207. 浄化する炎
互角、だった。
少なくとも、当初は。
狂ったように振るわれる、絶大な炎刃の乱舞。
そのレーザーブレードという光の剣は、ディノの双牙を受けても霧散することはなかった。得物と得物が噛み合い、火の粉と白光を散らして拮抗する。
そのセプティウス・ワンと呼ばれる装甲は、ディノの炎を浴びても融解することはなかった。紅蓮の嵐を前に、その黒銀は頼もしい輝きを保ち続けている。
しかし。
「……ぐ、がは……ッ!」
武器を扱う人間、鎧を纏う中身となれば話は別だった。
捌ききれぬ剣戟の速度に押し込まれ、受けきれぬ炎柱の威力に老体が軋みを上げる。
熟達した詠術士であるバダルエの魂心力から出力、発揮されるセプティウス・ワンの性能――その能力をもってしても、均衡は長く続かなかった。
「ハァッ!」
哄笑と共に繰り出されるディノの一撃。横薙ぎの炎柱をまともに受け、バダルエはまるで蹴り飛ばされた小石のように転がっていく。段差から落下し、岩に乗り上げ、二転三転と吹き飛んでいく。二十マイレ以上もの距離を転がり、大の字となった黒銀の人型は青空を仰ぎ見た。
「はっ……、ぜっ……」
老兵は震える手を首筋へと宛がう。リングはまだ外れていない。
「フ、フフ……」
まだやれる、ということか。首輪め、無茶を言ってくれる。
実際、身体の節々が痛み、息切れも起こしてはいるものの、確かにケガと呼べるようなものは未だ負っていない。あれだけの炎による連撃を、何度も受けていながら。
まさしく、神の領域へ届く兵装。生身だったなら、すでに十度は死んでいる。
(……これ、が……『ペンタ』……)
神に選定されし者の、力。
どうかしている。まともに相対することすら許されない。
「よう。そろそろ休憩か?」
ボールを遠くへ投げすぎてしまい、仕方なく取りにきた子供のような。そんな気だるげな足取りで、超越者がやってくる。
その紅の瞳は、やや冷めた色を宿していた。楽しみに買った玩具がいささか期待外れで、退屈している――といった子供の目と同じ。
「……フフ……、貴方にしてみれば……私は、物足りませんか……」
辛うじて身を起こし、言葉を捻り出す。
「オメー自身の動きは悪くねェ。あの砲やら光の剣やら……オモチャの威力も申し分ねェ。そのダセー鎧のカタさも大したモンだ」
青年は小指を耳に突っ込みながら、あくびを噛み殺して答えた。
「オレの炎は最強だが……ソレでも何発か耐えた怨魔はいたし、避けたり防いだりした人間もいた」
小指の先をフッと吹いて、続ける。
「その鎧の性能とはいえ、喰らっても死なねェ人間――ってのはオメーが初めてだったんだが……ま、ソレだけじゃダメだな。最初は良かったけど、噛み切れねェ粗悪な肉を喰ってるみてーでな……ちっとばかし味気ねェわ」
跪くバダルエの前までやってきて、ディノは足を止めた。
一見して、無警戒。だが実際のところ、微塵も油断などしていないだろう。なまじハンドショットで傷を負わせてしまったがゆえ、完全に一挙一動を注視されている。バダルエがどんな行動に移ろうとも、すぐさま対応してみせるに違いない。文字通り、違うのだ。格が。存在の、桁が。その赤い瞳によって、己の全てを掌握されているような心地にすら陥ってくる。
「……流石ですな。神の子は違う……。違い、過ぎる」
膝に力を込め、立ち上がった。
向かい合う。
互い、一息にて仕掛けられる間合い。
「続けんの?」
「無論ですとも」
緑深き森の中を、白い集団が駆けていた。
その容貌は誂えたように同一。大柄で分厚い体格に、刈り上げた坊主頭。その身を包む、純白の民族衣装。
天轟闘宴の裏方を務める白服たちである。
基本的には森の中へ散開し、個々で業務をこなす彼ら白服だが、今は十五名にも及ぶ集団となって獣道を疾走していた。
(……全く……、このような事態になろうとはな)
先頭を走る男は額に汗を滲ませ、内心で嘆息した。
天轟闘宴を開始する直前に、参加者たちの所持品検査を実施している。
アーシレグナの葉や食料、水などを余剰に持ち込もうとしていないかの確認が主となるが、武器や防具についても一応の確認が入る。
例えば武器に毒を塗るなど、人道的に考えて非道な真似をしていれば、ここで引っ掛かり没収となる。長い歴史を誇る天轟闘宴ではあるが、幸いこれまでそのような点で躓く者はいなかった。
(当然だ。言われなくとも分かることだろう)
血で血を洗う武祭ではあるが、そこは国を挙げての一大催事。民衆たちも見守る『祭り』なのだ。ただ殺せばいい戦場ではない。
――だというのに。
(バダルエ・ベカー……)
これまでも幾度となく天轟闘宴に参加している、狂信者の老人。
誰もが忌避する盲信集団の一員とはいえ、詠術士としての腕前は確かかつ堅実で、優秀な術者と評して問題ない男だった……のだが。
(あのような代物を持ち込み、あまつさえ堂々と行使するとは……所詮、常軌を逸した狂信者か)
開始前にバダルエの検査を実施した者の話によれば、そのときは何の変哲もない旅装姿だったという。下に鉄機呪装を着込んでいたのだろう。あの信じられないほど薄い鎧ならば、違和感なく平服の下に纏うことは難しくない(こんもりとした手首部分はいささか奇妙だろうが)。兜のほうは袋に詰めて持ち運べる。
正直なところ、装備品の検査については、そこまで厳格に実施している訳ではない。バダルエの場合は常連ということもあり、妙な仕込みはしてこないという先入観もあったはずだ。
例えば見つからないように何かを仕込み、見つからないように活用するのも『有り』なのだ。隠し通せるか否かも、またその者の技量。
旅装の下に白い服を着込み、白服に紛して不意を打つような真似も有効だろう。無論、見つかれば失格となり得る行為ではあるが。
しかし鉄機呪装は、そういった範疇を越えているのだ。
天轟闘宴の規定に、わざわざ『大砲の持ち込みを禁ず』や『森ごと焼き払うことを禁ず』などとは記載されていない。言わずとも分かる常識。あの装いは、そういった領域にある兵器。
規定を盛り込みすぎると煩わしさから参加者も減ってしまうため、あまりうるさく言いたくないところだったが、次回からはそのあたりの禁則事項についても細かに記し、改訂していく必要があるだろう。
(……鉄機呪装の着用を禁ず、か。馬鹿らしい。言わねば分からん童子か)
人を瞬く間に殺めてしまう砲具や光の剣、術者の能力に比例して性能を高める鎧そのものなど、強力な装備が揃っている鉄機呪装だが――
(……最も厄介なのは……)
その、どれでもない。
あの兵装には、それらを上回る凶悪な武器が仕込まれている――。
ポトリ、と。
バダルエの右手から、それが転がり落ちた。
手に握っていたものが、つい零れてしまったかのような自然さで。
「……」
追って、ディノの瞳が下向く。
草の大地に転がったそれは、長さ三センタル四方ほどの黒い四角。目の刻まれていない、漆黒のサイコロとでもいうべきか――
認識した瞬間。
ボンと音を立てて、その物体から黄色い煙が噴出した。煙はみるみる二人を包み込み、薄汚れた黄土色の靄が広がっていく。
(……目眩ましの煙幕か? ビックリ箱みてーで面白ぇ装備だったが、ココいらが底かねェ――)
その思考へと割り込むように。
「トキシック・グレネードといってね」
老人の声が響く。してやったり、とでもいわんばかりの感情を滲ませて。
「吸い込んだ人間を麻痺させる――いわば、毒の煙だよ」
「――――、!」
がく、とディノの膝が意志に反して傾いた。咄嗟に身体強化を集中し、持ち直す。
「あらゆる攻撃をも凌ぐ防御術を展開していようとも……そこは我々と同じ、呼吸をしている人間。吸い込む空気に混ぜてしまえば、有効だろう?」
「……、ハッ……!」
踏ん張って立つディノに対し、バダルエは平然と腕部の格納庫を開く。
「無論、セプティウスの装着者である私が昏倒することはない。ボンベ、と呼ばれる非常時に呼吸をするための機構が内蔵されていてね。しばしの間であれば、水中での活動すら可能とするのだよ」
『なな、毒の煙!? そんなのアリなんですか!?』
『さすがに無しじゃろうよ。だからこそ、ドゥエン坊も憂えておる』
思わず立ち上がったシーノメアとは対照的に、ツェイリンが静かな口調で返す。
その間にも、黒水鏡の向こうでは――
『終わりましょうぞ』
バダルエが、目前のディノに向けて小砲――ハンドショットと呼ばれるあの武器を突きつけていた。
『え!? さっき、なくしたって言ってましたよね!?』
『ブラフか、もう一つ所持しておったか。ともかくああ言っておけば、警戒が薄れるからのう』
『そ、そんな!』
脇の女性二人のやり取りを尻目に、ドゥエンは鏡を見つめていた。
(……ここまでか)
先ほど、わずかながらディノの膝が傾いだ場面があった。当然だが、煙を吸い込んでしまっている。数秒後には倒れるだろう。
術の行使はもちろん、手足の自由すらきかなくなる広域制圧装備。初見では、半数以上の兵士が無力化された代物だった。
『凶禍の者』とはいえ人の子。あの麻痺毒を吸ってしまっては――
そして。
ぱん、と鳴り響く。
死を告げる、無慈悲な砲声。観客たちから上がる悲鳴。
「――――――――――」
その瞬間の光景は。
ドゥエン・アケローンの心に、忘れ去って久しい昂ぶりの火を点すこととなった。
乾いた砲声。
射出される、視認不可能な速度で繰り出される弾丸。
これを――ディノ・ゲイルローエンは、首を傾ける動作のみで完全回避した。
「――――――な」
いつ以来か。ドゥエンの薄い唇から、驚愕の呻きが漏れるのは。
そして、爆発する。
『オオオォッ――ルアァッ!』
気合一閃、爆風と共に生じる炎。黄ばんだ靄が、浄化されるかのように霧散した。
世界は、一瞬にして黄土色から真紅へとその色彩を変える。
それを為した男の右腕には、絶大な尺を誇る炎柱。
踏み込んだ左足が、土煙を吹き上げる。
掬い上げる軌道で尾を引く、紅蓮の灼熱。黒銀を打ち据える、業火一閃。
バダルエ・ベカーの肉体は高々と打ち上げられ、遥か遠方へと宙を舞った。
『う、ううぅうそでしょ!? 人が!? とっ……飛んだあぁ――――――!』
シーノメアが絶叫する間にも、黒銀の人型は高々と放物線を描いていく。たっぷり数秒の時間をかけて、鏡の視界から遠ざかっていく。
その姿はやがて木々に埋もれ、見えなくなった。
それはもはや、大地へと激突した衝撃によるものだろう。
バシュンと鏡から音が鳴り渡り、バダルエ・ベカーの名前が点滅、消失した。
「……冗談だろう」
ようやく現場に到着した白服の男は、頬を引きつらせて笑みを浮かべていた。
「あの鉄機呪装を……、たった一人で、退けたというのか」
あっさりと吹き散らされた毒の霧。さらには至近からの小砲を躱し、あの忌まわしき黒銀の鎧姿をまるで喜劇のように叩き飛ばしてしまった。
しばし呆然となる裏方だったが、急いで部下に指示を飛ばす。
遠方に飛んでいったバダルエを回収しなければならない。あの先は傾斜となっている。かなりの距離を転がっていったことだろう。五名の白服が、息つく暇もなく急行した。
「……ゾロゾロと何だァ? 新手かと思っちまうじゃねェか」
慌ただしく動く男たちを眺めながら、赤髪の青年は酷薄な笑みと共に言い放つ。
脇腹と胸の部分に滲む赤い染み。額にも傷。間違いない。撃たれている。それどころか――
「あの煙を吸ったのだろう? 猛牛を五秒で昏倒させる代物だぞ。なぜ動ける」
「そーいや毒の霧とか言ってやがったな。さすがに驚いたぜ」
その程度の感想で済ませたディノは、その場にどっかと腰を下ろす。
「うっお……何か気持ち悪くなってきたぞ……ペッ、ペッ」
「……当然だ」
ディノの言によれば、今は力の大半を身体強化へ注いでいるのだという。
身体強化とは、腕力や脚力のみを高める技巧ではない。達人の使うそれは、視力や聴力、果てはそこへ至る各神経群をも強化することが可能だ。
つまりこの青年は、本来であれば毒によって麻痺してしまう伝達部位そのものを強化している。
人体構造と巫術に深い理解がなければできない芸当に違いなかった。
「大した男だ。ところで――」
バダルエが規定違反者であった旨を説明すると、ディノはわずかではあるが驚き顔となった。
「ま、確かに……その辺の詠術士じゃ歯が立たねェか、あの装備は。オレとしてはソコソコ楽しめたし、何でもいいけどな」
「豪気だな。さて、そういった事情もある。特例として、傷の手当てをさせていただこう」
本来であれば失格となっていた相手。そうと知らず闘い負ってしまった、いわば不要な傷だ。競技続行中の参加者に治療を施すという、極めて珍しい事例だったが――
「別にいらねェよ。大した傷でもねェ。むしろ、気が引き締まるってモンだ」
青年は、ただそう笑う。
強がりではない。傷を負うような闘いができたという事実。そこに満足している、とでも言いたげな笑み。
「……フ、肩入れをするつもりはないが……そなたならば、あの闇を打ち払えるやもしれんな……」
「あー? 闇?」
中立の判定員という立場でありながらも、つい零してしまう。
「……此度の武祭には、我が国の闇とでも呼ぶべき輩が参戦している。正直なところ、奴が優勝を飾ることは好ましくない。是非ともそなたには、優勝を目指し奮闘してもらいたいものだな」
冷めた顔で聞いていた紅蓮の男は、ふーんと気のない相槌を返す。
「何だか知らんけど……言われんでも、優勝すんのはこのオレだ。となりゃソイツも、その過程で勝手に消えんじゃねェの。アンタらはすぐ金渡せるよう準備しといてくれりゃ、ソレでいい」
さも当然のように言い放ち、口の端を吊り上げた。
「期待させてもらおう」
傲慢な小僧だ。だが事実、豪語するだけの力がある。
白服はふんと笑う。
この猛き炎は、あのおぞましき闇を打ち消す灯火となり得るかもしれない――と。
目覚めた老人は、軋む身体をおして起き上がった。
痛む首を押さえて見渡せば、森の中ではあるが、先ほどまでいた場所とは異なる風景が広がっている。
一体どれほどの距離を転がったのか。鞠でもあるまいに、実に馬鹿げている。
恐る恐る首へ手を当ててみれば――リングは、なくなっていた。
「……負けて……しまったか」
心底疲れきった声が、バダルエの唇から零れ落ちた。
此度の天轟闘宴。元々、詠術士のバダルエ・ベカーとして競う気などなかった。
これと見定めた強者に対し、新たな己の力を試すつもりで参戦した。
そうして見つけたのは、まさかの『ペンタ』と呼ばれし神の申し子。教団の聖女と同じ存在。神々しいまでの、常人とは一線を画す存在感。この上ない相手。
肉を前にした獣のごとく、すぐさま旅装を脱ぎ捨て、全力で挑んだが――敗北。
身体こそ痛むものの、致命的な傷はない。
このセプティウス・ワンは全ての攻撃を受けきった。にもかかわらず、吸収しきれず伝わった衝撃のみで、バダルエは意識を手放してしまったのだ。
神の子には及ばず。だが、手応えはあった。どの能力も、全く通用しなかった訳ではない。錬度を高めていけば、いずれは――
「貴方に届くやもしれませんぞ、創造神……ジェド・メティーウよ」
当然というべきなのか、その呟きに答える者はおらず。言葉は虚空に溶け、ただ消えゆく。
ふ……と笑ったバダルエは、大きく息を吸い込み――
「――何とか言えッ、お高く止まッてンじゃァねェぞ、畜生めエェェッッ!」
静かな森に、老人の怒号が轟く。
しかしやはり、答えは返らない。バダルエの耳に届くのは、風のさざめきが枝葉を揺らす音のみ。
生を受け、祈りを捧げ続けた七十余年。
元より両親が敬虔な信徒であったため、幼少の頃から神へと仕えることに対し疑問など抱かなかった。日々を生きることができるのは、主の思し召しだと疑いすらしなかった。
しかし。神の加護など、ありはしなかったのだと。
そう気付いたのは、わずか二年前。
『それじゃあ、夕方には戻るから。あなたが輪聖主教様になったお祝いに、夜はご馳走にしましょうね――』
隣街へ買い出しに行ってくると、そう言って家を出た妻。見送った自分。今も、雑踏に消えていった彼女の後ろ姿を鮮明に覚えている。
妻の乗る馬車が山賊に襲われたのは、それからわずか一時間後のことだった。比較的大型の乗り合い馬車だったが、乗客は全員殺害された。
――ああ、そんなはずはない。
妻共々、我らは敬虔な僕だった。
不慮の死を遂げるような者は、信仰が足りていないだけ。現に我らは、これまで幸せな日々を過ごしてきた。深い信仰の対価として、平穏を賜っていた。その、はずだった。
捕まった山賊の頭は、石打ちの刑の神詠術版とでもいうべき『ラディム』の刑に処されたが、あろうことか耐えきり、生き延びた。罰は下されたということで、その者は釈放されてしまっている。
そこで、ようやく――本当にようやく、理解したのだ。
神は見守ってなどいない。自らが生み出した人間という存在を、管理していない。
生きるべき者が無残に潰え、死すべき者がのうのうと生きながらえる世界。
何と馬鹿げたことか。
これまでの、七十余年にも及ぶその人生。幸せに生きていたという事実、その全てが。ただ偶然の上に、成り立っていただけ。
「……フフ」
先ほどまで対峙していた青年の言葉が、脳裏に甦る。
『ふーん。その歳んなって、よーやっとそんな当たり前のコトに気付いたのか? 随分と遠回りしたな、オジーチャン』
「……まったく、その通りだよ」
神の子でありながら、まるで神を信奉していない物言い。あの強さだ。彼が信じているのは、己の力のみなのかもしれない。なんと羨ましい話だろうか。
自嘲しながら首を振り、被っていたヘルムを脱ぎ捨てた。
季節は夏。今の時期には氷の神詠術を仕込むことによって快適さが保たれている装備だったが、なぜだろう。生身に受ける生温い風のほうが、遥かに心地よかった。
「……諦めんよ」
今回……負けはしたが、神の領域へ至ることを断念した訳ではない。
それどころか、確かな手応えを感じることができたといえる。もう一歩だ。
相手の性能を正しく認識し、戦術を違えていなかったなら、勝てていた可能性は低くないはず。
妻を亡くし、絶望していた日々。とある筋から紹介され入手した、この力。セプティウスと呼ばれるこの兵装を造り上げたのは、とてつもない規模を誇る裏社会の組織なのだという。
「……彼は……耐えていたなあ」
ふと、思い起こす。
人であれば確実に殺してしまう、ハンドショットと呼ばれる対人武器。まるで神に選ばれし存在であることの証明のように、『ペンタ』はその弾丸に耐えてみせた。それどころか三発もの弾を受け、平然と反撃に転じた。
「………………」
左腕の格納部から、予備のハンドショットを取り出す。
――いけるのではないか。
握把を掴み込んで、射出口をこめかみへと宛がう。
それはまるで、儀式のような。
仮に撃ち、耐えることができたなら。それは、この身があの領域へ至っていることの証左となる。そんな、選定の儀式。
「どう……思われますか? 主よ」
その問いに、答える者はなく。
ざあ、と一陣の風が吹き抜ける。
草木のさざめきに交じって。
ぱん、と乾いた音が木霊した。




