5章 8 ビル 7
暖炉の炎がパチパチと燃える様子をじっと見つめていた時。
「リア」
背後で名前を呼ばれ、振り向くとカップを手にしたビルが私を見つめていた。
「アップルティーを煎れてきたよ。こっちで一緒に飲まないか」
手にしていたカップをテーブルの上に置いて手招きするビル。
「分かったわ」
テーブルに移動して腰かけると、ビルも向かい側に座る。
アップルティーはビリーが大好きな紅茶だった。特にハチミツを入れて飲むのが、大好きだったのを思い出す。
「いい香りね……」
早速、口に入れて一口飲んでみるとリンゴの香と同時に甘い味が口の中に広がる。
甘くて美味しい……。
「どうだ? リア」
ビルも隣でアップルティーを飲みながら尋ねてきた。
「甘くて美味しいわ……もしかしてハチミツを入れたの?」
「ああ。実は俺、こうやってアップルティーを飲むのが好きなんだ。……やっぱり美味しいな」
フッと笑うビルの横顔をじっと見つめていると、何故だか分からないが懐かしい気持ちが込み上げてくる。
「……どうしてよ」
気付けば言葉が口をついて出ていた。
「何のことだ?」
首を傾けるビル。
そう、その仕草だって……まるで……。
「ビル……どうして……この飲み方が好きなの? それだけじゃない。好きな食べ物だって今の仕草だって。どうしてそんな……あの子に、ビリーにそっくりなの?」
カップを持つ自分の手が小刻みに震えている。胸が熱くなり、目頭が潤んでくる。
何故今迄気付かなかったのだろう? こんなにビリーとビルは良く似ているのに。
いや、違う。
私はビリーのことばかり考えて、自分に寄り添ってくれるビルに目を向けようとしていなかっだけなのかもしれない。
ビルは少しの間私を見つめ、ポツリと言った。
「リア……見せたいものがあるんだ」
ビルはズボンのポケットに手を入れて、何かを取り出してテーブルの上に置いた。
「これに見覚えがあるか?」
「……え? こ、これって……?」
目にした途端、心臓の鼓動が激しく鳴り始めた。それは耳当て付きの青い毛糸の帽子だった。
「嘘……どうして……ビルがこれを持っているの……?」
震える手で帽子を手に取り、あることに気付いた。ビリーに渡した時は編み上げたばかりの真新しい帽子だった。けれどよく見てみると、この帽子は毛玉もついており、色あせて年季が入っていた。
思わず帽子とビルを交互に見比べる。
「ビル……一体、これはどういうことなの?」
「この帽子は……俺の一番大切な宝物なんだ。大好きな人からの手作りプレゼントだったからね」
そして悲し気に笑うビル。
「ね、ねぇ。ビル……どうして私にこれを見せるの……?」
尋ねる自分の声が震えている。
「リア。本当はもう俺が誰か気付いているんじゃないのか?」
「……」
私は黙って首を振る。
だって、認めたくなかったから。もし認めれば、今度こそ本当にあの子を……大切なビリーを失ってしまいそうで怖かった。
「嘘つかないでくれ。分かっているはずだ。答えてくれないか……お願いだ、リア」
ビルは必死な眼差しを向けてくる。
どうしてそんな目で私を見るのだろう。その目を見ていると、正直に答えなければいけないような気がしてきた。
「貴方は……もしかして、ビリー……? なの……?」
「……そうだよ、リア。……やっと、俺を見てくれたんだな?」
そして今にも泣きそうな顔でビルは笑った――




