19 招待
アンリエットの背後で、扉からガチャリと鍵を閉める音が聞こえた。
「閉じ込められたようですわね」
「え?」
部屋にいたフランが、急いで扉を確認する。ガチャガチャとドアノブを回すが、一向に扉が開かない。
「開けてください! 誰か!」
叫んでも誰もやってこない。アンリエットはフランと二人、部屋に閉じ込められたのだ。
「どうしてこんなことに」
困惑するフランの後ろで、アンリエットはなぜこんなことになったのか、首を傾げそうになった。
「お茶会の招待? アンリエット、今、誰からの招待と言ったんだい?」
「ドロテーア・ベンディクス令嬢からです」
「反対、反対! 行かなくていい! 危ない。危ないから!」
「まあ、お兄様。お茶会に危険なんてありませんわ」
「ある。あるからね、アンリエット! お茶会は危険な場所だ!」
兄のシメオンが断言した。女性同士の集まりは危険の集まり。アンリエットに危機が迫ると。それを微笑みながら聞いて、アンリエットは招待状を見つめる。
ヴィクトルとのことを考えると、気まずい相手だ。
「ですが、せっかく誘ってくださったのだし、行ってみないことには」
「ダメだよ! 行ってはダメだ! アンリエット!!」
シメオンは今生の別れとでも言いそうなほどの反対をしてきたが、その言葉を右から左に聞いて、アンリエットは参加の返事を書くことにした。
お茶会の場所はベンディクス家。
招待にあずかり、時間通りに家へ訪れたが、集まっていた令嬢たちは既に席に着いていた。遅刻をしただろうか。そんなはずはない。アンリエットは気にせずニコリと微笑む。
「本日はお茶会にご招待いただき、ありがとうございます」
「あら、今頃いらっしゃったの?」
「もう始まっていますのに」
「そうなのですか? 早い時間に始まったのですね。ご招待の時間は間違っていないのですが。皆様、行動がとてもお早いのですね。参加者が全員集まる前に始めるほどですもの」
再び微笑むと、令嬢たちが頬を赤く染めた。褒めているので、照れることはないと思う。
アンリエットはまだ席に座っているドロテーアへ視線を向ける。迎える用意ができていないのは、既にお茶会が始まっているからだろう。ケーキは口にしているし、カップに入っている飲み物は半分もない。
アンリエットが横目で見てからドロテーアを見つめると、ドロテーアはゆっくりと立ち上がった。
「少々、早く始めてしまったようですわね。どうぞ、お席にお座りください」
末端の席を示されて、アンリエットはその席をじっと見つめた。それから言われた通りに席に着いて、周囲を見つめる。見覚えのある令嬢たちが集まっていたが、王妃の茶会で会った令嬢が一人いない。花を持っていた令嬢だ。その人だけが呼ばれていないようだった。
くすくすと笑いながら、令嬢たちは再び会話に戻る。アンリエットの前にはなんの用意もされていないのに。
「あら、ベンディクス令嬢。招待をいただいて恐縮ですけれど、人数分のご用意がされていないようですね。人数を間違えたのかしら? 手違いは誰にもありますものね」
アンリエットの言葉に、ドロテーアがひくりと口元を歪める。しかしすぐに微笑むと、メイドに茶器を運ばせた。注がれたカップに手落ちはない。澄んだ色の紅茶。香りも良いものだ。
「良い茶葉をお使いですね」
「ええ。特別な紅茶ですの。令嬢にお分かりいただけるとは思いませんでしたわ」
「茶葉の選定は得意なんです。卸しを指示しておりましたから」
「ま、まあ。そうなんですの」
ついでに家庭教師が多くの紅茶を持ってきて、どれが何の紅茶なのか、時期はいつ頃の物なのか、なにが高価でどうしてそうなるのか、お茶の種類共々、多くを学ばされた。これも王太子であるマルスランが得意としていたからだ。
(伯父様は多くのことを行いすぎだと思うわ。商売っけもあったようだし)
王が仕事をしないこともそうだが、マルスランも仕事が好きすぎるのだと思う。紅茶に関しては、好きすぎて産地を視察に行くほどだった。ついでに魔物討伐もしてくる体力。いつも城にいるわけではない。どこで誰と会っているのかわからないほど、マルスランの行動範囲は広かった。アンリエットからすれば、伯父のマルスランは超人である。なにか不得意なことはなかったのか、聞いてみたいものだ。
紅茶を口にしてホッと吐息をつく。少々お湯の熱が高い。これでは若干の渋みが出てしまう。メイドはそこまでお茶の淹れ方は学んでいないようだ。
感想は言わず、アンリエットを鋭く見つめていたドロテーアにゆるりと微笑んだ、ドロテーアは顔を上げて口角を上げた。緊張しているような、強張った顔だ。
「お忙しい中、来てくださって嬉しいですわ。ヴィクトル様とのお仕事は、さぞ楽しいのでしょうね」
「やっと慣れてきたところですわ」
楽しいかどうかは仕事によるが、その質問には答えずに返す。
(私は今、とても難しい立場だわね。できるならば応援したいのだけれど)
思い出される、ヴィクトルの言葉。
婚約の話が出ているわけではないのだから、断るということもないため、なんとも微妙な話だ。殊に婚約者候補の前では。
(白黒はっきりさせるのも難しそうなのよね)
今はそんな気にはなれない。それを口にすると、今でなくとも良いと言われそうで、結局その話はなかったかのようになっている。ヴィクトルがあれから同じことを言うことがないからだ。
だが、このままなかったことにすることはできないだろう。ヴィクトルの性格上、アンリエットがこの話を流そうとすることを、放置するとは思えない。
けれど、はっきりさせようとすれば、アンリエットが断るのも目に見えているのだと思う。
ヴィクトルがどう考えて動くのか考えている自分に、アンリエットは笑ってしまいそうだった。
商売相手のように、相手がどのように動くのか考えてしまうあたり、ヴィクトルのことを難しい身分が上の相手と考えているのがわかるからだ。
「魔物の討伐を行うのでしょう? ご一緒されるのかしら?」
「その予定です。よくご存知ですね」
「あの領地はお父様が懇意にされているのよ」
あの領地。魔物の討伐の援助を申し出た領地とベンディクス家に繋がりがあっても、懇意と言うほどの関係とは知らなかった。アンリエットはその周囲の地図を思い浮かべる。その領地は、スファルツ王国のメッツァラ家の領地に隣接している。
「スファルツ王国と共同で討伐のご予定があるのでしょう?」
「本当によくご存知ですね」
「え、ええ。共同ということは、デラフォア令嬢の婚約者様もいらっしゃるのでは? あ、元、でしたわね」
ドロテーアは、元、を強調する。他の令嬢たちも何か含むようにニヤニヤと笑った。
「そうですね。彼ならば討伐に参加するでしょう」
エダンが来なければ、指示する者がいない。共同であれば、指揮を執る者が必要だ。それは前回伯父のマルスランだった。ならば代わりになるのはエダンしかいない。それに、今回の討伐はエダンは参加したがるだろう。エダンは魔物を憎んでいる。
「見つかった王女といらっしゃるのかしら?」
別の令嬢に問われて、アンリエットはそちらに向いた。クスクスと笑う理由がわからない。
「どうでしょう。王女様が剣を持てる方なのかどうか、私は存じません」
「さすがに、王女様を連れてくるなんてないのでは?」
「連れてくるかもしれないじゃないですか。婚約者様は、王女様をお守りする騎士みたいですわね」
「初めてのご旅行かしら」
「いやだ。まだ婚約なのに?」
いやらしく下卑た笑いが、浅ましく見えた。
「笑うようなお話ではありませんよ?」
アンリエットが口を出すと、令嬢たちは顔を見合わせてプッと吹き出す。何が楽しいのか、令嬢たちが一斉に笑い始めた。
「なにが面白いのでしょう?」
「なにがって、ねえ?」
「元、婚約者様には不快でしょうね」
令嬢たちの笑いが不快に思えたのは、討伐を旅行と例えたことだ。
(討伐を旅行だなんて。時には命をかけなければならないというのに)
令嬢たちにはわからないのだろうか。今回の討伐は大きなものになる。十年に一度の爆発的な魔物の増加、その対処を行わなければならないのだ。間違えれば村に溢れ、多くの者たちが犠牲になるだろう。笑い事ではない。
都にいる者たちには想像もつかないのだろうか。
マルスランの行方不明の件で、話題がそちらに行きがちだが、行方不明の話の前に、両国で犠牲が出ている。普段の討伐とは規模が違うだけあって、亡くなった人数も多かった。
王女が参加しようと、そこは命懸けになる可能性もある。エダンはその指揮をしなければならない。その意味を冗談として話すのは無礼だ。
「彼は真摯に仕事を全うするだけですわ」
「まあ、元婚約者からの意見かしら」
「元王太子代理としての意見ですわ。今回の討伐も犠牲を伴うでしょう。冗談で済ますような、安易な戦いではございません」




