが……もし仮に戻らんのであれば、ワシがオルケスターと接触した意味もなくなるでな。これからの立ち回りを考えねばならん」

「は」


 ともあれ、今は足を急がせる。

 宮殿の外――ではなく、これまで自分たちが潜んでいた地下へ向かって。


(……だが、懐かしいな。彼らとの日々を思い起こさせる……)


 わずかな痛みに鈍る脚を、意識してみれば違和感の残る肩を、煩わしく思うことはなかった。

 メルコーシアにとってその感覚はむしろ、失われて久しい心のざわめきを――期待という名のそれを揺り起こすものに違いなかった。






「リューゴ、しっかり……!」


 気付けば、廊下の青絨毯の上で座り込んでいた。ベルグレッテに支えられて、回復術の施しを受けていた。


「――」


 今さらながらに流護はハッとする。

 キンゾルとメルコーシアの後ろ姿が遠ざかっていき、その後――


(……覚えてねえ)


 記憶が飛んでいた。それほど強烈な打撃を浴びた証拠でもあった。あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。


「……ベル子、」


 傍らの少女騎士を見やる。

 懸命な治療に専念する彼女自身、疲労が色濃くなってきているのは明らかだった。キンゾルによって致命傷を受けたサベルの処置に駆けつけたと思いきや、今度は流護。それも、オームゾルフの吹雪を突破した際に続いて二度目――


「って! みんな無事か!? サベルは……?」


 反射的に首を巡らせれば、見るからにしんどそうなジュリーとその膝枕で横たわっている紫炎の青年の姿があった。


「私は平気……。サベルも大丈夫、眠ってるわ。ベルグレッテちゃんのおかげで、どうにか一命を取り留めることができたわね……。ほんと、ありがとう」

「いえ……」


 もはや、全員がボロボロだ。

 連戦を戦い抜いたジュリーも。

 秘術たるスキャッターボムを連発したエドヴィンも、反対側の壁に背をもたれてへたり込んでいる。「オウ」と片手を上げてくる様にも力がない。


「……ああ、とりあえずみんな平気そうか……、って! こうしてる場合じゃねえじゃん」


 慌てて立ち上がろうとする流護だったが、激痛を発した膝がそれを阻んだ。


「ぐっ」


 メルコーシアの蹴りを受けた部分だった。


「ちょっと、だめよリューゴ……! 動かないで、安静にして」

「いや、そんな場合じゃねえだろ。オームゾルフ祀神長追わんと……!」


 一同の顔を見渡すも、誰も立ち上がろうとしない。ベルグレッテさえも。皆一様に、憔悴し切った表情を浮かべて。

 ゆるゆると首を振るのは、泣き出しそうな顔のベルグレッテで。


「……もう、いいの」

「は? いいって何が?」


 耳を疑った流護は即座に聞き返す。まさかオームゾルフを追うことを諦めたとでもいうのか。それは即ち、自分たちの敗北を意味するはずだ。


「終わったの、リューゴ」

「……、……いや、何がだよ」


 その様子からさすがに察する。

 自分の意識が失われている間に、何かがあったのだと。


「…………もう戦いは終わったのよ、リューゴ」


 今一度繰り返したベルグレッテは、その顛末を語り始めた。

 ひどく、悲しげな顔で。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 現状だと異世界では師が居らず空手の技術を伸ばせないのが辛い。 これからどうやって強くなるのか? [一言] リューゴの強さに憧れや絶対の信頼を持ってそうなエドヴィンのメンタルがヤバい。
[一言] どーなた
[気になる点] 怨魔堕ちしたのかな?そういえばベル子達にレドラックのことって話してましたっけ?
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