14−2 パーティ
「デラフォア令嬢が行っていた平民の魔法使いを育成する話は、我が国でも大きく取り沙汰されたな。鉱山を売買して得た利益を使用していたとは思わなかった」
「自由にできるお金がなかったので、捻出する必要があったのです。うまくいって安堵した覚えがありますわ」
「デラフォア令嬢は王太子代理として多くの事業も手掛けていたと聞いている。誰にでも真似できるものではないな。そうは思わないか。ベンディクス?」
ヴィクトルは目をすがめると、ドロテーアの父親を見遣った。ドロテーアの父親は口元を歪めるようにしながら口角を上げると、首を傾けて、軽く頷く。
「はは。そうですな」
「平民の魔法使いの育成も素晴らしいことだ。我が国でも制度はあるが、貴族からの圧力は未だ消えぬまま。無理な注文をつけて悪事に染めさせる貴族もいる。領地を持つ者は率先し育成をして、その能力を民のために使ってもらいたいものだ」
ドロテーアの父親は顔をひくつかせた。
ベンディクス家が治める領地に平民の魔法使いはいない。執務で魔法使いの数を確認して気付いたことだ。
アンリエットが定めた平民の育成は、能力のある者を都に連れてくることが前提だ。家の手伝いをしていれば、引き取るためのお金を支払う。その領地に留まらせることはない。
クライエン王国では平民育成制度は前からあるため、主導は領主になった。その領主によっては、潰してしまうこともあるそうだ。貴族が身分を利用し、平民の魔法使いをこき使う事案が出ているという。
ベンディクス家は育成の義務すら放棄しているので、平民を魔法使いにする気はないのだろう。クライエン王国の指針では、能力のある者は平民でも起用するということになっている。努力義務ではあるが、それに反することになる。
「デラフォア令嬢は婚約者がおられたのですから、やはり婚約者様の功績はあったのではないですか?」
ドロテーアがたまらず口を挟んだ。
「もちろんです。私だけの功績ではございません。多くの協力者がいてこそ行えたことです」
「そうでしょう。一人の女性、しかもまだ学生のような若い女性が、そんなに多くのことを行えるなんて誰も思っておりませんわ。けれど努力をされたのですね。王太子代理という肩書はさぞ重かったでしょう。婚約者様の苦労がうかがえますわ」
エダンがどれだけ動いていたのか、アンリエットはよくわかっている。不慣れな仕事を行わなければならない上に、全ての責任がアンリエットに注いだ。簡単に行えることなどなく、毎日のように胃痛や食欲不振に悩まされたこともあった。エダンはいつもアンリエットを気にかけていた。王に叱責されることを恐れていたのかもしれないが、周囲の協力がなければ成し得なかったことばかりだ。
ドロテーアは、大変だったのですね。と言いながら、潤んだ目元をハンカチで押さえた。
その姿を見て、マーサを思い出す。アンリエットが泣いていた時、マーサも一緒に泣いて抱きしめてくれた。昔の話だ。アンリエットはそのうち泣くことはなくなった。開き直りが早いせいか、懐かしいな。などと思ってしまう。今頃同情されることに、不思議な気持ちで眺めた。
「その時に私がお友達であれば、お手伝いすることもできたかもしれませんのに」
「過ぎた話ですわ」
「ぷっ」
横で吹き出す声が聞こえた。アンリエットが顔を上げると、ヴィクトルがコホンと咳払いをする。
「君が努力家で、素晴らしい人だということだ。デラフォア令嬢。君が私の執務を手伝ってくれてくれているお陰で、私はずいぶん楽をさせてもらえるようになった」
「まあ、大袈裟ですわ」
「とんでもない。トビアスなどは私の命令よりも令嬢の命令を聞くだろう。君の能力は私だけでなく、執務室にいる者全てが認めているのだから」
そんな風に言ってくれると、アンリエットも照れてしまう。礼を言って微笑めば、ヴィクトルもフッと微笑んだ。その笑顔に、どきりとする。柔らかくも穏やかで、優しげな微笑みだったからだ。
「で、殿下。デラフォア令嬢は代理だったのですよね。そのような方に、全権を任せていたのでしょうか。私はとても驚いているんですの。スファルツ国王は、思い切りの良い方のようですね。周りの協力あってこそだと言われているのに」
「私は当事者ではないからな。スファルツ国王に聞いてくれ」
ヴィクトルがさらりと返すと、ドロテーアはカッと頬を赤く染めた。
(おじい様はお仕事が嫌いなだけなのだけれど、それを他国の方に教えてしまうのも、よね)
「スファルツ国王は皆を信用していただけですわ。私はおまけに過ぎません」
念の為フォローしたつもりだったが、ドロテーアは愛らしい顔に似合わぬ睨みをアンリエットによこした。婚約者候補とはいえ、その相手から素っ気ないふりをされれば、他の女性を睨みたくなる理由もわかる。
ここで、婚約なんてしませんよ。などと言った方が逆鱗に触れるか。婚約についてはヴィクトルと二人で話し合ってほしいものだ。
(お辛いのはわかるわ。長い間候補者のままだというのだし)
アンリエットも婚約のままで長い間過ごした。もしその間エダンに素っ気なく対応されれば、誰かを羨んでしまうかもしれない。
(私ったら、またエダンのことを考えてしまったわ。比べる人がいないから、すぐ出てきてしまうのよ)
心の中で自嘲して、その場を離れようとした時、驚きと困惑、怒りが混じった顔をして、シメオンが高速で近付いてきた。
「アンリエット、待たせたね。そろそろ踊ろうか」
近くに来た途端、今の顔が嘘のような笑顔になる。
「なんだ、シメオン。最初にダンスを踊る相手が妹なのか?」
「当然です。殿下は、婚約者候補と踊られるといいでしょう。行こう、アンリエット」
微笑んだ瞬間、脱兎の如くアンリエットを連れてその場を離れる。
「お兄様、ベンティクス家のご当主を前にして、挨拶もせず」
「気にしなくていいよ。軽く会釈はしたからね。僕が目を離した隙に、何か言われなかったかい?」
「いいえ。何もありませんわ」
「ならよかった。よりによってあの親子と殿下のセットとは。近付いてはいけない。あの三人と一緒にいたら、間違いなく巻き込まれてしまう。殿下も気にしてくれればいいものを」
「お兄様ったら。ですが、どうして殿下はそこまでベンティクス令嬢との婚約を嫌がるのでしょう」
音楽に合わせてダンスを踊りながら、シメオンはこそりと耳打ちする。
「ベンティクス家の金回りが気になるんだよ。他にも、きな臭いところがね」
「ですが、王妃様は婚約を勧めているのでは?」
「今のところ何の証拠もない。調べてはいるが、尻尾を出さない。怪しいところはたくさんあるのだけれど。証拠が出なければ、断る理由もないからね」
それでは、ドロテーアが気に入らないという理由ではなく、その家に問題があるということだ。結婚は本人だけの話ではない。殊に王族の結婚となれば、慎重になるのは当然だった。なおさらドロテーアはつらいことだろう。
お前の家が怪しい。とは口にできない。理由もなく避けられていれば、苦しいに決まっている。
スファルツ王国にいても、ベンディクス家の名前は聞いたことがあった。ベンディクス家と懇意にしている貴族と競売で争ったことがあるのだ。どこから資金が出ているのかとエダンと疑問に思い、調査させてわかった。
クライエン王国で調べてわからないのならば、スファルツ王国で関わりを調べればわかることがあるのではないだろうか。
その場合、スファルツ王国で調査してもらう必要があるが。
(エダンに頼めれば良かったけれど)
手紙を出す勇気はない。アンリエットも仕方のないことだと理解していても、エダンと再び話す勇気はなかった。最後に会った時のように、何の感情もない顔で通り過ぎ去っていく姿を再び見たくはない。エダンが王女を選ばなければならない理由は思いつくし、エダンが表情に出さないこともわかっているが、アンリエットもそこまで強くない。あれだけ長くいた一人の男性と、あんな簡単に別れることになったのだから。
「レディ、俺と踊っていただけませんか?」
「え? 殿下!?」
「殿下! 何してるんですか!」
シメオンとのダンスが終われば、次のダンスの誘いにヴィクトルが手を伸ばしている。
シメオンが悲鳴を上げそうな顔で、やめてくれと口にするが、すでにアンリエットに手を伸ばしていて、周囲が注目していた。そしてアンリエットに断る理由がない。
「執務をする仲間としてでも、難しいだろうか」
「難しいに決まっているじゃないですか! 何、しれっと誘っているんですか!?」
「うるさいぞ。シメオン。俺はアンリエット嬢に聞いているんだ」
「勝手に名前で呼ばないでください!!」
小声なのに、シメオンは大きな口を開けてヴィクトルに反論している。声が周囲に届いていないだけ良いが、王族のパーティで王太子殿下の前で見せる態度ではなかった。
「お兄様、礼節を重んじてくださいな。殿下、私でよければ」
「アンリエットぉ!」
初めて見る情けない顔のシメオンを後ろにして、アンリエットはヴィクトルの手を取って歩き出した。
両親も驚いた顔をしてこちらを見ている。
(後で怒られるわ。でも、断れないでしょう?)
「殿下、婚約者候補たちとは踊られたのですか?」
「いや、そのつもりはないが?」
「私が最初に踊るとなると、問題が起きると思いますが」
「執務を行う部下と踊って、何かまずいことでもあるか?」
「殿下は意外とご自分のお相手に無関心なのですね」
「そうか? 俺は踊りたい人と踊りたいだけだ。君なら、楽しく踊れると思うのだが?」
「家族の睨みに耐えうるのでしたら、楽しめますでしょう」
「辛口だな。では、気にせず楽しめるようにしよう」
「殿下!?」
ヴィクトルがアンリエットの腰を押さえると、アンリエットがふわりと浮いた。そのままくるりと回転すれば、アンリエットに羽が生えたように美しくスカートがひるがえる。周囲がワッとわいたのがわかった。ステップも速く、ついていくのはやっとだが、くるくると回るダンスが楽しくなってくる。
あっという間に終えたダンスに、息遣いが速くなるほどだった。
ヴィクトルはアンリエットの手を持ったまま、そっと唇が付かないくらいの距離で、手の甲に口付けるふりをする。
「ああ、楽しい時間は一瞬だったな」
本当に一瞬だった。アンリエットも色々な男性と踊った経験はあるけれど。
エダンとも違う。礼儀だけのダンスではない、周囲の視線に緊張しながらのダンスでもない。
(急いで踊ったから、胸が)
胸の中が激しく早鐘が打っている。
ヴィクトルはクスリと笑う。その笑顔を見て、さらに鼓動が速くなった気がした。




