169. 禍き者
「ふんふふーん。ふふふーん」
部屋掃除に勤しむ桜枝里の鼻歌が、耳に心地よく響く。
「ご機嫌じゃの」
「そ、そうかな」
その様子を眺めるダイゴスが声をかければ、巫女は座布団を用意しながら、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
流護たちがやってくるのが、楽しみでたまらないのだろう。それも無理はないか、と巨漢は彼女の後ろ姿を見ながら思う。
特別な存在として祭り上げられ、ろくに友人も作れない身である少女。この地へやってくるまでは、本当にただの学生だったという。流護たちと過ごす時間は、素の自分をさらけ出せる貴重な一時に違いない。
「ぃよーっし、こんなとこかな」
額の汗を拭い、腰に手を当てて部屋を見渡す巫女。
「大吾さん大吾さん、アイス食べに行こうー!」
「またか」
桜枝里に腕を引かれる形で、部屋を後にした。
もうすぐ食堂に到着する、そのときだった。
「これはこれは……サエリ様」
横の道からギシギシと床板を踏み鳴らして、一人の男が現われた。
「……!」
桜枝里が大きく目を見開く。
背は低く小太り。頭の禿げ上がった初老の男。目はだらしなく垂れ、前歯も分厚い唇に収まりきらず飛び出している。世辞にも容貌を褒められるような男ではないが、その身を包む青いローブは最上級の代物。その身分の高さを示している。
レフェという国を統括する為政者の最高集団、『千年議会』。その一人、カーンダーラ・ザッガ。
偏屈かつ傲慢な老人で、周囲からも疎まれやすい性質の男だが、『千年議会』内でも最古参の古株。その発言力は強い。保守的な政策を支持する傾向があり、十年前にとある事件で下した決断には、賛否が大きく別れることとなった。
そういった内情はともかくとして、桜枝里が苦手とする性質の人物であることに違いはないだろう――と思うダイゴスだったが、
「……?」
自分の隣に立つ巫女を見下ろし、巨漢はわずかに眉をひそめる。
予想に違わず、桜枝里はこの老貴族を快く思っていないのだろう。それは間違いないのだが、
「…………、」
カーンダーラからわずかに顔を背けている桜枝里の表情は、露骨なまでに苦々しく歪められていた。明らかに尋常ではない様子で。
「食堂へ行かれるのですかな」
そんな巫女に気付いているのかいないのか、カーンダーラは目を細めた笑顔で言う。
「……はい。……失礼、します」
呟くような小声で答え、巫女は足早に歩き始める。老貴族は、そんな彼女の後ろ姿を眺めニタニタとした薄ら笑いを浮かべていた。
「…………」
無言でその様子を観察するダイゴスに、
「……何じゃ、ダイゴス。また巫女の御守りか。ふん、楽な仕事じゃのう」
嫌味めいた口調で言い残し、老人もまた去っていった。
「思ったんだけど!」
桜枝里はなぜか得意げな顔でベルグレッテとダイゴスへ向き直り、
「土属性、ってないの?」
そんなことをのたまった。
「お……言われてみれば、見たことも聞いたこともねえなぁ」
しかし、流護もまた納得する。
これまでに見聞きしたことのある属性といえば――炎、水、雷、氷、風。希少だというナスタディオ学院長の光属性や、オプトの吸収、キンゾルの融合というような一風変わったもの。
土や大地といった系統の属性には、未だお目にかかったことがない。ゲームなどであれば、比較的ポピュラーな部類ではないだろうか。
しかし桜枝里のそんな疑問提起に、
「土……属性?」
「なぜ土なんじゃ」
グリムクロウズ住みの二人は首を傾げていた。
「あれ、意外な反応……。じゃあやっぱり、土属性ってないのかな」
「うーん……聞いたことはないわね」
ベルグレッテとダイゴスによれば、そのような属性は全く耳にしたことがないという。むしろ、なぜ『土』が出てくるのか分からないとのことだった。
「だってほら! 大吾さんなんて、土属性って感じしない? 大地の戦士だってば絶対!」
「ああああぁー! なんかすげー分かる、大地の戦士! そう、投げ技とか使いそうなんだよ、そうなんだよ! 成人の儀とかでライオンに挑みそうだし」
日本出身の二人がダイゴスをまじまじと見ながら頷いていると、
「……何を……言っとるんじゃ……?」
珍しく巨漢がたじろいでいた。……引いているだけのような気もするが。
しばし皆の意見をすり合わせてみた結果、
「うーん……もしかして、触れるものの属性っていうのはないのかな? 土ってさ、物質っていうか物体っていうか……明確な『物』って感じがするじゃない?」
桜枝里がそんな仮説を立てた。
「それは水とか氷も同じなんじゃね? 触れるぞ」
「でも水とか氷は、気体にもなるでしょ?」
「うーん、そういうもんか……? まあ土属性がないっぽいのも確かみたいだし、これもロック博士に報告してみるか。何かの役に立つかもしれんし」
忘れないよう、鞄から取り出した羊皮紙にメモしていく。これも、日本人である桜枝里との会話だからこそ発見できたことかもしれない。
流護がメモを取る様子を眺めながら、桜枝里が羨ましそうに呟く。
「ロック博士、かぁ。岩波博士……だっけ? 近くに同じ日本人がいるなんて心強いよね。いいなぁ、会ってみたい」
「やめとけやめとけ。変態だぞあの人。十三歳の女子生徒に娘の面影を重ねて、鬱屈とした思いを抱く日々を過ごしてだな……」
そんな会話をしていたところで、忙しなく部屋の扉が叩かれた。
「何じゃ」
ダイゴスが応対すると、現れたのは赤鎧の兵士。
未だ歳若い兵は、何やら深刻な面持ちで巨漢に耳打ちをする。そこで――明らかに、ダイゴスの顔つきが険しくなった。
「……?」
おや、と流護は気を引かれる。
いつも泰然と構え、不敵な笑みを見せているダイゴス。そんな男が見せた、驚愕とも焦躁とも思える表情。
その当人は流護たちへ顔を向け、
「急用ができた。ワシは少し外すぞ」
一方的にそう告げると、兵士と共に部屋を飛び出していった。
「何かあったのか……?」
「珍しいわね。ダイゴスのあんな顔……」
「んん……でも、大丈夫だよ。ここはお城だし。何があろうと、大吾さんや『十三武家』がいるんだしねっ」
それからしばし、三人で雑談に興じた。
流護がレインディールの話をすれば、西洋ファンタジーうらやましい! と桜枝里が目を輝かせる。桜枝里が『神域の巫女』の修業について説明すれば、話だけでお腹一杯だと流護が顔をしかめた。
そういえばこの世界には、オークとかエルフっていないのかな? 怨魔もモンスターみたいだけど、名前はみんな独特だよね――と、桜枝里がまた疑問を呈する。流護は納得し、ベルグレッテは不思議がった。
日本人の二人で、異世界の少女騎士にあれこれ説明する。一般的な創作ファンタジーのこと。ゲームのこと。やはり生まれ持った常識や感覚の違いからか、ベルグレッテに理解してもらうのは難しそうだった。
――そうして、どれほどの時間が過ぎただろうか。
「ぃやー、話した話した! この世界に来てから、初めてかも。こんなに喋ったの!」
桜枝里が満足そうに天井を仰ぐ。
「二人とも、ありがとね。お仕事で来たのに、私に付き合ってもらっちゃって……」
「いや、気にすんなって」
「はは。いつか私も、レインディールに行ってみたいなぁ……」
別れを予感してか。桜枝里は、ひどく寂しそうにそう呟いた。
「………、」
そんな彼女に、つい押し黙ってしまう。
自分はまだいい、と流護は断言できる。
この世界へやってきて、仲間たちにも生きていく環境にも恵まれた。何だかんだ、今は賑やかな毎日を過ごしている。
しかし、桜枝里は違う。
『神域の巫女』として祭り上げられ、神格化され、隔離されて過ごす日々。友達を作ることも難しい。いざとなれば、巫女を辞めて逃げ出すことも不可能ではない。事実、過去にそうして辞めていった者もいる。
だが、雪崎桜枝里の場合は極めて難しいのだ。
街の広場に突然現れたという逸話や、魂心力を持たず神詠術を扱わないという、今までの巫女にない特異性。今回の巫女は特別だという、周囲の認識と期待。国は、簡単に手放したりはしないはずだ。
もし仮に、巫女を辞めることができたとしても。
神詠術を使えない桜枝里には、この世界で生きていく術がない。
いかにレフェが神詠術を枷と考える国であっても、生活するにあたって必要な力であることに変わりはない。
神の恵みである術も使えない、身体強化しなければ流護のような能力もない。頼れる人間だっていない。
ただの少女でしかない、右も左も分からない日本人である桜枝里がこの城を出たとして、外でどのような生活を強いられることになるか。
桜枝里は、レフェの民の中から選出されたのではない。迷い込んだ異邦人なのだ。巫女を辞めたところで、帰る場所がない。
雪崎桜枝里には――ここで暮らし続ける以外、選択肢が存在しない。
「あれだよ。その……また、来るしさ」
「……うんっ。お待ちしてまーす」
簡単には実現しないだろうその約束にも、桜枝里は笑顔で頷く。きっと、表面的な挨拶だと分かっていて。
そんな上っ面の言葉しか言えない自分を、流護は歯痒く感じた。
――その瞬間だった。
重厚な部屋の扉が、荒々しく開け放たれる。
流護たち三人は同時に、入り口へと顔を向けた。
「……!?」
ダイゴスが戻ってきた――のではない。
刹那、流護はその男を巨人と錯覚した。
それほどに大きい。ダイゴスよりも、遥かに。
身長は一体、どれほどに達するのか。二メートル五十センチを超えているかもしれない。明らかにアルディア王よりも高い長躯。肌は限りなく黒に近い褐色で、筋肉が隆々と盛り上がっている。そんな肉体を包むは、獣の生皮を剥いでこしらえたような、ボロ切れにしか見えない雑な仕立ての衣服。
短く丸めた黒い坊主頭に、ギョロリとした巨大な双眸。分厚い唇に通した金のピアス。贔屓目に見ても山賊か何かとしか思えない大男が、我が物顔でそこに佇んでいた。
だが、ここは城の中。ましてやこの場所は、『神域の巫女』の部屋。賊や悪漢の類が現れるはずはない。となれば、一体何者なのか。
結論の出ない流護をよそに、
「ン~……成程。これが今回の巫女か。絵で見た以上じゃねえか」
腹の底に響く低い声で、黒い巨人はベロリと舌なめずりをした。
「だ、誰だよ? このデカすぎるバスケ選手みたいな」
少し跳べばダンクシュートを放てるだろう。桜枝里のほうを見るも、彼女はこわばった顔で首を左右に振った。
「フム……、ペッ」
大男はその場で汚らしく唾を吐き捨て、不遜かつ堂々とした足取りで部屋へ入ってくる。――狙いは、考えるまでもなく桜枝里。
何が何だか分からないが、この男がろくな人間でないことだけは確かだった。
「ちょーっと待てよ、あんた。なんだってんだよ」
立ち上がった流護が割って入る。
「……?」
黒い巨人は、ここで初めて流護の存在に気付いたとばかりに首を傾げて、
――瞬間、有海流護は吹き飛んだ。
「が、ばっ……!?」
背中を叩いた衝撃に、肺の空気が押し出される。
ベルグレッテと桜枝里の叫ぶ声が聞こえた気がしたが、激痛と衝撃で認識できなかった。顔。左頬。背中にも鈍痛。
辛うじて顔を上げれば、こちらを見てすらいない男が、左腕を水平に振り抜いて立っている姿。そして自分は、壁を背に座り込んでいる。つまり――
(裏、拳……!)
男が放った左の裏拳で、流護は吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。あっさりと拳をもらい、あっさりとダウンさせられた――。
(って……俺、が……? 簡、単に……直撃を……!?)
「……ッ!」
立ち上がろうとするも、膝が笑って尻餅をついた。
「なにをするのっ!」
瞬時に水剣を喚び出したベルグレッテが、油断なく身構える。男はまたも、初めて気がついたような目を彼女へと向けた。
「ン~? 西の方の女か。見た目は極上っちゃ極上だが、デキ過ぎた人形みてえでな。イマイチ食指がソソられねえんだよな。やっぱ女ってぇのは――」
興味なさげにベルグレッテから視線を外し、その濁りに濁った両眼が巫女を捉える。
「こういうチョイ地味めの方が、好みだぜ」
ひっ、と桜枝里の息をのむ声が聞こえた。
黄ばんだ白目。闇のような瞳孔。眼力だけで人を陵辱できそうな、あらゆる悪意が込められた視線。
「そう怯えるなって。何も、取って喰おうってぇ訳じゃあねえんだ。まァ、怯えてもらった方がソソるんだがよ」
太い唇を笑みに歪ませ、桜枝里へ詰め寄ろうとする大男。
ベルグレッテが割り込むより早く、
「待てよ、このデクの坊ブラックエディションが」
背後から、立ち上がった流護が男の左肩を掴んでいた。
が、その相手は振り返りすらしない。
煩わしい虫を追い払うように。凄まじい唸りを上げて振るわれた巨人の右裏拳が、薙ぎ払う軌道で流護の顔面を狙う。
だが。先の一撃によって、少年は完全な戦闘思考へと切り替わっている。
受けるでも避けるでもない。流護は右のアッパーカットでこれを迎撃、上腕を叩いてカチ上げた。
そのまま巨人の両肩を掴み、ぶん回すような強引さで無理矢理に振り向かせる。
わずかに驚いたような表情の黒き大男。目と目を合わせて、流護は嗤った。
「よう、こんにちは。とりあえず――――死ねよ」
勢いのまま、右の上段廻し蹴りを放つ。
伸び上がる軌道を描く、基本に忠実な上段。とはいえ、そこは恐ろしいまでの身長差。その一撃は、せいぜい男の胸元までしか届かない。もっとも、それならそれで構わない。胸骨を粉砕してやる。
――しかし。
ギョロリ、と。男の黄ばんだ瞳が蠢く。
そうして、巨人は驚くほど俊敏に左腕を立てた。どっしりと根を張った、防御の構え。
この敵は――当たり前のように。
有海流護の蹴りに、『反応』した。
(――、コイツ……!)
防がれる。この大男は、それだけの技量と頑強さを備えている――
「!?」
巨人の大きな眼が、殊更大きく見開かれた。浮かぶのは驚きの色。
ぐりん、と。
流護の蹴りが、唐突にその軌道を変えていた。男の胸元へ伸びていた蹴撃は直角に下降し、その太い左腿を打ち据える。鞭を叩きつけたような乾いた音が響き渡った。
「……お!?」
強かに脚を叩かれた黒巨人は、わずか膝を落とす。
長躯が傾いだその先に、
(寝とけや、ボケッ――!)
流護の拳が待ち構えていた。
まるで間欠泉。左のアッパーカットが男の顎を捉え、ガチンと歯を噛み合わせ、そのまま上方へと跳ね上げる。完全な、この上ないクリーンヒットが男の体幹を揺らす。
大きくのけ反った巨人は、数歩たららを踏み――
「ッ、とォ……」
倒れず、当然のように持ちこたえた。
「――――、」
驚いたのは流護だ。
倒すつもりで放った一撃だった。軌道を変えた蹴りにしても同じ。脚をへし折るつもりの一撃だった。拳にも足の甲にも、確かな手応えが残っている。
だが――わずかにぐらつき、口の端から血を流してはいるものの、黒い巨人は平然と立っていた。
(こいつ……)
それだけではない。
そもそも蹴りの軌道を変えたのは、防がれると直感したからだ。この相手には、流護の蹴りが見えていた。
「……やるじゃねえか、小坊主」
唇の血を拭い、大男が初めて流護をまともに視界へと収める。
見下ろす視線は傲岸不遜。ようやく、己が知覚するに足る存在だと認めたかのごとく。
「……そう言うテメェは大したことねーな、黒ハゲ坊主。誰だか知らんけど、とりあえずここで人生引退しとけ。手伝ってやっから」
吐き捨てた流護は、いつものようにステップを――踏まず、腕を上げて構えた。
ステップを踏まないのではない。踏めないのだ。先ほどのダメージが、まだ抜けきっていなかった。思わず、強がりのトラッシュトークが漏れてしまうほどに。
(……このデカブツ……)
グリムクロウズの人間では初。
手加減なしの打撃でも、おそらく倒れない。それどころか、平然と反応している。流護の動きについてきている。
この世界での有海流護を相手に、『格闘戦』が成立する。
(こりゃあ……)
総毛立つ。右手の指がパキリと音を立てる。手加減なし。手加減、しなくていい。『全力』で打ち込んでいい。そんな相手。
まさに一触即発。
双方が再び交差しようとしたその瞬間、
「いたぞッ!」
「貴様ぁ、何をしとるかあっ!」
床を踏み鳴らして、十名近い兵士たちがなだれ込んできた。彼らは完全武装。赤い鎧で身を覆い、長槍を構え、遠巻きに流護たちを――否、黒い巨漢を警戒する。
「巫女様のお部屋に……!」
「出ろ! 今すぐここから出るんだ、エンロカクッ!」
兵士たちが必死の形相で、黒い巨人に――エンロカクと呼ばれた男に槍を突きつける。
「ククッ……怯えてひっくり返った声じゃ、兵士としての威厳も何もありゃしねえなァ?」
エンロカクの言葉は的を射ていた。
平然と佇む黒き巨人。武器を手に囲んでいながら、ひきつった形相を見せる兵士たち。どちらが強者なのか、誰の目にも明らかだった。
そして――力の伴わない脅しになど、従う者はいない。
「出てけってよデカブツ。何なら、俺が叩き出してやろうか?」
全く状況が分からないながらも、流護が割って入る。
「き、君! やめるんだ! その男を挑発するんじゃない!」
流護の力量を知らない兵士たちにしてみれば、当然の言葉かもしれない。が、いずれにせよここは桜枝里の部屋。この招かれざる客を叩き出す必要がある。
兵士たちにできないなら、自分がやるしかない――
「そこまでだ」
錆びついた、細い声だった。
兵たちに囲まれても動じることのなかったエンロカクが、ピクリと眉を動かす。部屋の出入り口に殺到していた赤鎧たちが、左右に分かれて道を開けた。
歩いてくるのは二人の男。
一人はダイゴス。しかしその顔に、いつもの不敵な笑みは浮かんでいない。ただただ無表情。その顔から、感情は読み取れない。
そしてもう一人は、痩身の男。ダイゴスと同じような糸目。背丈はそのダイゴスより遥かに小さく、百八十センチ程度か。衣服も簡素な稽古着といった装いで、これといった特徴は見られない。際立った点を探すほうが難しいほどに、何の変哲もない男といえるだろう。しかしどこか、餓えた狼のような迫力を漂わせている。制止の声を投げたのはこの男か。
エンロカクが待ちかねていたようにその名を呼ぶ。
「遅かったな、ドゥエン」
「部屋から出るんだ、エンロカク」
短いやり取り。
(ドゥエンって……)
流護は、何の変哲もないはずのその男へ視線を向ける。周囲の兵たちよりも小さく痩身。一見して、どこにでもいそうな青年。しかしこの男こそがダイゴスの兄にして、レフェ最強の戦士。ドゥエン・アケローン。
そんな少年の視線をよそに、痩せた狼と黒い巨人は睨み合う。
共に、何やら愉しさが漏れ出ているような薄笑みを浮かべて。




