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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
210/676

210. フューリアス

 ――痛ってえ。何だ、こいつは。


 身構えながら、流護は掲げた右拳へと目を向ける。エンロカクを殴り倒したその拳。指に、甲に、ざらついたコンクリートで擦ったような傷が刻まれていた。

 確かに右を叩き込んだその瞬間、鈍い痛みを感じはした。しかしそもそも受け止められたため、相手の鼻骨や歯で傷つけたということはありえない。


(あの一瞬で……何か、しやがったのか……?)


 このエンロカクが扱う術の特性なのか。桜枝里の部屋で初めてまみえたときは、このような傷を受けることはなかった。

 その正体は知れないが、やはり楽に倒せる相手ではないということだろう。


 初めてだ。

 ただまっすぐ突進し、殴りつける。単純極まりない手段でありながら、このグリムクロウズの人間の大半は対応できない、有海流護ならではの必勝パターン。

 それをこの男は、当たり前のように止めた。止められたことを無視して強引に殴り倒したが、平然と立ち上がった。


(上等だ……)


 何だろうと変わらない。

 桜枝里の障害になるこのクソは――ここで潰す。あの城で殴り飛ばされた借りは、ここで返す。


 アーシレグナの葉によって、冷静さを欠いているのかもしれない。しかし、この昂ぶりは間違いではない。この男を倒すことも、出場した目的の一つだったのだから。

 ――そして、何より。


(……似てるんだよ)


 幻影が、消えないのだ。


 こうして対峙したことで、はっきりと自覚する。

 分厚い巨躯や自分の打撃にも平然と耐えているその姿が、『あの男』を彷彿とさせるのだ。

 苦い敗北。挫折と、無気力な日々。

 違う。


 ――コイツは、アイツじゃない。ブッ倒して、幻影を振り払う。


 この。

 本気で殴っても壊れないだろう相手を。

 笑みを自覚し、駆けた。

 

「ふっ!」


 左右に振っていた身体を丸め、一挙動で間合いを侵食する。

 ギョロリとエンロカクの目が蠢く。黄ばんだ白目の中に浮く黒い瞳孔が、接近する流護の姿を着実に捉える。


(……見えてやがる)


 仕掛けず、少年は横へ飛ぶ。追随して、エンロカクの眼球もその動きを追う。

 先ほどの一撃を防いだこともそう。桜枝里の部屋で初めて激突したときもそう。この巨人には、流護の動きが見えている。まるで、あのディノのように。となれば――


(やっぱり、身体強化……か?)


 以前の城の交錯では、使用していないのではとベルグレッテは推測していた。しかしこの男は、悠々と捉えている。グリムクロウズの人間にはまず反応できないはずの、有海流護の動きを。


 原則として、種別が異なる神詠術オラクルの同時行使は不可能だとされている。

 攻撃術を放ちつつ傷を癒したり、身体強化を施しながら神詠術オラクルの武器で斬りかかったりといった真似はできないのだ(例外として、第三者に強化を施してもらう分には問題ないようだが)。

 もっとも熟達した術者はそのあたりの『切り替え』が抜群に上手く、あたかも同時に行使しているかのような立ち回りを可能とするらしい。

 ……ちなみに後者に関してはディノが平然とやってのけているようにしか思えないのだが、そこは『ペンタ』ということなのだろう。ベルグレッテなどは、その話を聞いてもなかなか信じようとしなかったほどだ。

 ともあれ、流護の動きに平然と追随するエンロカク。その反応速度が身体強化による賜物ならば――補助系の術を行使している今、他の術は使えないということになる。

 この男はディノと違い、『ペンタ』ではない。

 その、はずなのだが――


(……、)


 すり剥けた右拳がわずかな痛みを訴える。

 流護の拳に反応し受け止めるという膂力。掴んだ拳に傷を負わせるという不可思議な能力。切り替えが上手いのか、それとも原則を外れる怪物なのか。


(……確認してみるか……!)


 空手家はさらに速度を上げ、動きにフェイントを織り交ぜ始めた。


「む」


 低く唸ったエンロカクの眼が、流護の姿を追う。

 左ボディを打つと見せかけ、右のショートフックへと移行。それぞれ拳打の軌道を阻みかざされる、エンロカクの巨大な手。迅い。守りも上手い。

 流護は防御の上から叩きつけることはせず、寸止めを繰り返し、さらに回転を上げていく。


「チッ」


 繰り返されるフェイントが煩わしくなったか、巨人はバックステップで大きく飛びずさり――


「シッ!」


 読んでいた流護は、まるで紐付けでもされているかのように同じ速度で踏み込んだ。そのまま左右へと身体を振った後、一瞬でエンロカクの右脇下へと屈み込む。


「お……」


 呆けた声と、泳ぐ視線。

 黒き巨人は完全に、流護の姿を見失っていた。


 迸る一閃。

 斜め下から突き上げた右拳が、エンロカクの頬へと着弾した。


「がばっ……!」


 認識外からの攻撃というものは効果が大きい。ぐらついた巨人は中腰となり、頭を下向ける。その顔の位置が――流護と同じ高さまで落ちた。

 そこへすかさず叩き込まれる、右の足甲。半円描く廻し蹴りが、容赦なくエンロカクの鼻っ柱を――顔面を打ち抜いていく。

 しかし頑強。倒れない。

 されど少年は、それも織り込んでいた。

 さらにもう一回転加え、右の上段・二撃目を見舞う。より勢いの増した足の甲で、巨人の頬を強かに打ち据える。


「ぶ……!」


 派手に傾いた男は、ついに大の字となって倒れ込んだ。

 そんな巨人を見下ろし、少年は淡々と言い放つ。


「……ツーダウン……試合なら、もう止められててもおかしくねーぞ」


 冷たい瞳で言い放つ。


「エンロカクさんよ。アンタ……弱えな」






 小さき者が、大きな敵を打ち倒す。

 古くより定番として使い古された感のある話だが、使い古されているということは、それだけ惹かれる者が多いということに他ならない。

 倒れた巨大な男と、見下ろす年端もいかぬ少年。

 数多のおとぎ話を現実のものとしたかのような光景に、観客たちは沸き立っている。


『すごいすごい! あ、あのエンロカク選手を一方的に! やや、やっぱりリューゴ選手も強いですねっ! 今まではリューゴ選手の一撃で勝敗が決してしまうことも少なくなかったですが、なんとも華麗で美しい、舞うような動きの連続! 目を奪われるばかりです!』

『…………』


 鼻息荒いシーノメアとは真逆に、ドゥエンは訝しげな眼差しで鏡を見つめていた。


『もう、何ですかドゥエンさん、また気になることがあるんですかドゥエンさん、何なんですかドゥエンさんっ!』


 じれったいのか礼を欠いた物言いとなっている音声担当だが、ドゥエンも気にかけず答える。


『エンロカク……氏が、やけに容易く攻め手を受け……倒れるなと思いまして』

『確かにの。暴力的な点ばかりが注目されがちな輩ではあるが、そもそも奴は体術面において優れた戦士であったはず』


 ツェイリンもやや不思議そうに首を傾げた。


『うーん……それだけ、リューゴ選手が強いということでは?』

『そも、エンロカクの坊主め……動きが鈍っとらんか?』

『………』


 黒水鏡越し、やや距離もあるためはっきりと断定はできないが――


(……既に……かなりの傷を負っている……? あのエンロカクが……?)


 ドゥエンが眉をひそめる間にも、鏡の向こうでは場面が進展していく。


『立つの待った方がいいか? それともこのまま続けるか? どっちでも結果は変わんねーけど』


 挑発する黒髪の少年と、


『なら、どっちでもいいぜ』


 乗らず、余裕を見せるかつての一翼。


『……ったく、調整も楽じゃねえなァ……』


 ぼやいて片膝をつくエンロカクの顔面へ、瞬く間に距離を詰めた少年の右足が叩き込まれる。上向く巨体、舞い散る血飛沫。

 爆発する観客の声援よりも、ドゥエンの耳に響いたのは――その言葉。


(……調整……? ――まさか)


 符合する。

 一方的に攻撃を受け続けるエンロカク。あの男が秘める、『ある特異な体質』。それらから導き出される――狙い。


『……フ』

『す、凄まじい蹴りー! 痛そう! まるで鞠でも蹴っ飛ばすかのようなっ……、どうかしましたか、ドゥエンさん?』

『……いえ』


 ――そうまでして、お前は。


 ドゥエンは首を巡らせ、王族観戦席へと目を向ける。

 都会の生半可な建造物よりも高くそびえ立つ、頂きに特等席を設けた石造りの長方形。上位貴族や巫女、国長たちが座しているその場所。


(……さて。お上はどう判断されるかな)


 ――エンロカクの狙いが成就するか否か。まんまと『乗せられて』しまうか否か。それは、彼ら次第で決まる。






「流護くん……っ」


 桜枝里は祈るような気持ちで鏡を見つめていた。

 あのエンロカクを相手に、圧倒的な力を見せつける現代日本の空手少年。押しているのは間違いなく流護のはずだ。

 なのに。


(なのに……っ)


 消えない。

 胸中で渦巻く不安が。それどころか、少しずつ大きさを増してゆく。


(……、)


 なぜか、桜枝里の脳内で甦る光景があった。

 幼い頃、父のパソコンのアーカイブで見た動画。それは、古いプロレスの試合だった。何発も技を当て続ける若手の選手。殴られ、蹴られ、投げ飛ばされ続ける悪役ヒールレスラー。

 しかしその後、攻め立てていたはずの若手選手は、怒涛の反撃によって逆転されてしまうのだ。

 最初は攻撃を受け、劣勢を演出する。そこからあっさりと逆転し、実力を誇示する――というパフォーマンス。

 見た目にも恐ろしい悪役が勝ってしまい、幼心に傷を残しかけたあの試合。


「エンロカクめ……動きが悪いな」

「うむ。エルゴが奮戦し、傷を負わせていたのかもしれんぞ」

「あの少年、何者かは知らんが……これは、奇跡が起こるやもしれんな……!」


 控えている兵士たちだ。後ろから聞こえてくる、わずかな希望に満ちた声。それが不吉にも、あの試合を見ていた自分と重なる……。


(……お願い……!)


 気のせいであってほしい。このまま終ってほしい。


 少女は無意識に両手を合わせ、目を閉じ、ひたすらに願う。

 その姿はまるで、神に祈る本物の巫女のようだった。






「……、」


 倒れた巨人を遠巻きに眺めながら、流護は右手をにぎにぎと開閉する。引っ張られるような、突っ張るような痛み。裏返してみれば、


(……マジで何だってんだ、こりゃ)


 やはり手の甲がズタズタに傷つき、血を流していた。

 幾千幾万と叩き込んで鍛え上げたその拳骨。タコが隆起し、全体的に分厚く丸みを帯びているその右手。硬い凶器へと変貌しているはずの拳は、裂傷だらけとなっていた。

 ちら、と足元へ視線を落とす。

 拳だけではない。

 数度に渡り、エンロカクを蹴り飛ばした右足。その靴の前面部バンプが、ボロボロになっていた。皮は裂け、靴紐は千切れてしまっている。

 流護が履いているブーツは、出立前に『竜爪の櫓』で誂えた新品。その脚力と運動量から靴を履き潰してしまいがちなこともあり、特に頑丈な品を店主ウバルに見繕ってもらっている。


(ったく……買ったばっかだってのに)


 つま先を踏み鳴らしていたところで、エンロカクがムクリと起き上がった。


「ところでよ、小坊主」


 鼻と口から血を流しつつ――しかし、平然と。


「ただの拳足で逆風の天衣を突破するってぇのは大したもんだが……そろそろ、術を使っちゃどうだい」

「逆風の……何だって?」

「逆風の天衣。俺が纏ってる防御術よ。お前の拳や履物なんざ、術の上から叩き付けるもんだからボロボロになってんじゃねえか」

「……」


 やはりそういうことか、と少年は納得する。

 先ほどの攻防。

 フェイントを重ね、エンロカクの意識外から当てた一撃。身体強化へと注力している最中に切り替える間もなく直撃したはずの拳は、しかし傷つき痛みを発している。

 となれば、エンロカクは身体強化を駆使していながら、同時に防御術を展開していることになる。

 不可能なはずの、その同時行使。

 流護があれこれ思考を巡らせる間に、巨人は億劫げな様子で立ち上がった。


「ン~……それともよ。ちっとばかり追い込まれてみねえと、使う気になれねえか?」


 言い終わるが早いか。


「!」


 その巨体からは想像もできない身軽さで、エンロカクが流護へ迫る。


(この速さ……!)


 驚くほど静かな足捌きで、瞬く間に零距離へ。


「フッ!」


 身長差ゆえ、叩き下ろす形で降ってくる巨大な拳。左腕をかざし、流護はこれを手甲でがっちりと受け止める。


 刹那、爆発した。


「……、!」


 それは風。拳を受けた瞬間発生した突風によって、防いだ左腕はおろか、流護の身体までもが弾かれ、大きなよろけを誘発する。


「ほう、倒れもしねえか」


 そこへ間髪入れず放たれる、エンロカクの左中段蹴り。ちょっとした木の幹じみた太さのそれは、身長差によってミドルの軌道でありながらも流護の頭へと飛来する。


(――間に合う、潜れる)


 そう判断し、バランスを持ち直しがら身を屈め――


「!?」


 ――ようとした瞬間、蹴りが流護の側頭部へ直撃した。


「……が、は!?」


 視界が二重にぶれる。

 左側へ傾いだ身体を叩き戻そうとするかのように、次いで右の蹴りが飛んでくる。


(……、)


 遅い。潜れる。

 そう判じた目と経験則に従う――ことはせず、今度は左腕を掲げてがっちりと防ぎきった。蹴りの勢いに逆らわず右へ跳び、距離を取る。


「ほう」


 感心したように巨人は目を細めた。


「ほう、じゃねーよ……何だその上から目線は」


 悪態をつきながら、ステップを二、三と踏んでダメージを確かめる。まさしく鈍器で殴打されたような痛打。頭がグラグラする。が、幸いにして足には響いていない。問題はない。

 これまでの身のこなしから、この男が武術家でないことは明白。随分と格闘戦に慣れてはいるが、培われた術理のようなものを感じない。その恵まれた体躯で暴れるだけの、『素人』だ。

 そんな超弩級の『素人』は、太い唇を満足げに歪めて笑う。


「普通の奴なら、今の破裂させた爆風やら蹴りやらであっさりブチ撒けて死ぬんだがな。随分と丈夫じゃねえか。いいことだ」

「はっ。効くかよ、あんなモンが」


 この世界で規格外の力や速度を誇る流護の肉体。当然、その耐久力も桁を外れている。これまで攻撃術の直撃をもらうという場面はほとんどなかったが、生半可な術であればあっさりと耐えきるほどの肉体強度を有している。


(そんなことより、野郎……)


 気になったのは、今しがたの蹴りだ。『素人』のはずの蹴りが――見えていたはずの脚が直撃した。まるで、吸い寄せられるように。


(……いや)


 喰らう直前の感触を思い起こす。

 ように、ではない。

 事実、吸い寄せられたのだ。

 エンロカクの扱う属性は風。大気の流れを操る力。相手を弾き飛ばし、あるいは逆に引き寄せる。かつてアルディア王と闘った風の拳士ディーマルドが、同じような真似を可能としていた。


「ン~……」


 相手の能力について忙しなく推察する流護とは裏腹に、黒き巨人は退屈そうな顔でポリポリと頬を掻く。


「まさか……とは思うんだがよォ」


 その瞳は、生き生きしていた先ほどまでとは一転、やや冷めた色へと変わっている。


「お前……まともな術が使えねえのか? 『使わねえ』んじゃなくて、『使えねえ』のか?」

「……だったら……何だってんだ?」


 その返答を受けて。巨大な男は大げさに肩を竦め、溜息を吐き出した。


「いやてっきり……術を使わねえのは温存してるからであって、拳足だけで俺の風を突破するような奴だしよ、その気にさせたらこりゃァ楽しめそうだと期待してたんだが――」


 ただ低く。どこまでも冷めた声で。



「――何だガキ。ここが『底』だったのかよ」



 それはまさに暴風。

 たった一歩で間を詰めたエンロカクが、走り込んだ延長の動きで膝を突き上げた。


「ッ!」


 咄嗟に防いだ流護の身体が、そのまま浮き上がる。そこへ鎚のような左裏拳。これも篭手で防ぐが、空中では踏ん張りがきかない。真横へ大きく吹き飛ばされる――


「!?」


 と思った瞬間、身体がエンロカクのほうへ引き寄せられた。はっきりと感じる、吸引の暴風。そこへ突き出される巨人の右拳。

 流護は前面に両腕を掲げて咄嗟の防御を試みるが、エンロカクの拳はそのガードを弾き飛ばし、鼻っ柱へと炸裂した。


「ご……!」


 視界が揺れ、鮮血が舞った。

 吸い寄せる風。引っ張られてきた相手を迎撃する拳。その流れが、カウンターと同じ倍加作用を生んでいる。

 連撃を仕掛け、相手が吹き飛んでしまったら吸い寄せる。その打撃と神詠術オラクルの融合が、重撃のラッシュを実現していた。

 拳を振るい、風を爆発させ、膝を叩き込み、吹き飛んだなら引き寄せる。

 手順の決まった作業のように繰り返しながら、巨人は心底失望した声音でぼやく。


「ったくよ。これだったら、さっきの光坊主の方がまだマシじゃねえか」


 身長差ゆえ、振り下ろされる軌道で降ってくる拳や肘。重力方向への勢いが乗り、速度も威力も大きく膨れ上がる。


「期待させやがって、その実は術も使えねえ劣等の屑ときた。死ね。ぶち撒けて詫びろ、ガキが」


 淡々と。直撃も防御もお構いなし、ただただ巨人は暴力の嵐を叩きつける。


(……こ、いつ、は……)


 乱撃に揺れる視界の最中、エンロカクはおもむろに流護の頭を鷲掴む。


「分かるか、小坊主。お、いい女――と思って抱いてみたら、糞みてえにユルユルだった。そんな心境なワケよ、今の俺は」


 叩きつける。

 二度、三度。

 流護の頭を掴み、手近な樹に何度も叩きつける。連続した硬い衝撃を浴びながら、撒き散らされる己が血流を感じながら、少年は思考する。


(……こい……つ……、マジで……)


 果実を叩き割ろうとするかのごとく。


「ガッカリにも程があらァ。とっとと割れちまいな」


 幾度も幾度も。狂ったように打ちつける音が、静かな森に木霊し続けていた。






「も、もう……やめて、もういいから、もう」


 歯をがちがちと鳴らしながら、桜枝里は懇願するようにかぶりを振る。


 ――やっぱり、こうなってしまった。

 それはもはや処刑の映像。エンロカクが流護の頭を掴み、何度も木の幹に叩きつけているという凄惨な光景。巨人のラッシュに対し途中までは防御する素振りもみせていた流護だったが、もはや無抵抗でされるがままとなっている。

 分かっていたのに。エンロカクと闘えば、こうってしまうことなど。


(わた……私の、せいだ)


 止めるべきだった。

 流護が天轟闘宴に出ると言ったあのとき、止めるべきだったのだ。

 でも、嬉しくて。


『あのエンロカクとかって黒ノッポは、俺がぶちのめしとくからな。安心していいぞ』


 あの言葉が、本当に嬉しくて。


(ごめんなさい、ごめん……)


 もしかして彼なら、という思いもあって。そうして一縷の望みにすがりついてしまった結果が、これだ。


(……、)


 鏡な向こうからは、一方的な暴力の音が響き続けている。

 こうして流護は無惨に殺され、ダイゴスもまた同じ道をたどるのだろう。

 こんなことになるなら。二人を無為に死なせてしまうくらいなら――『覚悟』を決めたあのとき、すぐに実行するべきだった。


 仮にエンロカクが優勝してしまったなら、自ら命を絶とう――などという甘っちょろい決意ではなく。

 あの怪物に捧げられるという事実を告げられたその時点で、自害するべきだった。


(……、っでも、私、しに……死にたくないよぉ……!)


 流護があんな目に遭っている場面を見てもなお。否、だからこそ、なのかもしれない。

 いずれ間違いなく死に至るその過程をまざまざと見せつけられ、もしもの場合は自害を――などと決めたはずの桜枝里の覚悟は、もはや霧散してしまっていた。今はもう、ただただ恐ろしい。


(誰か……誰か、私を、流護くんを、大吾さんを、)


 助けて――


 そんな巫女の願いに答える者はなく。

 凄惨で一方的な暴の宴は、ひたすらに続く。

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