39−2 過去
討伐に行ったマルスランの行方がわからなくなった。
誰もマルスランを見ていない。指揮する者がいなくなっただけでなく、マルスランを探す必要があり、討伐どころではなくなった。暗殺なのか、自ら逃げたのか、彼はマルスランの側で戦っていたのに、その姿を見ることができず、魔物にやられた傷を負ったまま城へ帰ってきた。
しかし、
『公開処刑? どうしてそんな!』
『王太子をお守りしなかった罰だと。どれだけの者を処罰する気だ』
母親は泣いていた。父親も涙を堪えていた。
王は絶叫するように言うのだ。マルスランに恨みがあるのか、憎むことがあるのか。お前たちのせいだ。マルスランの側にいながら、マルスランの姿を見失うなど。
『役立たずどもが、万死に値する!』
王の合図と共に、討伐に関わった多くの者たちが一斉に壁にぶら下がった。その異様な情景に、見ていた者たちから悲鳴が上がった。
マルスランに盲目なのは構わない。けれど、偏った思考が国を狂わせるだろう。
今ならわかる。
愚かな王を、すぐに引き摺り落とさなければならない。
どうしてこんなことに。母親は嘆き、父親は後悔した。もっと早く、王を下ろしていればと。
あの王はダメだ。早く王太子に王になってもらわなければ。口癖のように言っていた父親の言葉は、それきり聞かなくなった。
この国は荒れる。唯一の希望がいなくなったのだから。
十年。十年だ。多くの者たちがあの王の元で耐えてきた。
エダンの剣が魔物の胸をつらぬく。前衛が取りこぼした魔物を、後衛であるエダンたちが仕留めた。
「思った以上に多いな。あまり踏み込みすぎるな」
勇んで進みすぎな気がする。山際になると途端に魔物の強さが変わるのだから、ある程度まで行き、待機して倒す方が安全だ。
メッツァラたちの布陣から離れすぎるのも不安だった。戦いに夢中になって奥へ入りすぎないように指示をする。
地面に倒れている魔物の死体を横目にして、エダンは剣を握り直した。本当に魔物が多い。
(アンリエットは無事だろうか)
このまま何も起きないということはないだろう。アンリエットが関わることがなければ良いが。
(山を囲むように近付けば、アンリエットたちの部隊に重なるかもしれない)
もう薄汚れて色もあせてきているリボンを見て、唇を噛む。自分で捨てておきながら、新しいリボンが手に入らないことを後悔している。背中を預け、守る相手が近くにいないのは、自分のせいだ。
スファルツ王国よりクライエン王国の方が魔物は少ない。それだけが救いか。
開いた場所に辿り着けば、セシーリアのいるテントが眺められた。思ったより登ってきていたようだ。テントを守る者たちに慌てる様子はない。魔物は来ていないのだろう。
魔物の波は大小で、時折パタリと現れなくなる。重症者はいないが怪我人がいるため、その間に手当てをさせた。
休める時に休ませていれば、またも魔物の波がやってくる。
「群れで移動しているのか?」
同じ種類の魔物が目端を通っていく。逃げられないように追いかけて仕留めれば、別の魔物が逃げるようにエダンの側を横切っていく。
(何か、違和感が)
向かってくる魔物以外が、人と人の隙間を通るように走ってくる。人間に見向きもせずに、一目散に逃げていくようだった。
(セシーリアのブローチに反応しているのか?)
セシーリアのいるテントからは離れている。近い場所にいるわけではない。それなりの距離があるのにブローチが魔物を呼び寄せるならば、先ほど待機していたテントにも魔物がやってくるはずだ。しかし、その様子はなかった。
魔物が横を通り過ぎようとする。それを通さないように剣で切り付ければ、今気付いたかのようにエダンに前足を上げて向かってきた。だが、少し離れると目もくれず走り出す。エダンなど相手にしていられないと言わんばかりに。
まるで、一点から離れていくような。
「うわっ!」
前で戦っていた騎士が大声を上げた。白い何かが木々の隙間を飛び去った。
「なんだ、あれは?」
白い鳥? 飛ぶ速さが尋常ではなかった。一体何が。そう考えている間に、ドオオン、と木々が倒れていく音が森にこだました。
メッツァラ家領地の方角からセシーリアのいるテントに向かって、魔物が木々を薙ぎ倒しながら進んでいる。木々が倒れる音がし、鳥たちが羽ばたいて逃げていくのが見えた。
「王女のおられる方向です!」
ブローチで呼び込んだのか? 見たことのない魔物で、進みは遅いが、木々を分けていくため、テントの方向へ木々が倒されていく。テント周辺を守っていた者たちが右往左往して散らばっていく。
「何をしているんだ? なぜ攻撃をしない? 何で逃げているんだ!?」
見ていた皆が思ったことを誰かが呟いた。テントがもうすぐ近い。
(届くか!?)
エダンは魔物に向けて光の魔法を放出した。それが魔物の足元に届いて、片足を上げてバランスを崩した。倒れただけで木々が薙ぎ倒される。しかしそこを攻撃しようとする者がいない。
エダンが命じた王宮の騎士や魔法使いたちが集まって、やっと反撃をしはじめた。テントより離れていたのだろう。急いで反撃するが、メッツァラの騎士や魔法使いたちの姿が見えない。先ほど皆逃げていったのか?
「王女を殺す気か?」
メッツァラは何を考えているのか。そんなことをすれば、自分の首が飛ぶのに。
それとも、王女が偽者である証拠でも出すのか?
王宮の者たちの攻撃途中、テントからセシーリアが出ていくのが見えた。魔物から逃げるように走っていく。
「何をしているんだ。王女様お一人で逃げていくぞ!?」
攻撃が効きにくいのか、魔物はのろのろと歩みテントまでやってきて、それを足で踏み付けた。そしてセシーリアを追うように進んでいく。
「お前たちはここで計画通り討伐を進めろ!」
「ベルリオーズ様!?」
魔法が効いていない。魔物は木を持ち上げると、後ろから攻撃する者たちへそれを振り投げた。バラバラと散らばって逃げる者たち。木々が倒れていて、思うように移動ができていない。魔物は彼らをたかるハエのように追っ払い、セシーリアの後を追った。
木々の隙間にセシーリアが見える。周囲には誰もおらず、一人走って逃げている。その後を、魔物がゆっくりと足を進める。
エダンは馬を走らせた。セシーリアが進む方向は、クライエン王国だ。そちらにはアンリエットが陣をとっている。
「アンリエットに影響が、」
アンリエットの方向へ逃げて、セシーリアが死ねば、王はアンリエットを糾弾するだろう。
そんなことはさせない。
「アンリエット!」




