4−2 ヴィクトル
「対処は必要か?」
「今のところ、妹が行っていた仕事は城の者が手分けして行っているようです。王は関わっておらず、その孫娘もまたマナーから家庭教師をつけなければならないレベルだとか。ですので、しばらくは混乱するでしょう。合同魔物討伐などは行えるかどうか」
「それは面倒だな。それにしても、その孫娘は平民のように暮らしていたのか?」
「そのようです。父親が王太子であることも知らず、形見のブローチでその素性がわかったとか」
「そんな物で娘だと決定付けたのか?」
「あの王ですからね」
シメオンはうんざりしたような声を出した。不機嫌を顔に出すのは珍しい。シメオンは常に真面目で笑顔以外は真剣な面持ちをするだけだ。だから女性の人気が高いのだろう。激昂したり、大声を出したりすることがない。それなのに、実の祖父に対して、大概な態度だった。
(まあ、気持ちはわからんでもないがな)
「本物の王太子の娘が帰ってきたというだけで、今まで王太子の代理をしていた者を他国へ追い出すという神経を疑うが」
どこまで王太子の仕事を肩代わりしていたか知らないが、ヴィクトルが王であれば、王太子代理を他国に脱出させる真似など、絶対にしないだろう。国の重要事項を見ているかもしれない。そんな者を放つなど、王の気が知れない。
「ひどい話ですよ。無理に連れて行って後継者としていたのに、伯父の娘が現れた途端、追い返すだなんて。あの子には婚約者もいたのに、その婚約者も止めもしなかったとか。母も父親である王に憤りを隠せないほどで、呪いをかけんばかりの勢いです。昔から何も変わっていないそうですが、そこまで直系にこだわるのは、王国の呪いだと」
「精霊の力を得たという話か」
「おとぎ話ですよ」
スファルツ王国には古い伝承がある。その昔、魔物討伐に行った男が、精霊に助けられるというものだ。その男は助けてくれた精霊と結婚し、子供を授かる。直系には精霊の力が伝わって、その者が王となり、国が栄えることになった。そんなおとぎ話。
それを盲目的に信じているのが、現スファルツ王である。その息子であるマルスランは精霊の力を持つがごとく強力な魔法を扱い、魔物討伐には多大なる力を発揮した。行方不明となった討伐では前線には立たなかったが、そんな噂が流れるほど魔法に秀でていたのだ。
そして人格者で頭脳明晰。剣の腕もある。スファルツ王はマルスランがいれば国は安泰だと喜んだ。
「王が無能だと、王太子も苦労しただろうな」
「同感です。母も王が伯父をひいきするのを羨みながら、伯父に大そう懐いていたそうです。あの祖父が父では、嫌がるのもわかりますね」
シメオンは辛口だ。
「僕としては、かわいい妹が帰ってきてくれただけで嬉しいですがね。八年ほど会っていなくて、ずいぶん変わってしまいましたけれど。あんなに天真爛漫だった子が、落ち着いたレディになっていました。その上、魔法の腕まで」
「魔法?」
「いえ、なんでもありません」
シメオンは口を閉じて切れた前髪に触れる。
「妹にやられたのか」
シメオンはとぼけるように横目で視線を逸らす。王宮騎士団の副団長であっても、魔法は得意な者が多い。魔法部隊に比べてもそれなりの力があった。その副団長相手に、前髪を切り落とすほどの魔法を放つとは。
「誤解しないでください。避けた炎が前髪を焦がしたので、妹に切ってもらったんです」
「それでそのままにしているのか? ブラコンも大概だな」
「いいんですよ。妹が切ってくれたのですから」
それは相当なブラコンだ。ヴィクトルは呆れ顔をしたが、シメオンは気にしていないと前髪に触れた。
まるで子供の兄妹のような話に、心情を察した。シメオンの中では妹は八歳で止まっているのだろう。八年会っていないとはいえ、離れ離れになったのは十年前だ。
「妹はどうしているんだ? 社交には早めに出た方がいいのだろう?」
「母が茶会を厳選しています。ただ、しばらくは休んでゆっくりしていてほしいのですが、妹からすると暇なようです。家の仕事を全て奪う勢いで手伝ってくれているのですが、それでも物足りないそうで。城での扱いがわかるものですよ。一体あの国でどれだけ働いていたのかと」
役に立たない王の代わりを行っていたのならば、かなりの割合で政治に関わっていたことになる。
王妃も亡くなっているのだから、城全体を管理していたのかもしれない。
「よくそんなことをやらせていたな」
「一時もじっとしていないのですから、長い間そんな習慣で働いていたのでしょう。ただ、本人は茶会よりも仕事をしたいというのが、もう」
シメオンは肩を落とす。長年の重責に慣れすぎて、茶会より机仕事の方が楽というのもなんともはやな話だ。
「ならば、城で働いてみるか? 妹が良ければだが、ここで書類仕事を手伝うというのはどうだ?」
「お断りしたいです」
「なぜだ? そこまでこき使わない、と思うぞ」
書類を見回して、一応と付け足しておく。さすがの若い女性を書類漬けにして監禁はしない。はずだ。
しかし、シメオンは顔色を曇らせる。
「殿下が妹に惚れたら困るので」
「逆じゃないのか?」
「よく言いますね。それに妹は傷心ですし、あり得ないかと」
「はっきり言ってくれるな。ならば問題ないだろう?」
「うちの妹は天使ですから。殿下のような方に付きまとわれても困りますし」
「おい……。そんな言い訳はいいから、この書類を片付けられる人を連れてきてくれ」
本音が出て、シメオンが目を眇めた。聞いておきます。と一言言って部屋を出ていく。
過保護だな。と言いたいところだが、環境を考えるに過保護になって当然だった。一番大切な時期を奪われたのも同然なのだから、将来への心配も強いのだろう。これから茶会などに顔を出さなければならないが、社交界で何を言われるかわからない。事実を知らない者たちの噂など、想像しないでもわかる。悪い方向にでしか口に上らない。
ならば、城で働きその能力をはっきりさせた方が良いと思うが。
「アンリエット・デラフォアか」
ヴィクトルも王太子の代理であるアンリエットの噂は何度か耳にしたことがある。
今まで魔法部隊は貴族に限っていたが、平民の魔法部隊を作り、地方に備えた。魔物が出る場所など片田舎ばかりだ。苦しんでいる民を領主が守らないこともある。魔法部隊を作り、魔物に怯えていた民を守ったのが平民で、貴族の顔に泥を塗ったなどと噂されたが、地方貴族は感謝しただろう。都に助けを求めても、タイミングによっては犠牲が多くなるからだ。
スファルツ王国の王は地方の声に耳をかさない。それにあぐらをかいた都の貴族は地方を助けない。地方のために魔法使いを育成し、平民と地方貴族を協力させた王太子代理。王とどちらが支持を受けるか、考えないでもわかる。
平民の魔法部隊が謀反などを起こす可能性もあるが、育成は王太子代理の手下にあったため、危険思想を持つ者は排除し称号を与えていない。それは明確に記されており、その素行によっては魔法を封じられることもある。規律に厳格であること。それを徹底した。
そのための線引きで、三年の間は郷里で働けないことが含まれた。選民思想を植え付けないためだ。最初は王太子代理の手の元で育て、それから地方に帰される。徹底しているのは、王太子代理が地方に何度も顔を出すこと。そして、彼らの意見を聞くこと。そんな身近な王太子代理に憧れを抱くのは当たり前。
人心掌握を心がけていたのは、王や王の取り巻きに邪魔をされないためだろう。魔法使いたちが地元に戻ってからも、年に一度は会合があり、その話に耳を傾ける王太子代理が来てくれる。王族の鏡だ。
その王太子代理を、王は追い払った。王太子の娘が見つかったと言って。それを知って、民はなにを思うだろうか。




