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お言葉ですが今さらです  作者: MIRICO


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21−2 領地

 国境で魔法使いたちと会った後、アンリエットたちは国境沿いにある領地の屋敷に戻った。

 調査のために、屋敷に滞在させてもらうのだ。

 領主からすれば、城から調査のために訪れることに慣れているのだろうが、王太子であるヴィクトルが訪れたことに驚いていた。


(それもそうよね。スファルツ王国では伯父様が指揮を執っていたけれど、普通は騎士団が来るものでしょう?)

 なのにヴィクトルが先遣隊の一人として現れるのだから、領主の驚きは当然だ。

 ついでに任務に関係ないはずのシメオンまでいる。今回の討伐は前回以上の規模なのか、領主を心配させていた。


 ホウッとアンリエットはため息を空へ吐いた。夜は少々肌寒い。眠れなくて外に出てきたが、冷えてもっと眠れなくなりそうだ。

「目が覚めてしまうわね」


 眠れない理由はわかっている。エダンのせいだ。

 エダンがパルシネン家領地へ来る。それを聞いただけで胸が痛むのを感じた。


 興味のないふりをして、別の話題に振ったけれど、気付かれなかっただろうか。

 ヴィクトルは何を思っただろうか。偶然だとわかっていても、こうもタイミング良くエダンが訪れると聞き、アンリエットを疑っただろうか。


(わざとではないのだけれど)

 けれど、心の奥底で、エダンのことは忘れていなかった。


「はあ、バカね。もう同じ立場には戻れないのに」

 今さらなのだ。アンリエットがスファルツ王国を追い出された時点で、もうアンリエットはスファルツ王国の人間ではないのだから。二度と戻ることなどないだろう。

 魔法使いたちには、エダンが来るのならば現状を話し、指示を仰ぐようにと、淡々と伝えたつもりだ。


「アンリエット嬢」

 歩いていると、後ろから声が届いた。ヴィクトルだ。

「殿下? まだお休みではなかったのですか?」

「少し、目が冴えてな」


 アンリエットは気まずさを感じた。ヴィクトルに告白されているからだ。

 エダンが来ることを、ヴィクトルはどう思ったのか。そんな考えが頭によぎる。ヴィクトルに明確な答えを出していないのに、そんなことを考えたことが恥ずかしくて、つい下を向いた。

 無言が続いて、何か言わねばと思った時、風が首元をなでていく。ふるりと震えると、肩にぬくもりが広がった。


「殿下?」

「夜は冷える。風邪をひくぞ」

 肩にかけられたのは、ヴィクトルの上着だ。暖かさに安堵すると共に、気恥ずかしさを感じた。


「あ、ありがとうございます」

「こちらの地方は少し寒いからな」

 礼を言って微笑めば、ヴィクトルは見てはいけないものを見たように、視線をずらす。どこか変だろうか。風で髪が乱れたのかと思ったが、ヴィクトルが頬を染めているのがわかった。


(照れているの?)

 どこに照れる要素があるのか。やはり衣装が乱れているのか、心配になってくる。


「ど、どこか変でしょうか?」

「え? どうしてそうなるんだ?」

「殿下が、その、気にされているようなので、どこかおかしいのかと」

「おかしくなど! ……コホン、見惚れただけだ。君の微笑みは心臓に悪い」

「え……」


 そんなことを、照れながら言われて、今度はアンリエットの顔が熱くなった。なんてことを言うのか。恥ずかしくなって俯きたくなるが、ヴィクトルの視線と自分のそれが重なって、目が離せなくなる。

 ヴィクトルは照れながらもじっとアンリエットを見つめた。


「あ、明日は魔物の出現場所を確認なさるんですよね?」

 耐えきれなくて、アンリエットが先に視線を逸らした。見つめ続けていたら、どうにかなってしまいそうだ。ヴィクトルはなんとも思わなかったか、庭木に視線を向けると、少し歩こうと言って歩き出す。


「状況確認と、現在の規模を正確に把握する。場合によっては戦いになるだろう」

「お供します」

「正直なところ、討伐に君は入ってほしくないのだがな」

「まあ、殿下。毎朝鍛錬は欠かしておりませんわ。兄にも相手になってもらっています。足手まといになるつもりは、」

「聞いている。一時は前髪が短かったからな」

「あれは私の下手さが問題でして」

「意外に不器用なのか?」

「ここだけのお話ですが、刺繍などはとんとうまくなりませんでしたの」

「意外だな。なんでも器用にこなしそうなのに」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、刺繍だけは話しが違う。幼い頃からスファルツ王国に入り、王太子になる学びしか行えなかったからだ。と自分では言い訳をしている。刺繍の授業などはなかったため、メイドのマーサに教えてもらっていた。教えてもらってもうまくいかなかったので、アンリエットが下手なだけである。そのうち行う暇がなくなり、今に至る。


「なら、今度ハンカチをくれないか? 君が刺繍をした」

「殿下。私の話を聞いてくださっていますか?」

「もちろんだ」


 アンリエットは口をとがらせた。ヴィクトルはくすくすと笑ってアンリエットをからかうのだ。

 誰かに贈るために刺繍を施すのならば、猛練習をしなければならない。そういえば、エダンにハンカチを贈ったことはなかった。討伐に一緒に行くのに、ハンカチを渡す必要がないからだ。だからなおさら努力を怠ったとも言える。


 今度は真面目に学び直そうか。そんな気持ちがちらりと顔を出す。

 ヴィクトルにハンカチを贈るために、刺繍を学ぶのも良いかもしれない。贈ったらヴィクトルは喜んでくれるだろうか。


 ヴィクトルはアンリエットの足に合わせて、ゆっくり歩いてくれる。風が吹いてくる側に立ち、アンリエットのために壁になってくれている。

 細かな心遣いだ。


(殿下は、私のどこが良かったのかしら)

 スファルツ王国では役立たずと言われた。周囲はそんなことないと励ましてくれた。エダンは、できることが当然でなければならないと言った。そうでなければ、王太子代理として認められないからだ。

 厳しい人。そこが好きだった。言葉だけの優しさだけではあの城でやっていけないと、彼は知っていたからだ。脱落するならば早い方がいい。それが彼なりの優しさだった。


 エダンがアンリエットの側にいたのは、それなりの利益があったからだ。そうでなければ、アンリエットの側にいることはなかった。

 では、ヴィクトルは?

 どうして、アンリエットを選んだのだろう。


 ちらりと顔を見やれば、同じようにヴィクトルがアンリエットに視線を向けた。またも目が合って、どきりとする。

(なんだか変だわ。妙に恥ずかしくて)


 夜、二人きりで庭園なんて歩いているからだろうか。こんな時間に歩いている方がおかしいのだ。そうだった。こんな時間に王太子殿下と二人歩いていては、誰かに見られた時に困るだろう。


「殿下、そろそろお部屋に戻られた方が」

「寒いか?」

「いえ、そういうわけでは」

「ならば、もう少しだけ。目が覚めて、すぐに眠れそうにないんだ」


 ヴィクトルが熱っぽい目でアンリエットを見つめてくる。その視線を向けられるだけで、気持ちが落ち着かなくなってきた。


「君は? 眠れなかったのではないのか」

 問われて、答えを返せなかった。ヴィクトルは何を考えてアンリエットが庭園を歩いているのか、想像が付いていたのだろう。エダンのことを思い出して、眠れなかったのだと。


 ヴィクトルは手を伸ばすと、するりとアンリエットの手を取った。

「殿下?」

「婚約者に会いたいか?」

「え……」


 どきりとした。ヴィクトルがひどく悲しげな顔を見せるからだ。ヴィクトルはずっと気になっていたのだろうか。

 エダンが明日、パルシネン家領地へやってくる。心が騒がしくなったのは間違いない。だが、会いたいのかと問われても、よくわからなかった。


「わかりません。私も、よく」

「そうだな」


 ヴィクトルは手を離して後ろを向くと、ゆっくり歩き出す。ヴィクトルのアンリエットに対する想いを知りながら、はっきり言わないことに腹を立てただろうか。けれど、アンリエットもよくわからないのだ。

 いや、会って、いつものように冷淡な目で見られるのではと考えると、心が壊れてしまう気がした。やはり、自分の存在に価値がないのだと、再確認させられるようで。


 ならば、会いたくとも、会わない方が良いのかもしれない。

 そう思って、気付くのだ。

(ああ、私は、エダンに会いたいのね)


「殿下、私は」

「言わなくていい」

 ヴィクトルはアンリエットの言葉を遮ると、アンリエットに向き直した。


「君が誰を想うか、今は聞きたくない」

「私は……」

「だが、君を捨てたまま放置した男の元に、渡す気もない」

 言いながら、ヴィクトルはアンリエットの前に跪くと、そっとアンリエットの手を取った。


「どうか、少しでも君の心に、俺の存在が残るように」

 そう言って、そろりとアンリエットの手の甲に口付けた。

「そろそろ部屋に戻るといい。冷えてきたからな」

 ヴィクトルは部屋に送ると言って、アンリエットの背を押した。促されてアンリエットは足を進めはじめる。


「それでは、おやすみ」

 部屋の前までアンリエットを送って、ヴィクトルは部屋に戻っていく。その後ろ姿を見送って、アンリエットは自分の部屋に入り扉を閉めた。


(なにかしら。なんだか)

 気のせいだろうか。部屋に戻ってきたからか、アンリエットは自分の手や頬が、やけに熱くなっているのを感じた。

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