151. 紅の季節・前編
天高く輝き放つ昼神が、その身を紅く紅く染めた夕刻。
空も、雲も、人も、建物も。目に見える世界、その全てを色濃い緋色が包み込んでいる。
二人で塀に腰掛け、そんな街並みを眺めていた。自分たちの属性の象徴ともいえる色に染まる、夕暮れの街並みを。
「明日も晴れそうだね。にしても、今日はとくべつきれーな赤だなぁー……、あたしたちの炎みたい。ねっ」
指先で炎を揺らめかせてみせる少女に、そうだなと気のない返事で受け答える。
「ね、ディノ」
名を呼ばれ、何の気なしに視線を向ければ、
「生まれ変わっても、ずーっと一緒だからね」
なんだ急に。きもちわりーぞ。
「……なーんてセリフが昨日の『とてゴー』に乗ってて、ステキだなーと思いました。あっ、次はあたしがお姉さんね。あんた弟ね。そしたら、エラソーな顔なんてさせないんだから。気持ち悪いなんて言ったら、ぶっとばしてやるんだから」
今から生まれ変わる話なんてしてどーする、アホなコト言ってんな。
そう返したことを、今もはっきりと覚えている。
そんなくだらない話が。
己の存在理由、その全てとなることなど知らずに。
「はぁーぁ。ちょっと起きてるのがツラくなってきちゃったかもー、さいきんー」
さらさらな赤毛の三つ編みを揺らし、アリッシアはバタリとベッドに倒れ込んだ。うつ伏せのまま、「あー……」とだらしない声を出している。釣り目がちでいつも勝ち気な紅い瞳は、覇気をなくしたように閉じられていた。
「オメーのはたんに遊びすぎだろ……オレでもつかれるぐれーだし」
ディノは疲れたように愚痴る。いや事実、疲れていた。
今日も二人で馬鹿みたいに走り回って遊んだ。以前はディアレーに住んでいた一家だったが、最近になって王都へと引っ越してきたのだ。全てが新鮮で、遊ぶにも当分、飽きることはなさそうだった。
それにしても健康なディノが疲れ果てるほどだ、病におかされているアリッシアが疲れていないはずはない。
「…………」
繊細な聖女像みたいに細い腕。赤いワンピースから覗く白い脚。
けれど確かに、元々細かったアリッシアの身体は、このところさらに細くなってきているようにも見えた。
「……どこ見てんの。えっち」
アリッシアはワンピースの裾を直しながら、ごろりと反対側を向く。
「誰がオメーなんか見るかよ、バカ。兄妹だろうが」
「うっさいばか。キョーダイだって、男と女だよー?」
「なにに影響されてンなこと言ってんだ。変な本でも読んだのか? きもちわりーからやめろ」
そんな日常はずっと続くはずだった。
『ミージリント筋力減衰症』。
遥か西、海を越えた先にあるミージリント公国で最初に確認されたといわれる先天性の病気で、発症割合は数万人に一人。大都市に一人いるかいないかといった程度だろう。
幼年期の間はさほど生活に支障もないものの、十歳を過ぎた頃から少しずつ筋力が衰え始め、次第に身体を動かすことができなくなっていく。二十歳を迎える前には、確実に死に至るといわれている。
症状の現われ始める十歳前後までに手術をすればほぼ確実に助かるが、十一歳を過ぎたあたりから、坂道を転がるかのように手術の成功確率は下がっていく。
十一歳での手術の成功確率は九割強。ここがほぼ確実に助かる最後のラインとされており、十三歳では七割まで落ちる。十五歳で四割。このあたりから自力で起き上がることも困難になっていき、十七歳で一割。この頃には手足を動かすことすら叶わなくなる。
そして、二十歳の誕生日を迎えた事例は一件として存在しない。
この病気に罹っていた場合は生まれた直後にすぐ判明するうえ、基本的には十歳頃までに手術をして人工筋肉を詰めてしまえば、ほぼ確実に助かるとされている。通常は、手術に耐えられる体力のついてくる七、八歳から十歳の間に処置を済ませることが多い。
しかし、手術のために必要な費用は莫大で、裕福な貴族層の人間ならともかく、一般の平民に易々と工面できるような金額ではなかった。
ディノの家も例外ではなく、アリッシアが生まれた直後に病気のことを知った両親は、それから約十年――死に物狂いで働いていたが、手術にかかる費用の半分も貯まってはいなかった。
金持ちには、少し治療費のかかる風邪ともいわれる病気。
一般庶民にとっては、十年の猶予の後に死神がゆるりと近づいてくる恐ろしい病気。
それが、『ミージリント筋力減衰症』と呼ばれる病気だった。
この病気に備えるため、ゲイルローエンの一家は大きな病院のある王都へと引っ越してきたのだ。
そしてアリッシアも例外ではなく、まるで定められていたように――双子である二人が十歳を迎えた翌日、倒れることとなった。
「はぁーぁ。やっぱきちゃったか。十歳で寝たきり生活突入かもしれませんよ、ディノくんや。なんなの、あたしの人生ってば」
ベッドに横たえられながらも、勝ち気なアリッシアは弱みを見せない。
ふとした拍子に倒れただけ。まだ自力で問題なく動けるのだが、無駄に動けば病気の進行を早めるという説もあり、大事を取って休ませることになった。
「ハハ。オレが『ペンタ』で、オメーは『ミージリントナントカ』か。で、アニキも死んじまってるしな」
ディノたちにはヴァレイという名の七歳年上の兄がいたが、八年前に亡くなっている。
父親が仕事でラインカダル山脈にある村へと向かうことになったのだが、それにヴァレイは同行した。そこで怨魔に襲われ、兄は帰らぬ人となった。
当時の父親はひどく打ちひしがれていたようだが、それでもアリッシアの手術費用を稼ぐため、休むことなく必死に働いていた。
ディノたちは当時二歳だったので、正直な話、兄についてはよく分からない。物心ついたときにはすでに兄はいなかったから、それが当たり前になっていた。寂しいとか悲しいとか、そういった感情はなかった。
「もーちっとフツーに生きてーモンだよな」
「なにカッコつけてんの。……それにしても、『ミージリント筋力減衰症』かぁ。ウチにお金なんてないし、こりゃダメかなぁ……」
「まあ安心しろって。オレに考えがあるからよ」
「……ふーん。そか。期待しないで待ってる。あたしのこと、助けてねっ」
「うるせーよ」
夜遅くなって帰ってくる父親が疲れ果てていることはディノも承知していたが、やはり話しておかなければならないと思った。
薄暗いリビングでは、疲労もありありと、父がソファに身を投げ出しているところだった。
テーブルの上に置いてあるグラスは空になっている。
「おお、ディノか……どうした?」
「父ちゃん。アリッシアの手術費用、どんな感じなんだ?」
「……お前が心配することではないよ。父さんたちが何とかするから、安心しなさい」
手術費用について訊けば、弱々しい笑みと共に返ってくるのは、いつもこの答え。
「なあ。オレ……国の『ペンタ』になるよ。そうすれば、金なんて山ほど入ってくるだろ」
「駄目だ」
父親は即答する。これが初めてではない。今までに何度も、こんなやり取りはあった。
ディノは『ペンタ』なのだ。国に仕える身となれば、それこそ莫大な金を手にすることも可能だ。だというのに、父親はこの提案に対して必ず否定を返す。
今までは父親の言うことに従っていた。何か手があるのかもしれないと思い、大人しく聞いていた。
しかし、もう事情が違う。ついにアリッシアの中に潜んでいた死神が動き始めたのだ。これから先、時間が経つごとに手術の成功確率はどんどん下がっていく。今すぐに手術をしたっていいぐらいなはずだ。
「……なんでだよ。分かってんだよ、金、全然足りてねェんだろ……? オレがなんとかすりゃいいだけの話じゃん。なんでダメなんだよ」
「ダメなものはダメなんだ!」
酒が入っているせいだろう。いつも温厚な父親の一喝。
しかしディノも引けない。
「なんでダメだってんだよ!」
初めて、父親に逆らった。
怒りのあまり、いつもは完璧に制御できている炎が――火の粉が、わずかに宙へ舞う。粉雪のように。
「フザけんなよ、もうコレしか方法ねェだろ。アリッシアがどうなってもいいってのか!?」
「そうじゃ……ない」
父親は疲れたように首を振る。その様子があまりに弱々しくて、ディノは勢いを削がれてしまった。
「じゃあ、なんで……」
「ディノは……兄ちゃんのこと、覚えてるか? 覚えて……ないよな」
「あ、ああ。残ってる絵でしか、知らねェけど……」
昼間思い出した通り、『自分たちに兄がいた』という事実しか知らない。どんな人物だったのかも知らない。
「八年前……お前たちの兄ちゃんが……ヴァレイが死んだ事件は、『ラインカダルの惨劇』なんて呼ばれてる。二度とこんな事件が起こらないように気をつけよう、次は気をつけよう、教訓にしよう……なんて言われてる。それは正しい。けど……あの事件で死んだ子供たちに、『次』はないんだ。ヴァレイに……次なんてものはないんだ」
天井を仰いで、放心したように呟く父親。
「……分かってる。対応したアルディア王に、何の落ち度もないって。ああしなければ、一帯の村が全滅していたかもしれない。子供たちを犠牲にしなければ、皆が全滅していたかもしれない。私自身も、帰らぬ身となっていただろう。それでも、それでも私は……一人の父親として……! アルディア王を、許せないんだ……! 勝手だよなぁ……、でも、自分の感情に嘘はつけないんだ……!」
ディノたちにとっては、覚えていない……他人のようにすら感じられる兄であっても。
父にとっては、自分の息子なのだ。
だから、ディノが国の『ペンタ』となることを認めない。自分の息子を『殺してしまった』アルディア王に、もう一人の息子が仕えることとなる――国の所属となることなど認められない。
「でもさ……」
しかしディノも引き下がれない。
父親の言いたいことは分かる。だがそこにこだわっていたら、今度はアリッシアをも失うことになってしまうのだ。
「大丈夫。絶対に、大丈夫だから。神が、見守ってくださっている」
父親はディノの両肩に手を置き、力強く断言する。
ディノは、弱々しく頷いた。
父親は誠実で真面目な男だった。人徳もある。
方々から多大な借金をするという形で、どうにか手術の資金を集めることに成功した。
このためだったのだ。父が長年、真面目に働き続けていたのは。最初から、己の力で費用全額を工面することが目的ではなく。実直に働き、借金を申し込むに値する信用を勝ち取るため。
ディノは心に決める。
この金は、オレが返していこう。国の専属なんかにならなくたって、『ペンタ』ならゆっくりでも、確実に返していける。
そうしてアリッシアが十一歳で迎えた手術。
十一歳の場合の成功確率、九割強。
その手術が、失敗した。
父親と母親は、ただ放心した。
当たり前だ。おい神。神は何やってんだ。見守ってくれてたんじゃねェのかよ。バカじゃねェのか。
そして、悪夢は連鎖する。
どこから嗅ぎつけたのか、ゲイルローエンの家が金を貯め込んでいるなどという噂を耳にしたとある強盗が、家に押し入った。
当然、金は全て手術に使ったため、何も残ってはいない。しかし賊は、そんなことなど知るよしもなく。
「……、…………あ?」
ある日、アリッシアの入院している病院から帰ってきたディノが見たのは、惨憺たる光景。
血にまみれた部屋。刻まれ、千切られた両親だったモノ。金目のものからそうでないものまで、何もかもが奪い尽くされた空間。
犯人はすぐに捕まった。レインディール国内で広く活動していた強殺犯で、金目のものを盗むことと人を惨たらしく殺すことを趣味としている男だった。
被害規模は大きく、男はアルディア王の処断により『ラディム』と呼ばれる刑に処されることとなった。
『ラディム』とは、磔にした者に対し、群集が次々と順番に神詠術を放っていくという処刑法である。ひどく残虐であるため現在でも行っている地域は少ないが、アルディア王は見せしめの一つとしてこの刑を用いることがあった。
遥か古代に行われていたという石打ちの刑に似るが、この『ラディム』は独自の特徴を持つ。
『一斉』ではなく『次々と順番に』という点。何の神詠術を使ってもよいという点。ただし順番待ち中の詠唱を禁ずるという点。順番待ちは三十人まで、術は一人一回。時間は一人につき三十秒。この時間内ならば、詠唱も許可されている。罪人は、耐えきることができれば解放される。レインディールにおいては過去、耐えきった者は一人しか存在しない。
並んだ三十人が順番に一人ずつ、罪人に対して一度だけ術を行使する。何の術でもよい。回復の術でも問題ないのだ。事実、苦痛を長引かせるために、自分の番のときに回復を施術するような者もいる。
しかしこの刑に処される者は罪深き咎人。同情する人間などいない。
参加する者たちも、日々の鬱憤を溜め込んでいる下層労働者たちが大半だ。もしものときのために、人を殺める心構えを養っておくなどという理由で参加する若者も少なくない。
そして集まる者たちは基本的に民衆。強力無比な術を扱える者などほとんどいない。そのうえで順番待ち中の詠唱が禁止されている。つまり基本的に、罪人が即死するようなことは皆無なのだ。じわじわと撃たれ続け、嬲り殺されることになる。その様だけを見れば、石打ちの刑と変わりはないのかもしれない。
ディノは男の『ラディム』に参加した。まだ十一歳の少年。兵士はやめておけと渋面で忠告したが、頑として聞き入れなかった。まだ昼神インベレヌスも姿を見せぬ早朝から並び、一番手の権利を得た。
残酷な刑ということで、場所も街の一角、墓場の脇に設けられた専用の広場。だだっ広い空き地が壁に囲まれているだけの、殺風景な空間。罪人を裁き、そのまま隣の墓場に放り捨てるだけの場所。
十五年ぶりだという『ラディム』を一目見ようと詰めかけた大勢の群集。刑を執行するために順番待ちをする三十人の民衆たち。その先頭に立つ赤い少年。
磔にされた男は、ヘラヘラと余裕を見せていた。
男が広範囲にわたって活動し、これまで捕まらなかったのにも理由がある。単純に、腕の立つ詠術士だったのだ。
「おーおーおー、才能のねえクズどもがゾロゾロとよ。へへ、てめぇらのヒョロ玉なんぞ耐え切って解放されてやるからよ。いいかぁ? 覚えとけよぉ? 俺を撃ったヤツ、一人としてツラぁ忘れねえからなぁ!? ひゃははははは!」
男の迫力に、軽い気持ちで並んでいた者たちはわずか鼻白んだ。
そこで、一番手のディノが全く意に介さず前へ出る。
それを合図に、鋭い兵士の号令が響いた。
「一人目、三十秒。始め!」
自分の前へと歩いてきたディノを見て、男は目を細めた。
「おーいおいボクちゃん、その年でこんな悪趣味なモンに参加するなんてよぉ、いけねえなぁ。親はどんな教育してんだァ?」
「親? 死んだよ」
「死んだぁ? そりゃ気の毒だ。マトモな教育が――」
「オメーが殺したんだよ。つい一週間前にな」
男の言葉が止まる。
「おー……? ああ、一週間前? ……んだぁ、あの貧乏臭ぇクソみてえな家か! ったくよ、金たんまり貯め込んでるなんて聞いたから入ってみりゃよ、何もねえじゃねえか! あのヤマで足がついちまったしよ、散々だぜ! おめえ、あの家のガキか! 金どうしたんだよ、このクソが!」
男はディノに向かってペッと唾を吐きかける。
その唾が、ボン――と音を立てて消滅した。ディノに触れることもなく。
「……!? ……それよりよ、早くしねえでいいのか? 親のカタキ取りたくて参加したんだろぉ? もう時間ねえぞ? 思いっきりよ、ぶつけてみろって。優しく受け止めてやっからよ。はははは!」
「残り十秒!」
動かないディノに対し、並んでいる民衆や観客たちからも、困惑や罵声が上がり始めていた。
未だ幼き炎の超越者は笑みを刻む。とても、十を過ぎたばかりの少年とは思えない笑みを。
――元来、少年が裡に秘めていた暴性。ほぼ無自覚に抑えていた絶大な力が、顔を覗かせる。
他者を害するのはこれで二度目だ。
六歳のとき、乗っていた馬車がランクBの怨魔に襲われた。訳も分からず、垂れ流しただけの炎で敵を焼いて理解したのだ。
自分は、強いのだと。
「――虫が。テメーなんぞ、一秒ありゃ充分だ」
びきりと、男のこめかみに青筋が走る。
「……あ? なんつった、このガキ」
「五、四、三、二、」
兵士の秒読みが迫る。
ディノは、小さな――砂粒のように小さな炎を、炎とも呼べないほど小さな火を作り出し、軽く指で弾いた。
少々、品に欠けた表現ではあるが。まるで、丸めた鼻糞を弾くようなどうでもよさで。
「一!」
綿毛めいた軽い火の玉が、ふわりと男に触れる。
瞬間、高さ五マイレにも達する炎柱が出現、爆発した。磔にされた男を基点として。
まるで、神の裁きが下されたかのような光景だった。
集まった民衆たちから上がる悲鳴。突然のことに驚き、逃げ惑う者まで現われる。
磔になり固定されていた男は、砲弾のように吹き飛んで転がった。拘束が解け、全身を炎に包まれながら這いずり出す。
「ぐ、ああああぁぁ! がっ、はぁ、うがああぁ!?」
炎を纏いながら転がる男の前へ、ディノは口元を笑みの形に裂いたまま歩み寄る。
「イヤー、飛んだ飛んだ。人ってあんなに飛ぶモンなんだなァオイ。よぉ……温度、イッチバン低くしといてやったぜ。あと二十九発。頑張って耐えろよな」
そう。男は死んでいない。ディノはあえて殺さなかった。
這いずる男に兵士たちが駆け寄り、浴びせられた水の術によって火が消えた。
男は全身をくまなく焼かれ、皮膚もずるずるになっていたが、まだ生きている。つまり、刑は途中。男はまた磔とされ、残り二十九回の術を受けねばならない。
「あが、あああ、がああは、おああぁぁ!」
苦悶の叫びを背に受けながら、ディノはその場を去ろうと歩き始める。
その圧倒的な力を見せつけられたゆえか、その口元に浮かんだ薄笑みゆえか。誰もが、恐れ慄いて道をあける。
……その、一人の兵士を除いて。
「小僧。気は済んだかい」
がっしりとした中年の男だった。赤茶けたボサボサの髪に、だらしなく伸びた顎ひげ。大きな鷲鼻が特徴的な、厳つい顔立ちをしている。正式兵装の姿でなければ、ごろつきにしか見えないだろう。
「……何だよ。違反はしてねェつもりだけど。説教でもしてぇのか?」
道を塞ぐその男にジロリと視線を投げかければ、
「いいや。お前、『ペンタ』なんだったな。ふん……大したもんだぜぇ。ヤツを生かすつもりはなかったからな、今回は『仕込み』も用意してたんだが……」
ひげ面の兵士は、ニヤリと不揃いな歯を見せて笑った。
「あのクソ野郎、いい気味だ。こっから絶望よ。すぐさま冥王とご対面になるだろうぜ。で、いいのか? 続き、見て行かなくてよ」
「……興味がねェな」
おかしなオッサンだ、とディノはその横を素通りした。
「オ、オディロン殿……、近づいては危険ですっ」
「はん、何が危険なもんかよ。あんな子供が……親ぁ、あんな形で殺されちまってよ。寂しそうな背中じゃねぇか」
その後、皮膚の大半を焼かれた男が受けた術の苦痛は、並大抵のものではなかっただろう。あまりの惨状に、参加していた者の大半は辞退してしまったと聞く。結局、残った者たちによって刑が続行され、五人目ほどで男は息絶えたそうだ。
図らずして、この出来事はディノ・ゲイルローエンの名を知らしめることとなる。
わずか十一歳にして容赦なく人を焼く、暴悪な『ペンタ』として。
家族の事情を知っている者も少なくはない。だがそれでも、『ペンタ』を庇おうとする者は皆無だった。あとはただ、噂が様々な尾ひれを纏いながら広がっていくだけだった。




