26話 秘密基地
キームさんを看病するジレッド先生を遺跡に残し、わたしたちは三人でシンクさんを探すことになった。
「まさかシンクさんがな……」
クレイはショックだったようで、肩を落としている。
わたしとクレイは、何だかんだ、小さいころからあの人のお世話になっているから……。顔は、怖いけど。
「オレは納得したがね。あの男は狡猾で、何を考えているのかわからない。盗賊団を雇ったのがあの男だと聞いたとき、点と点が繋がった感じはあったよ」
「……うん。でも、まだわからない。だから実際に会って、お話をしなくちゃ」
「そうは言ってもよ……どの辺りを探すつもりなんだよ」
投げやりに質問してくるクレイ。それについては、わたしの考えがあった。
「だいじょうぶ。二人は、わたしのことをサポートしてくれればいいから」
「……んだよ、またお前の行き当たりばったり戦法か?」
「オレはどんなものでも構わないよ。ルクティーの為に、動こう」
「えっとね――」
わたしは、二人の耳元にコソコソとナイショ話をした。
「……それ、本気で言ってんのか? なんでお前にんなことが――」
「……フフ。ルクティーの息がオレの耳元にかかった。それだけはわかる」
「お前マジで最高に気持ち悪いからな? それだけは自覚しろよ?」
「頼んだよ、ふたりとも!」
二人の背中を叩いて、わたしは目指すべき場所に駆け出していく。
* * *
二人と別れ、わたしはとある想い出の場所に向かっていた。
幼少期、お忍びで城下町で遊び、お城に帰る夕暮れどきの帰り道で、良く訪れた場所。
プリスウェールド城へ続く大橋の下の峡谷。
お城に帰りたくなくて駄々をこねたわたしを、彼はイヤな顔一つせずに、この場所に連れて来てくれた。
冒険者に憧れ、秘境や魔境なんかに大きな憧れを持つ子供の要望を満たすためだけに。
そして、色々なお話をしてくれた。
かつて父様とどういった冒険してきたのか。
暗くなり始める空を眺めながら――二人で良く語り合った。
わたしが冒険者時代の父様を尊敬しているのは、シンクさんの影響が大きい。彼が居なければ、わたしは父様のことをただのプリスウェールドの王様としか思っていないだろう。
大きくなって、冒険者活動のほうが楽しくなってしまってからは、来ることもめっきり少なくなっちゃったけど。
「……懐かしいな」
開けた峡谷に繋がる洞窟を抜けて、眩しい光と――新鮮な空気が肺に入り込んでくる。
見慣れた美しい湖を目下にしながら、全く変わっていない景色を眺める。
大橋に隠れる形で存在する峡谷の崖――わたしとシンクさんだけの“秘密基地”に、わたしは居た。
なんだか……この場所も小さくなったような気さえする。
……違うよね。わたしが、大きくなったんだ。
「……やっぱり」
「…………ルクティー様」
昔そうしていたように、城と大橋が一番格好良く見える場所で、シンクさんは直立していた。変わらず、城に忠誠を誓っているシンクさんらしい趣味だった。
シンクさんの横に並ぶ。不思議な感じだ。
あのときのわたしは小さな子供だったのに、シンクさんは大人のまんまで。わたしだけが大きくなっている。
「ここに居ると思ってたけど、まさかホントに当たるなんて。もしかしてわたし、冒険者としての素質ある?」
「……隠す気すら、なくなったのですか?」
「どうせわかってたでしょ? シンクさんにはいつもバレバレだもん」
「……ふふ」
シンクさんが、ぎこちない笑みを浮かべる。
「……懐かしいね。こうやって、ここで二人でお話しするの」
「そう、ですね……」
「……良く来るの?」
「……ええ。たまに。ルクティー様が……来ることはもうないと思っていました」
「えぇーなにそれ。来て欲しかったってこと?」
シンクさんは得に表情を変えるでもなく、「いえ……それでいいのです」とだけ言った。
なんとなく、口元が緩んでいる気がした。
シンクさんがこの場所に居るってことは、わたしと話をしたいと思っているということだ。だってわたししか、この場所を知らないんだから。
だから、わたしのことを――待っていた。
チラリとシンクさんの姿を確認する。シンクさんは腹部に怪我をしていた。
「その怪我、どうしたの?」
「……これは」
シンクさんが脇を抱えながら、黙り込む。
ある程度の処置はしているようで、得に心配はなさそうだった。
「言えないんだ。どうして?」
「…………」
「シンクさん、キームさんに危害を加えた逃亡者ってことになってるよ。父様は……知ってるの?」
「……知らないはずです。ですが、私は王に合わせる顔がない」
「わたしを攫う指示を出したから? ルフナが盗賊だってことも知ってたの?」
「……ルフナ殿が盗賊であることは、婚姻の儀におけるルクティー様の反応から気がかりで……調査した結果判明しました。あなたが遠征に付いてくることはわかっていたので、盗賊団を利用し、お城に戻っていただこうかと思っていました。……結果、ルフナ殿には邪魔されましたがね」
面白くない、といった様子が声に出つつも、つらつら語るシンクさん。
「わたしを攫って、プリスウェールドへの謀反とか、企んでないよね?」
「……? そのようなことはありえませんが」
怖い顔に反した間の抜けた表情で、シンクさんは反応した。
「だよね。シンクさんは。絶対に……そんなことしない」
若い頃から父様に忠誠を誓っているシンクさんが、そんなことをするはずがない。
これだけ心の優しくて、悪意ある嘘をつけない人を、わたしは知らない。
誤解している人も多いけれど、彼はどこまでも善人だ。お節介気味ではあるけれど。
――シンクさんは“シロ”だ。
「……口べただよね。本当に」
「……?」
ぎゅっと拳を握り、わたしは意を決した。
「シンクさん、わたしね――」
「――――呪法被害にかかっちゃったみたい」
シンクさんの表情が、固まる。
それと同時に、わたしは“確信”を得る。
残日数は減らなかった。
――“クロ”。確定だ。
「……シンクさんだね。わたしに呪法をかけた術者は」
シンクさんの表情は、喜んでいるようにも、困っているようにも見えた。
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