39 過去
「私が戦えるわけがないというのに。一体全体、どうして私を呼ばれたのか」
メッツァラは青白い顔をしながら、エダンたちが待機するテントまでやってきた。急いで呼びに行かせたが、思ったより早くやってきた。討伐は始まっていて、まごまごしている暇はないが、セシーリアの命令だ。
「王女様の信頼があるのでしょう。よく王女様の面会を願っていたのですし」
エダンの返しにメッツァラは口を閉じる。
あれから、セシーリアに部屋から追い出されてから、メッツァラはセシーリアへ面会を求めたりしていない。何かしら意見を求めて、意見が割れたのだろう。
「王女様は、郷里の者のように思っているのではないでしょうか」
「私が守れるわけではないのですがねえ」
メッツァラは口髭をなでて、横目でセシーリアを見やる。テントの奥でお茶をしていて、討伐で指揮する気は全く見られない。もう戦いは始まっており、ここからそう遠くない場所でも戦闘は起きている。時折、低いいななきのような魔物の咆哮がとどろいて、メッツァラがびくりと肩を上げた。魔物と対峙したことがないのだろう。それでよくここまで来たなと逆に感心する。言い訳を並べて、来ることはないと想定していたのに。
「王女様が、メッツァラ様がいれば良いとおっしゃったのです。メッツァラ様には王女様の警護はお任せします。私は戦いに入りますので」
「領地を守らなければなりませんから、そちらに移動したのですがな」
「あら、いいじゃない。ここからメッツァラの土地はすぐなんだから」
話は聞こえていたと、セシーリアが立ち上がる。先ほどまで怯えるように拒否を口にしていたのに、今では余裕の笑みを見せる。
(何を企んでいるのか)
セシーリアは、一度メッツァラの部下たちの警護に怯えたのに、その考えをすぐに変えた。しかし、すぐに思い直したのか、メッツァラがいればいいと言う。メッツァラに何かをする気だということは想像がつく。
「ここから領地の境にも近いのですから、問題ないでしょう。くれぐれも、王女様をお願いいたします」
「ふふ。よろしくね」
一方的に押し切って、エダンは戦いに出るからとそのテントを後にする。
(渋った割に、あっさりと引き受けたな)
十年前、メッツァラは討伐を避けていた。領地は自分で守るとして、討伐に参加しなかったのだ。マルスランが魔物を呼び寄せるブローチを持っていると知っていたからに違いない。
だが、今回、メッツァラの部下は討伐に参加する。
メッツァラの動きから、婚約破棄をしても城での立場が変わらない邪魔なエダンを殺そうとしているのかと考えていた。それは王女への攻撃でも同じだ。王女に何かあれば、エダンは死刑になるだろう。十年前の討伐に関わった者たちのように。
しかし、セシーリアがメッツァラを指名した。エダンは戦いに出て、メッツァラに守りを任せると言うのだから、エダンはここでお役御免となる。王女に何かあれば、メッツァラが罰を受けるのだ。
その割に、嫌々ながらも頷いて、王女の警護を約束した。
(何をする気だ?)
セシーリアが大切に持っている石について、メッツァラは知っているだろう。だからセシーリアはメッツァラを口封じで殺す気なのかもしれない。魔物のせいにして殺す。いい機会だ。仲間たちを殺そうとしたセシーリアらしく。
しかし、セシーリアを守ることは、メッツァラが拒否を示すと思っていた。
メッツァラがエダンを殺し、魔物から王女を助けたとすれば、王はメッツァラを信用するだろう。エダンの代わりに後ろ盾となるように言うかもしれない。エダンの代わりは今のところ務まる者はいないが、王にとってそれは重要ではない。エダンが行っていたことは、誰にでもできると思っているのだから。
マルスランが行っていたことはマルスランの娘にしかできないが、エダンが行っていたことはエダン以外の誰でも行えるのだ。王の頭はそうやってわけている。
もしメッツァラが王女を死なせてしまえば、メッツァラには死しかない。守るふりをしてエダンを殺すものだと考えていたのに。
エダンは騎士や魔法使いたちに目配せし、配置を行わせる。
「目を離すな。魔物が集まってくるだろうから、危険を感じたらすぐに合図を。もしもの場合は退避して構わない」
「承知しました」
本来ならば、部隊を分けたりしたくないが、セシーリアとメッツァラが何を犯すかわからない。監視は必要で、逐一報告をさせなければならない。
討伐を行いながら、面倒でしかない。舌打ちをしながら、エダンは剣を手にした。
「後方支援に入る。無理だけはするな。危険を感じたらすぐに後退しろ。今回の討伐は殲滅ではない。魔物の広がりを抑えるためだ。行くぞ!」
エダンの号令で、騎士たちが馬の腹を蹴る。魔法使いたちも次に続く。戦いは長く続くかもしれないし、短時間で終わるかもしれない。無理は禁物だ。
木々の隙間から、前衛の攻撃を逃れた魔物が飛び出してくる。エダンは剣を振りながら魔法を繰り出した。
十年前、この場所で戦いが行われた。マルスランが行方不明になった場所は、もう少し先だ。
普段ならば入り込まないような、山の奥。マルスランが行方不明になり、指示系統が壊れた部隊は、大きく混乱した。
『エダン様。土産話を楽しみにしていてください』
彼もここで戦った。
母親の頼みで、エダンに剣と魔法を教えた、師とも言える男。
母の従弟で、次男だから家は継ぐことはできないため、騎士を選んだ。
『私は次男ですから、尊敬する方のお側で、お力になりたいのです』
いつも笑顔で、人好きのする笑みを見せていた。
顔に似合わない、剣の腕。子供の頃は一度も剣を当てることはできなかった。笑顔なくせに、容赦がない。アカデミーを早期に卒業後も、剣や魔法の相手をしてもらったが、それでもほとんど当たらなかった。かすった程度で褒められて、悔しさに恨みを持ちそうになったほどだ。
何より笑顔が腹立たしい。笑いながら、まだまだですね。などと言われた日には、鍛錬所を壊す勢いで魔法を使った。敵わない師。けれど彼よりもさらに強い者がいる。マルスラン王太子殿下。彼が尊敬してやまない人。
憧れの目をして、マルスランを見つめた姿を、後ろで見ていた。王のようにマルスランを称えていたが、これだけは間違えるなと、真面目な顔をして言った。
『盲目なのは構いません。けれど、偏った思考は国を狂わせるでしょう。私は、王太子殿下ができるだけ早く王になるよう、お手伝いしたいのです』
王はマルスランの功績を表彰し、褒美を与えた。討伐による成果だとか、医療に貢献しただとか、多くのことに結果を出したとかなんとか。息子自慢をしたがって他国の王族たちも呼んだ大きなパーティを開き、派手に讃えた。そのパーティにはマルスランの妹も出席していた。アンリエットとシメオンも参加が許されて、エダンも同じようにその場にいた。
王はマルスランを褒め讃える。他の王族たちと話してもマルスランを自慢げに話す。親バカがすぎるとエダンですら思ったほどだ。
その様子を、同じように眇めた目で見ていた男がいた。彼だ。いつもの笑顔は消えて、王とマルスランをまっすぐに見つめていた。
だから後で問うたのだ。なぜあんなふうに見ていたのか。
『妹君が参加していたのはご存知でしたか? その夫君も、お孫様もいらっしゃっていました。ですが一度もお声をかけられず、視界にすら入れなかったのです。お気付きでしたか?』
言われてそうかもしれないと思い出す。父親にマルスランの妹がいることを知らされたが、特に気にならなかったが、男はずっと気になっていたという。
『他人の威を借りて、威張るような者にはなってはいけませんよ』
エダンは当然だと思うと答えた。だが、彼は言うのだ。
『それに気付かない者もおります。他人の功績を我が物とも思ってはいけません。それは、とても愚かしいことです』
エダンはその頃には分別はついていた。王のことを言っていることはわかっていた。ただ、そこまで深く理解していなかった。
あの事件が起きるまでは。




