22 視察
「あちらの、山の頂上付近に魔物の増加が見られます。地図はこちらに」
エダンは地図に示された場所と、遠目に見える山の頂、木がぽつんと一本離れて立っている場所を見上げた。今いる場所からさほど距離はなく、パルシネン家領地にある村から思ったより近い場所まで出没するのがわかる。あの場所が民に一番近いとされている魔物の出没場所だ。
「爆発的に増加したというわけではありません。ですがこの兆候は十年前と同じですので、それを鑑みればおそらく一月のうちには突然溢れるように魔物が現れるでしょう」
パルメシアン家領地を守る騎士団団長は、十年前もそうだったのだとエダンに説明をした。
マルスラン王太子が指揮をした時、騎士団長はまだ一介の騎士だったが、よく覚えていると言う。
マルスランが行方不明になり、パルシネン家も罰せられそうになったが、この領地を欲しがる貴族がいなかったため大きな罰は受けていない。そのため、討伐に加わった数少ない生き残りである。
「クライエン王国にも魔物が増えてきたという話は聞いています。共同で討伐の計画ですが、あちらもそろそろその話し合いをした方が良いのではないかということでした」
「その必要があれば、すぐに通達を出す。それと、今回は王が関わる予定はないから、普段通りの討伐と考えていい」
「そうですか」
騎士団長は安堵の顔を見せる。前回多くの者たちが罰せられたので、今回の討伐に不安を感じていたことだろう。今回はマルスランがいないのだから、王が興味を持つこともない。うるさく言ってくる王がいなければ、余計なことに気を回さなくて済む。
そして、今回は魔法使いを多く使える。アンリエットが組織を作ったおかげで、前回よりは戦いやすくなるだろう。直接魔物と退治せず、遠目から追いやる方法も考えられていた。
久しぶりにセシーリアと離れて仕事ができるだけで、気分がいい。討伐も楽に行えそうな気分だ。
(王女に執務を押し付けたが、数日でどれだけの仕事が停滞するだろうか)
後でその仕事をすべて行うのは億劫だが、無能さは関わる者たちに伝わるだろう。すでに城の中でセシーリアに対する信用度は落ちてきている。サボり癖があり、適当にあしらってばかり。その上王へ媚びて、贅沢の限りを尽くしているからだ。
これでは王が二人いるようだった。嫌悪されて当然だ。
「ベルリオーズ様!」
次の場所にまわろうとした時、声が届いた。平民の魔法使いだ。すでに危険を感じて村で待機しているのだろう。数人がエダンの近くに走り寄って、すぐに首を垂れた。
「お久しぶりです」
「かわりないか」
「はい。僕たちは近くの村を守るように命じられています。ベルリオーズ様がいらっしゃると聞いて、居ても立っても居られなくて」
それはおそらく、アンリエットのことを聞きたいからだろう。エダンの他に姿がないのを見て、肩を落とす者がいる。若い魔法使いたちだ。
アンリエットに懐く野良犬のような存在。主人がいなくて尻尾も振れないか。
この野良犬たちは主人に命じられ、今や番犬と化した。アンリエットの功績だ。このことを理解できる王であれば、アンリエットを手放そうなどと思わなかっただろう。
「ベルリオーズ様! お探ししました!」
今度は馬に乗った騎士がやってきた。そして周囲がざわめいた。馬に乗った騎士たちがこちらに向かってくる。その中に、騎士とは違うドレス姿の女性がいた。
「エダン様! こちらにいらしたのですね。会いたかったです!」
乗っていた馬から飛び降りそうになるのを、後ろの騎士が押さえて、慌てて馬を止めてセシーリアを下ろす。セシーリアは騎士に詫びもせずにエダンに走り寄ってきた。
どうして、この女がここに。
騎士と共にやってきたマーサを睨み付ければ、マーサは申し訳なさそうに瞼を下ろした。
「王女様、なぜこちらに。王からこの地には近付かぬよう言われていたはずですが」
「来ちゃいました。エダン様に会いたくて」
そう言って、セシーリアはエダンの腕に自分のそれを絡め、もたれてくる。それをすぐに振り払いたい気持ちでいっぱいになったが、拳を握ることで我慢する。
なぜここに来ることになったのか。王を脅しておいたのだから、王からの命令で来たわけではない。王に秘密にして来たのならば、面倒この上ない。
気安く触れるこの女に、怒りしかわかない。
(本当に、うんざりする。アンリエットであれば、)
アンリエットと比べるだけ無駄だ。比べるような相手ではない。
だが、アンリエットは、こんなに下品な女に追い出されることになった。どうしてあの時、先にアンリエットに説明をしておかなかったのか。いや、説明しても、アンリエットは出て行っただろう。娘が現れた時点で、アンリエットの立場は無くなったのだと。
そう、この女が現れた時点で。
「エダン様?」
「屋敷に参りましょう。こちらは危険です」
先ほどの騎士に乗せてやれと言えば、セシーリアはそれを拒否するようにエダンの手を握る。触れられるだけで寒気がしてきそうだ。その手を引いて、騎士に渡そうとすると、なおもセシーリアはエダンの胸にくっついてきた。このまま斬りたくなってくる。
「怒っていらっしゃいますか? 討伐はお父様が行ってきたことですから、やっぱり私も行かなきゃなって思ったんです!」
嘘をつくなと言いたい。討伐に行かないと知って安堵していたのは知っている。
それなのに、なぜここまで来たのか。疑問だ。
「王はなんと? もちろん、話はされてこられたのですよね?」
「おじい様にそのことを話したら、喜んで見送ってくださいましたわ」
それを聞いて、王がなんと言ったのか想像が付いた。渋っていても、マルスランの生き写しのようだとでも言って、セシーリアを見送ったのだろう。マルスランの娘なのだから、何の問題もないと。
現実の見えていない王。いつでも変わらず愚かだ。
「わかりました。城からの移動、お疲れでしょう。屋敷に戻り、どうぞお休みください」
だからパルシネン家の屋敷に帰れと、騎士を促す。いいからさっさと、この女を連れて行け。
「あの、共同で行う予定なんですよね?」
「クライエン王国との討伐の話ですか」
「え、ええ。私も挨拶しなきゃって。あちらの偉い人とか来てらっしゃるんでしょ?」
「現在のところ、その予定はありません」
「え? でも、」
セシーリアは困惑の表情を浮かべる。
「増加があるかどうか、確認のために来たのです。クライエン王国と討伐を共同で行うとしても、一度城に戻ってからになります。装備をまとめ多くの騎士や魔法使いたちを連れてこなければなりませんから」
「そ、そうなの……?」
何を気にしているのか。セシーリアはやけに気の抜けた顔をする。
(クライエン王国の王族に会えると期待していたのか?)
いや、拍子抜けしたとしても、今にも舌打ちしそうな顔をした。不機嫌に、話が違うと言いたげだった。
(なんだ? 何を気にしているんだ?)
セシーリアを馬に乗せさせて、パルシネン家の屋敷へ向かう。セシーリアは騎士の前で、口元をぴくぴくと吊り上げて、爪を噛んでいた。エダンが横目で見ても気付かないほど、苛ついた雰囲気だった。




