111. シルフィード
地上一メートルほどの高度を維持しながら、追跡球は道なりにするすると飛んでいく。流護はその後をついてひた走る。普段のランニングより少し速い程度のペースだった。
学院長が『特殊な術』と言っていたように、珍しい光景らしく、光の球を追って走る少年は道行く人々の注目を集めていた。そもそも見失わないように配慮されているためなのか、追跡球は目に眩しいほどの光を放っている。
思った以上に目立って少し恥ずかしかったが、そんなことを気にしている場合でもない。
そこへ、
「うわっと! ……何あれ……って、リューゴくん? 何してんの?」
すぐ先の脇道から出てきたのは――すらりと背の高い、見知った顔の少女騎士見習い。
「おっ、プリシラさんちっす」
彼女は目の前をかすめていった光の球に驚き、それを追いかける流護を見てもう一度驚いた。と同時、慌てて後を追ってくる。緑がかった黒髪のポニーテールが忙しなく揺れていた。
「あ、あの光ってるの何? 新手の怨魔か何か!? あれを追っかけてるんだよね? 撃ち落とそうか!?」
すかさず詠唱に入ろうとするプリシラを、流護は慌てて制止する。
「いや違うぞやめれ、ナスタディオ学院長の神詠術だよ。追跡球つって、ベル子たちがいるとこに向かって飛んでるんだと」
「な、何それ……そんな術あるんだ。って、ナスタディオ学院長……来てるの? 今、王都に?」
「ん? ああ」
プリシラはこの追跡球の神詠術のことも、学院長がこの街にいることも知らなかったようだ。
「リューゴくんも今、美術館で立て篭もりが起きてるのは知ってるよね? 学院長いるなら、鎮圧してくれないかなー」
「ああ、それなら終わったぞ。それこそ学院長が美術館に乗り込んで」
「うっわ、ほんとに!? さすがだなぁ……五年前と一緒か……、それで今、これは何してんの?」
「『ペンタ』のリーフィアって子を狙ってるテロの残党がいて、ベル子たちが今そいつと闘ってる。だから俺が加勢に行くとこ」
「えっ、ベ、ベルたちが!? そっ、そうなんだ……よ、よーし、じゃああたしも……!」
意気込むプリシラだったが、助太刀どころか流護の速度についていけず、瞬く間に遅れ始める。もっとも身体能力が違ううえに、プリシラは軽装鎧を身につけているのだから無理もない。
「ちょっ……速っ!」
「敵もやばい奴みてえだし、無理しない方がいいぞ。あれだったら、応援連れてきてくれ。まっ、プリシラたちが来る頃には俺が片付けてるだろうけどな!」
「い、言うじゃないの……! っ、はぁ、ダメ……限界っ」
プリシラの足が止まった。
「あ、後で絶対、駆けつけるから! 気をつけてね!」
「おう!」
息を切らせながらも叫ぶ彼女に親指を立てて返し、流護は速度を緩めず走っていく。
「……はぁっ、はぁ……それにしても、どんな……、体力してんの、あの人は……」
考えられない速度でみるみるうちに遠ざかっていく流護を見送りながら、プリシラは半ば呆れたように溜息をつく。
彼の走っていった方角は、旧工業地区方面だ。今は建物群こそ入り組んでいるものの、人はほとんど近づかない。現場近くまで行けば、皆を探すことはさほど難しくないだろう。
そう思うと同時、耳元に通信の波紋が広がった。正確に位置を捕捉してくる、精度の高い通信。プリシラと関係がある人物の中で、そんな使い手は一人しかいない。
「リーヴァー、プリシラです。アルマ?」
『プ、プリシラ!? よ、よかった繋がって……!』
予想通りの友人からの通信だが、どうも様子がおかしい。明らかに動転している。
『ベ、ベルグレッテさんと通信してたんだけど、いきなり途切れちゃって……な、なんか誰かに襲われたっぽくて! 繋ぎ直そうとしても、繋がらないし……!』
「ああ……戦闘中だから切ってるんでしょ?」
『いや、そうなんだろうけど……! やばそうだよ、用水路の件もどうしたらいいか分かんないし、あぁもう何をどうしたらいいのか!』
「用水路……? とにかく落ち着いてって。とりあえず、ベルなら大丈夫だから」
『な、なんで!?』
「今、すんごい助っ人が向かってるから。絶対に大丈夫」
どこか自慢げに、プリシラは鼻を鳴らした。
プリシラと別れてしばし。
迷いなく飛ぶ追跡球を追って狭い路地に入り、長い直線を走る。煤けた石の建物同士が複雑に入り組んでおり、生まれた隙間が通路となっているような景観の地区。襲撃にはもってこいの環境だろう。
ひたすら直進する流護は、そこで異変に気がついた。
「……なん、だ?」
――空。どんよりと曇っていた空が、急激に明るくなっていく。
見上げれば、雲が凄まじい勢いで流れている。こんな光景など、現代日本の少年としては早送りの映像でしか見たことがない。
(これは――、)
吹き散らされるように、何かから逃げるように流れていく雲々。
追跡球の向かう先――その上空には、天幕のような雲に一ヶ所だけ穴が開き、青空の覗いている部分があった。晴れ間は少しずつ、その大きさを広げている。
あの空の下で、何が起きているのか。強風によって押し流されているだろう雲。圧倒的な風の力を見れば、それとなく予想はついた。
「すっげえな……これが――」
流護は光輝く球を追い、雲の流れとは逆に走る。一際明るい空の下を目指して走る。
もう、この追跡球がなくても問題なさそうだった。
「……チィッ!」
顔色を蒼白にしてリーフィアへ駆け寄ろうとするブランダル。横から斬りかかるクレアリアがそれを阻む。
「……全くあの子ったら。まさか、これほどの力を秘めてただなんて」
ブランダルと斬り結びながら、クレアリアは珍しく引きつったような笑みを見せる。
その様子を横目に、ベルグレッテもリーフィアへと視線を向けた。
(すごい……これが――)
祈るように胸の前で両手を組み合わせて、目を閉じるリーフィア。
その彼女を抱くように包み込むは、渦巻く烈風。
烈風は絶大な竜巻と化し、天へと立ち上る。
竜巻によって遥か上空の雲は吹き散らされ、ぽっかりと覗いた青空がリーフィアを明るく照らし出していた。まるで舞台上の主役を照らす、劇場のスポットライト。
(これが――リーフィアの、本当の力)
これまでは己の力を嫌うあまり、上手く扱えないあまり、術を抑えることしかしてこなかったリーフィア。
その彼女が自らの意思で力を解放したならば、これほどの現象が起きるのか。天候すら変化させる、絶大な能力。
改めて『ペンタ』という存在の『違い』を目の当たりにする。
ミディール学院五位――『吹花擘柳』、リーフィア・ウィンドフォール。
ベルグレッテですら、その本当の力を見るのはこれが初めてだった。
リーフィアが自らの力を恐れたのも、当然かもしれない。これほどの現象を引き起こすのだ。抑えきれずに、周囲を傷つけてしまうかもしれないと考えたなら。気弱な彼女が自らを抑え込んでしまうのは、当たり前なのかもしれない。
しかし。
風の少女は、勇気を持って一歩を踏み出した。
竜巻の中心に立つリーフィアが、覚醒するようにゆっくりとその瞳を開く。
その目に、迷いは感じられない。いつもうつむいて小さくなっている彼女とは違う、確かな決意に満ちた眼差し。
それでもやはり、その顔はこわばっていた。
練り上げた膨大な術。今までに行使したことのないだろう力による一撃。もし暴発させてしまったなら。間違ってベルグレッテたちを巻き込んでしまったなら。きっと、そんな不安が小さな少女の中を渦巻いている。まさに今、彼女を包み込んでいる竜巻のように。
それでも少女は逃げず、そこに立っている。
膨大な渦の中で佇む、一人の小さな女の子。
何も知らない者がこの場面を見たのなら、おとぎ話に伝わる風の精霊が降臨したのかと思うだろう。
――準備完了。その意思表示として、リーフィアがかすかに頷く。
ベルグレッテも頷き返し、自分のやることを成すべく敵へと向き直る。即ち、ブランダルの足止め。リーフィアの一撃が当たるような隙を作ること。
だが相手も必死だった。
隙を見せれば――間合いを離してしまえば、リーフィアの一撃が飛んでくる。
そんなプレッシャーのためか、決して間合いを離そうとはしない。
実際のところ、リーフィアだけでブランダルに術を当てることは極めて難しいだろうが、もはや桁違いの渦巻く竜巻を見せられては、本能が恐怖を訴えるだろう。
縦に振り下ろされたブランダルの炎剣を、クレアリアはかすかな水を纏わせた長剣で受ける。炎と水の刃が交わり、十字を描く。
「……ふふ。随分と必死ですこと。貴方にはオプトの力があるんですし、リーフィアの術を『吸収』できるかどうか、試してみたらいいじゃないですか」
「小娘が、減らず口を……ッ!」
ブランダルは力任せに炎剣を振り抜いた。消耗しきっているクレアリアでは抑えきれず、後方へと弾き飛ばされる。
ベルグレッテは懐の短剣を抜き放ち、ブランダルへと斬りかかる――が、巻き起こった突風によって阻まれた。もうブランダルは徹底して、ベルグレッテと剣を合わせるつもりはないらしい。
接近を許さず、しかしリーフィアの一撃を警戒して過剰に間合いを離さず。間合いの取り方が実に巧みだった。
「ハアァッ!」
気合い一閃、ブランダルは炎の槍を生み出す。
身構える姉妹だったが、狙いは二人のどちらでもなかった。
「喰らえッ!」
全長二マイレにも及ぶ炎の槍が、爆発的な発射音を響かせて飛んだ。
――リーフィアを目がけて。
「リ……!」
凄まじい速度で飛んだ炎の槍は、リーフィアに突き刺さる――こともなく、彼女を取り巻く竜巻に巻き込まれて消失した。まさしく風に吹かれた蝋燭のように。
当のリーフィアはといえば、制御に目一杯で気付いていない。自分が狙われたことに――攻撃を受けたことにさえ、気付いていない。
「~~ッ」
ブランダルがいよいよ狼狽する。
それも当然だった。
リーフィアは自分の意思で炎の槍を防いだ訳ではない。
術を発動しようと集中したことによって生じた風。いわばただの余波が、攻撃手段として放たれた炎槍を打ち消したのだ。
天と地ほどの差がなければ起こらない現象だった。
「フ、フ……」
そこでブランダルは、引きつったような笑みを見せる。それでもリーフィアに狙い撃たれないよう位置取り、横から剣を繰り出してくるクレアリアに対応した。
(――まずい、かも)
ベルグレッテは直感した。
圧倒にすぎる、リーフィアの力。
それを目の当たりにしたこの男は、どうするのか――
そこで、不意にそれが現れた。
脇道から唐突に飛び出してきたのは、光の球。
浮遊するその光は、リーフィアの周囲をふわふわと漂った。まるで、彼女を見つけて喜んでいるかのように。気付いた風の少女は不思議そうに、自分の周りを飛び回る球へ視線を向ける。
(あれ、は――)
ベルグレッテは知っていた。それが何であるかを。
(学院長の……!)
少女騎士が思い当たると同時、光の球は役目を終えたとばかりに弾けて消失した。
それが合図だったかのごとく、その影が飛び込んでくる。
「はっ、ふー、はぁ……みんな、無事か!?」
「え、リューゴ……!?」
息を切らせて登場したのは、有海流護だった。
流護は息をつきながらも開けた空き地を見渡し、まず状況を把握しようと――
「う、お……」
何をどうしようと視界に入る、天裂く巨大な竜巻。
その中心に佇む、小さき少女。彼女を守るように包み込む竜巻で抉られた空は、少女を中心に照らしながら晴れ間を広げていた。この空き地だけが、見事な快晴となっている。
通常ではありえない、幻想的な光景。思わず見入ってしまいそうになる。
リーフィアは丈長のスカートの裾をはためかせ、小さな両手を前に突き出して立っていた。その先には、黒い軍服姿と剣を交え合うクレアリアの姿。髪はほどけ、豪奢なドレスもボロボロだ。動きも鈍い。相当に消耗しているのだろう。
対峙している金髪の男は、流護に気付き忌々しそうに顔をしかめた。増援の登場に苛立ちを隠せないのがありありと分かる。
少し離れたところで、こちらを見るベルグレッテの姿。彼女も、疲労の色が濃い。
それで把握した。
この状況。リーフィアの一撃による逆転を狙っているのだと。
そのリーフィアはさすが『ペンタ』というべきか、凄まじい力こそ渦巻かせているが、その顔はひどく緊張していた。
それはそうだろう。彼女は膨大な能力こそ持っていても、普通の女の子のはず。熟達した戦士に一撃を当てるのは難しいはずだ。
「おけ、把握した。そこの金髪AV男優みたいのを俺が殴り倒せば全部解決、と。リーフィアが手を汚す必要もねえ。おい、そこの前戯が得意そうなツラした金髪オヤジ、選手交代だ。俺がベッコベコのボッコンボッコンに――」
拳をゴキゴキと鳴らしながら歩み始める少年を、
「だめ、リューゴ!」
なぜかベルグレッテが制止した。
怪訝に思って足を止める流護。
その先で、戦局が変化した。
「ぬん!」
男が風の神詠術を発動させる。接近戦を繰り広げていたクレアリアが吹き飛ばされた。
同時、その男は走り出す。
倒れたクレアリアへ向かって――ではない。
身をかがめるようにしながら、空き地の端へ向かって。
ベルグレッテはこれを懸念していた。
ブランダルが逃げ出すことを。
圧倒的すぎるリーフィアの力。そこへ増援として登場した流護。谷の戦闘でもそうだった。不利を感じ取れば、この男は間違いなく撤退しようとすると。
戦闘開始から時間も経っている。人の気配がない地区とはいえ、リーフィアの力が渦巻いていることもあり、異変に気付いた兵士たちがいつ駆けつけてきてもおかしくない状況だ。
むしろブランダルとしては、もはや撤退する頃合だろう。
そしてここで逃げたこの男が、そのまま諦めるようなことは絶対にない。必ず後日、再び襲ってくるはず。
ようやく巡ってきた逆転の機会。逃がすわけにはいかない……!
「あっ、う」
全力で走っていくブランダルに、リーフィアが動揺する。彼女では、動く人間に当てるのは至難の技。
ベルグレッテは叫んだ。
「リューゴっ! その男を止めて!」
「お、おう!」
いきなり敵が逃げ出すとは思っていなかったのだろう、少年は動揺しながらも駆け出す――が。
ブランダルと流護の距離は四十マイレほど。本来の彼の脚力であれば、すぐさま追いつくことも容易いはずだが――
「って、地面ぐちゃぐちゃなんですけど……!」
アクアストームによって足元がぬかるんでいた。対するブランダルは足に風の神詠術を纏わせているのか、泥を跳ね飛ばしながら、足を取られることなく走っていく。
「チッ……! しかしこんなこともあろうかと! でかした俺!」
そこで流護は懐から小石を取り出し――
「いきなり逃げてんじゃねえ! ハゲ!」
右腕を振りかぶる。力強く踏み込んだ少年の左足が、ばしゃりと泥を跳ね上げる。
追撃に気付いたブランダルが、振り向きながら身構えた。
「……馬鹿め!」
予測していたとばかりに、右手をバッと前方へ突き出す。
それは間違いなく。攻撃術を吸収して撃ち返し、こちらが対処に追われる間に逃げるつもりで。
ブランダルの視線が流護を捉え、歪に口元を緩ませる。
「小僧が、貴様のチンケな術など――」
その瞬間、ビッと音すら立てて、流護の投擲が発射された。
びぢっ、と嫌な音が響き渡る。
前へ突き出されたブランダルの右手。構えた指が、鮮血を吹き上げ、白い骨すらむき出しにして、関節を無視した方向へと捻じ曲がっていた。
「……、……ぎっ……!?」
信じられないように目を見開くブランダル。
「え? 何で素手で石止めようとしてんだこいつ。引くわ」
流護は半ば呆れたように呟く。
当然の結果だった。アクアストームであっても『吸収』してしまう、恐るべきその能力。
しかし飛んだのは神詠術ではない。ただの、石。もっとも流護の腕力ゆえ、その威力は並みの術を優に上回る。超小型の投石砲と形容しても問題ないだろう。
ブランダルは呻き、手を押さえてうずくまる。完全に、足が止まる。
そして、
「リーフィアッ!」
ベルグレッテの叫びに、
「は、はいっ!」
リーフィアが答えた。
――怖い。
生まれて初めて、自分の意思で、人を傷つけるために力を集中している。
でも、もっと怖い。
悪意ある敵を止められなかったことで、友達を失ってしまうことのほうが、もっと怖い……!
右手を前に突き出す。
自分でも驚くほど自然に、渦巻く烈風は従ってくれる。まるで身体の一部みたいに。
今、この瞬間。いける、と確信する。
神詠術を行使するにあたって必要なものの一つに、『自信』があるという。できるはずだ、と強く信じること。講義でも幾度となく耳にしたことだ。自分には無縁の話だと思っていた。
あんなに嫌っていた力なのに。向き合うことから逃げて、一方的に避けていたのに。
それでもこうして、助けてくれた。
ありがとう、風の神さま。
少女の想いに応え、風が舞った。
放射されたのは、横向きの竜巻とでもいうべきものか。土砂を吹き上げ、泥を撒き散らしながら、回転する風の渦が一直線に突き進む。
完全に足の止まった、ブランダルへ向かって。
「う、お、おおお、おおおぉおおおぉぉぉおおおおぉおぉ――――」
容易に、一瞬にしてブランダルを飲み込んだ膨大な渦は、そのまま弧を描いて天空へと舞い上がった。
「ぎ、いぃ、いいい――」
風の回転によって、ブランダルの腕が、足が、身体が――捻じ曲がる。
「な、舐め……るなぁ~、こんな……もの、で、こ、の……わ、たし、が」
べきべきと身体が悲鳴を上げ、渦に翻弄されて視界が回転する。
「あ、ば、ばば、ばばあば、なばなぁばばば」
歯を食いしばって耐え――目をつぶって堪え、泡を吹きながら叫び――
ようやく、風が――消失した。
「ひ、ひひ……」
生き残った。耐えてやった。
『ペンタ』といえど、所詮は戦闘慣れしていない小娘の術。
さすがに消耗した。身体中が痛みを訴えている。しかし、問題ない。すぐに治癒を施せばよい。
馬鹿が……必ず……必ず、もう一度――
そこで、ようやく気がついた。
足がどこにも着かない。背中も、腹も、どこにも――地面がない。
身体が、浮かんでいる。
「……な、ん」
『見下ろした』。
眼下に広がるは、レインディールの街並み。その街を囲う、長大な壁。壁の外に広がる、広大な草原。草原の向こうに脈々と連なる、青く茂った山々――
なぜ、そんなものが見えるのか。
高度五十メートルほどの中空で、男の絶叫が響き渡った。
「うーわー……」
流護は思わず呆然と呟いてしまった。
遥か上空。豆粒ほどの大きさとなった男は、次第に落下を始め――王都を囲んでいる巨大な壁に斜め横から衝突する。弾き返され、そのまま壁の周囲を流れている川へと落下した。爆発したような水飛沫が吹き上がる。
その様子を見て鼻で笑ったクレアリアが、リーフィアへと向き直った。
「お見事です」
すっと、手のひらを上げる。
「え、えっと……」
風の少女はおずおずと右手を上げた。クレアリアが、その手をパンと叩く。そのまま、ぎゅっとリーフィアを抱きしめた。
「あ、あの……」
困惑して、されるがままになっているリーフィア。
そんな様子を流護とベルグレッテが微笑ましく見守っていると、脇道からドタドタと複数の足音が響いてきた。
「到着! みんな、無事!?」
息を切らせて駆け込んできたのはプリシラだ。
途中で行き会ったときに流護が依頼した通り、兵士十名ほどを引き連れている。
「あら……ちょうどいいですね。川に落ちた背信者の回収、お願いしてよろしいでしょうか? ……もう、少々、疲れ……」
クレアリアは、そのままガクリと力なくくずおれた。リーフィアとベルグレッテが慌てて支える。
雲り気味だった空は、気付けば眩いばかりの晴天となっていた。




