5章 17 今度こそ幸せに <完>
「……謝らないで。ビリー」
私はそっとビリーの手を取った。
「……リア……」
ビリーの目には涙が浮かんでいた。その顔は……やはり、私の良く知るビリーの面影が残っていた。
「ありがとう、ビリー」
「え? 何故お礼を……?」
不思議そうに首を傾げるビリー。
「だって、私はすごく傲慢な人間だったわ。ビリーが見てきた他の世界の私も、殆どそうだったのでしょう。ビリーが時を戻してくれたから、私は今迄の自分を反省して生まれ変わることが出来たのよ」
「……今のリアに会いたいためだけに、時を戻した俺を恨んでいないのか……? こんなに苦労する人生をもう一度歩まなくてはならなくなったのに……」
ビリーはあかぎれが出来ている私の手をそっと握りしめた。すると一瞬、私の手が熱くなり……熱が冷めるとあかぎれが綺麗に治っている。
「! これ……は……」
「長年魔術の鍛錬を続けた賜物だよ。簡単な傷や病気なら治すことが出来るようになったんだ」
その話を聞いて、ふと疑問に思った。
「そう言えば、今の貴方の本当の年齢って……いくつなの?」
見た目は私と変わらない外見をしたビリー。だけど何度も何度も違う世界を行き来している。時が止まった魔塔で長年魔術の鍛錬の為に留まっている。……全ては私に会うために。
「……さぁ、分からない。時を数えるには、あまりに永く生きてきたから。……だけど、もう旅を続けるのは、ここで終わりにしようと思っている」
ビリーの手に力がこもる。
「リア、俺はリアがずっと探してきたビリーだ。もうリアの望む子供のビリーには戻れないし……俺自身、戻りたいとは思わない。だが、ずっとこの先も俺を傍においてくれないか? 今の俺は、その気になれば何だって出来る。これから訪れる大飢饉からこの村を守ることだって出来るし、もうリアに苦労は絶対させない。貧しい生活をしたくないと言うなら、この村を出て首都に出て暮らしたっていい。俺は魔塔主だから、望めば貴族の爵位だって手にすることが出来るんだ……」
握りしめているビリーの手が震えている。
「愛しているんだ……リア。だけど、リアからの愛を望んだりはしない。それでもいいから……俺をまた傍に置いてくれないか? この先もずっと、俺と一緒に……生きて欲しいんだ……」
縋り付いてくるその目は……初めて『テミス』でビリーを見つけた時と同じ目をしていた。
だけど、私の答えはもう決まっている。
「……どうしてそんなことを聞くの?」
「え? どうしてって……?」
ビリーの顔に戸惑いが浮かぶ。
「私を傍で見ていたんだから、分かるでしょう? 私がどれだけビリーと一緒に暮したいのか……」
「リア……」
「私もずっとビリーと一緒に……暮らしたい。他でもない、この場所で。だって,時が巻き戻った私の願いは……追放先で、今度こそ幸せに暮らしたいことだったのだから。大切な人と一緒にね」
「リア、その大切な人って……弟としてなのか?」
ビリーが私の頬にそっと触れてくる。私はその手に自分の手を重ねた。
「ビリーが弟? どう見ても今のビリーは私の弟には思えないわ。……1人の男の人よ」
じっとビリーを見つめる。
「リア……愛してる」
「私もビリーを愛……」
その後の台詞はビリーの唇で塞がれた。
私は大人の姿で私の前にビリーが現れた時から不思議な運命を感じていた。
多分、あの時からビリーのことを好きだったのかもしれない。
――この日。
私とビリーは、身も心も結ばれた――
****
――その後
私とビリーは『ルーズ』で大勢の人々に祝福されながら結婚式を挙げた。
この世の摂理を知っているビリーのお陰で、国が大飢饉に見舞われることは無かった。
私とビリーは子宝に恵まれ、家族が沢山増えた。
魔塔主のビリーは村の為に、惜しげもなく魔法を使って村の発展に貢献し……いつしか首都をしのぐほどの大きな町へと成長を遂げたのだった……。
そして、あれから60年の歳月が流れた――
****
「リア……大丈夫か? 目が覚めたのか?」
ベッドで横たわる私の手を、年老いたビリーが握りしめてくる。
「あ……ビリー……今ね……昔の夢を見ていたのよ……貴方と初めて出会ったあの頃の夢を……」
年のせいで、すっかり身体が弱くなってしまった私。今は1日の半分をウトウトした状態で暮らしていた。
大勢の使用人達がこの屋敷にいるが、ビリーは私の看病を1人でしてくれているのだ。
「リアが望むなら2人で若返って暮らしていくことだって出来る。そうしないか?」
その話は2人で何度もしてきた。けれど私は……。
「もう……何度も言ってきたでしょう……? 私は自然の流れに身を任せて……眠りに就きたいって……」
「だ、だけど……」
ビリーの顔は深いシワに刻まれているけれど、その瞳はあの頃と同じものだった。
「大丈夫……きっと、またビリーとは会える。そんな気がするのよ……だから先に逝って待ってるわ……」
「分かった……リア。俺も多分……時期に、リアの元へ逝くよ……」
ビリーは涙目で私の手を握りしめてくる。
「ええ……待ってる……か……ら……」
私の息は、止まった――
こうして私は愛する人に見守られながら、80年の命を終えた。
ビリー。
一足先に別の世界に行って待ってるわね。
今度は私が貴方を見つける番だから――
<完>




