5章 3 胸に秘めた決意
あの日の夜から、私の中で「生きよう」という気力が生まれ始めていた。
それに何より、あの夜私を抱きしめて泣いたビルの為にも。
神隠しに遭ったビリーとは、もう二度と会えないかもしれない。だけど、生きていればいつかまた会えるかもしれない。
私が希望を捨てない限り——
****
いつの間にか年が明け、1月に入っていた。
『ルーズ』の村はすっかり雪に埋もれてしまい、村人達との交流がすっかり困難になっていたある日のことだった。
「リア、家の裏手にある温泉をもう一つ、作ってみようと思うんだ」
2人で朝食後のお茶を飲んでいるとビルが突然提案してきた。
「え? 温泉を……? 別に私は構わないけど、そんなことができるの?」
「勿論可能さ。あの場所には源泉がある。そこを掘れば湯は湧き出てくるよ。男湯と女湯を作ろうと考えているんだ。この辺りに住んでる人達は雪のせいで、温泉に行くことが難しいだろう? だから皆をこの家の温泉に入れさせてあげたいんだ。どう思う? 温泉に浸かれば、この寒い冬だって体調を崩さずに乗り切れるはずだよ」
「それはいい考えだと思うわ。この温泉は薬湯になっているものね。村の人達には、特にビリーの件で本当にお世話になったから。多くの人に利用してもらいたいわ」
「……確かにそうだな」
ビルの顔に悲しみが宿る。
私がビリーの話をするたび、彼は辛そうな表情で私を見つめる。
ビルの気持ちは分かっている。彼は私に早くビリーのことを忘れて欲しいと思っているのだ。私を前に進ませる為に……。
悲し気なビルの視線を避けるかのように、視線をそらせると立ち上がった。
「リア? どうしたんだ?」
「……片づけをしてくるわ」
「いいよ、俺がやるからリアは座っててくれ」
ビルは立ち上がると、私を椅子に座らせた。
「でも食事だって作ってもらっているのに、悪いわ」
「いいんだよ。俺は居候させてもらっている身分なんだから、これくらいやるのは当然さ」
「居候? そんな風に言わなくてもいいのに。だって、こんなに快適な暮らしが出来るのは全部ビルのお陰なんだから。温泉を使えるのも、大量の薪があるのも、保存食の野菜が沢山あるのも」
「それはいいのさ。俺がやりたくて勝手にしたことだから」
ビルは笑顔になる。
「でも、やっぱり申し訳ないと思っているのよ。私は貴方に何もしてあげられていないのに」
「……だったら……」
ビルが言葉を紡ぐ前に、私は先に言った。
「だから、居候なんて言わなくていいわ。自分の家だと思って自由にしてくれていいのよ?」
「あ、ありがとう……リア。それじゃ、片づけをお願いしていいか? 雪かきをしてくるから」
ビルはどこか慌てた様子で、上着を羽織ると外へ出て行った。
—―パタン
扉が閉じられると、食べ終えた食器を台所へ運んで後片付けを始めた。
『お姉ちゃん! 僕も手伝うよ!』
突如ビリーの声が聞こえた気がした。
「ビリーッ!?」
慌てて振り向くも、誰もいない……いるはずが無いのに。
「ビリー……会いたいわ……」
あの小さな身体を抱きしめたい。「お姉ちゃん」と呼んで貰いたい。
ビリーが居なくなって3カ月が経過しているのに……私は今も、未練がましくビリーを諦めることができない。
ビリーさえ居てくれれば、他には何もいらないのに。
だから雪が解けら私は山に登ろうと決めていた。
この村を取り囲む山がビリーを連れ去ったのなら、山に登ればビリーに会えるかもしれない。
でもその事を知ればビルは私を止めるかもしれない。
その時は……私はもう1人で大丈夫だからと告げて、ビルを解放してあげるのだ――




