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絶賛呪殺されそうな私ですが、愛する人(未定)と幸せになりたいと思います!  作者: 織星伊吹


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28話 二対一

 クレイが、石ころ投げの手をピタリと止める。


 ――なんだ?

 前方から、何か途轍もないものが近づいてきている気がする。言語はできない。がしかし、肌がヒリつくような、妙な緊迫感――。


「……おい、なんか来るぞ」

「わかっている」


 クレイの声がかかるよりも前に、ルフナは触媒のである短剣を抜いていた。



 ――――――静寂。



 二人は、若いながらも己の経験により、これより戦闘になるであろうことを予感していた。


 一歩。一歩。また一歩。

 永久にも感じられるくらい敵の登場が遅く、二人はやきもきしていた。

 しかしやがて、――川辺の向こうから、人影は映る――。


「…………キームさん……か?」


 クレイが、構えていた剣を背中に戻す。


「キーム殿……ジレッド殿はどうした?」


 ルフナがキームに質問する。武器はしまわない。


「……ルクティー様は、この向こうにいらっしゃいますか?」


 二人が背を預けている石門の先を見つめながら、聞いてくるキーム。


「おいキームさん、話聞けよ。ジレッド先生はどうしたんだ……?」


 戻した剣を、構えるクレイ。

 一切構えを崩さないルフナが吐き捨てる。


「悪いけれど、この先は行かせられない。“血だらけの貴方”を」


 二人の目の前に見えるキームは、全身が血に塗れていた。

 それに、表情が恍惚としていて、瞳がグリン――と剥き出ている。


「僕は、ルクティー様にお会いしたいだけです。邪魔立てするなら……」

「そりゃ残念だ。サボる口実には持ってこいのあの商店にもう行けなくなる」

「そういえばキーム殿は商人でしたな。どのような品揃えなのか、一度伺って見たかった」

「ええ、是非いらしていただきたかった! そうだ!! 貴方たちの遺骨を並べたら、もっと最高ですね!」

「本性表しやがって、エセ商人が!」


 クレイが速攻で剣を振りかぶる。

 緑の粒子がキラリと光って――輝線がまっすぐキームに向かって行く。

 クレイの魔法は、初見で回避することが難しい。それほどに速く、鋭い。


 キームも、例外ではないはずだった。

 緑の輝線が――キームの右腕の中心を通り過ぎる。


「命の取り合いだからな、本気で飛ばしたぜ」


 ぼとっ――とキームの身体の一部であったはずの右腕が地に落ちた。


 ――命の取り合いであるなら、先手必勝。

 それがクレイの信念であった。


「首を飛ばさなかったのは、まだアンタに聞きたいことがあったからだ」

「…………」

「なんでルクティーに固執する。アイツに何するつもりだ」

「……ククク」


 キームの切断面からボトボトとなだれ出る血液が、地に吸われていく。


「あなた方には関係のないこと。そこを退いてください」

「……質問を変える。ルクティーに呪法をかけたのは……アンタか?」

「だとしたら、どうなのです?」


 質問したキームに対して、今度はルフナが会話を引き継いだ。


「簡単なことだ。貴方のことを殺せなくなる」

「ククク。さぁて……どうでしょうねぇ!」


 クレイとルフナを嘲笑うように、下卑た笑い声を上げるキーム。対する二人の表情も、自ずと厳しくなる。


「なるほど。ここでも命を賭けたルクティー争奪戦が始まるというわけか」

「始まるか。集中しろクソ王子」


 軽口を叩くルフナだが、その表情は決して変わらなかった。

 同じく腕を落とされたキームも様子は変わらず、歩みも止めない。


「二対一だぞ。片腕でおれたち二人を相手にするのか」


 クレイがぼやくと同時に、キームの切断面から大量の血液が噴き出し――そして、ぶりゅんっ――と内臓を押し潰したような痛ましい音と共に、もう一本の腕が這い出た。


 その異形な光景に、クレイとルフナも動きを止める。


「バケモノか、こいつ……!!」

「我々の理知を超えているのは確かだな」

「ハハハ。いやお恥ずかしい。“諸事情で”このような姿になってしまいまして」


 新しく生えた真っ白い腕には、禍々しい幾何学模様の刺青が刻まれていた。

 魔法や呪法に何かしらの関係があるのかもしれない……。ルフナはそう考察した。


「人でないのなら……オレの魔法も思う存分使える」

「ハァ!? てめ、おれとやったときも本気だったじゃねえか!」

「そんなわけないだろ。人に対して最大火力をぶつけたら骨しか残らん。そんなことできるわけないだろう。善良な王子であるこのオレが」

「善良な王子が人のこと爆発させるか?」

「アレはルクティーたちの治療が前提で、中程度の火傷になるくらいに火力調節してる。いいか? 懇切丁寧な手加減の上で、今のキミが立っているわけだ。ルクティーの聖法とオレの慈悲に感謝してほしいくらいだ」

「てめぇ! またクソ腹立つこと言ってんな! それならおれもまだ本当の必殺技ってのがあってだな――」


 言い合いが始まった二人を、ポカンとした顔で見てくるキーム。


「……結構驚かれるんですけどね。もしや、見慣れてます?」

「「いや」」

 二人の言葉が重なった。


「おれは、昔から不可思議な出来事の数々をニルギムに教わってたからな」

「オレは、何があっても動揺しないようにしているだけだ」


「……腕一本でここを通して頂くというわけには」

「「――それはない」」

「ククク」


 黙り込んだキームが、手のひらを翳す。

 構えるクレイとルフナ。


「どうしました? 来ないのですか? 怖いですか?」

「「…………」」


 魔法使い同士の戦闘において、相手の魔法がどのようなものかわからない――というのは、かなりのリスクをはらんではいる。

 本来であれば、うかつに攻撃することもできない。


 だが――。

 クレイはそう思わない。

 何故なら、自分の魔法は距離を取りつつ攻撃できるからだ。


 クレイが緑の輝線を放つ――。それぞれバラバラの軌道で、その数……四つ。


 一方のルフナは、短剣に魔力を集中していた。黒煙が立ち上り、辺りの温度が急上昇。ルフナの皮膚からも汗が滲む。


「炎への性質変化……ですか。驚異的だ」

「おい。そんなお喋りしてていいのか」


 クレイが言葉にしたとき、先ほどの四つの輝線がキームに襲いかかる。

 キームは触媒を手にすることもなく、輝線を一つ、二つ――と軽快に避けていく。


「一度見てしまえば、躱すのも難しくはないですね」

「そうかよ」


 しかし――残りの二つの輝線は、通常の魔力出力ではなかった。

 ルフナとの決闘の際にも利用した、魔力の形状を限りなく薄く、鋭くすることで、切れ味を向上させた上に、相手から見えづらくすることができる。

 攻撃軌道が見にくい上に、その軌道は直線ではなく、途中でやんわりと曲がる。


 故に――慣れたあとでも――当たる。


 三つ目の輝線でキームの左足を切断し、四つ目の輝線で右足を切断する。

 まるでかまいたちのようながんじがらめの技を受けて、キームはその場に倒れ込む。

 両腕のみで地を這って、キームは二人を見上げた。


「ククク」

「……ルクティーには見せられねえな」

「……同感だ」


 キームの目前には、最大火力まで高まったルフナの輝く炎が燃えさかっている。


「こいつを思い切り浴びせてやりたいところだが……呪法のことを考えると、そういうわけにもいかない」


 ルフナは、冷め切った瞳で轟々と燃えたぎる炎の渦をキームに差し向けた。


「これから貴方の身体の切断面を灼いて、強引に傷口を塞ぐ」

「ほう……それは、想像を絶する地獄だ。貴方たちの良心が痛むでしょうなぁ」

「その刺青は何かしらの魔法術式だろう。切り離したまま、封印させてもらう」

「ほぉ……良い見立てです」

「…………」


 キームは、脅しにもまるで心が動いていない。それがルフナの信念を揺らがせた。


 ――攻撃、すべきではないのかもしれない。


 もしや、ダメージを負うことが条件の呪法……? 刺青の状態を崩すことで、何かしらの攻撃が発動する?

 しかしクレイの攻撃で、何かが起きた気配はない。……考えすぎか? しかし、長時間入れ墨の状態を切り離すことで条件を満たす可能性は大いにあり得る。


 今はまだルクティーに呪法をかけた犯人が特定できていない。だから殺せない。


 ――故に。今取るべき行動は……。


「ククク。悩んでますねえ……見える、見えますよ。貴方の良心が」

「…………クレイ」

「なんだ」

「走るぞ。すぐにルクティーの元へ」

「あ? こいつどーすんだよ」

「捨て置く。オレたちは時間稼ぎができればそれで良かったハズだろ。守るべきはルクティーだ。こいつを再起不能にすることじゃない」

「……わかった」

「……ククク」


 見たところ、さきほどの瞬間的な再生速度より大分遅い。二カ所以上の負傷だからか、それとも下半身だからなのか……わからないがこれは好機――!

 今クレイと全力で走れば、ルクティーには追いつける。ルフナはそう結論づけた。


 二人は瞬時にそこを去り、ルクティーの元へと急ぐ。


「……本当に良かったのか? アイツ、きっとまたルクティーを狙ってくるぜ」

「かまわないさ。何度でも迎撃してやる。それに……」


 ルフナは笑みを浮かべながら、言った。


「オレたちは殺し屋じゃない。ルクティーの騎士ナイトだろう」

「そうだな……って一緒にすんな!」

「少なくとも、オレは同じような想いだよ」

「なんだよ……それ」


 同じ想い人を持つ好敵手ライバル――。

 ルフナにとって、クレイは始めての存在だった。

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