5章 1 壊れた心
その後——
ビルは言葉通り、私と一緒に暮らすようになった。
私はビリーが居なくなってしまったことで精神的に参ってしまい、すっかり使い物にならない存在に成り下がっていた。
それでも最初の頃はビリーを捜しに村の中を歩き回ることが出来、ビルはそれに付き添ってくれた。
けれど当然ビリーが見つかるはずも無く……雪が降り始め、私はビリーを捜すことを断念せざるを得なくなってしまったのだった。
それは同時に、私の心が徐々に壊れていく始まりでもあった——
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—―12月
雪がシンシンと降っている様子を、揺り椅子に座ってじっと窓から見つめていた。
すると雪の中、ビルがそりを引っ張って帰ってくる姿が見えた。そりの上には布がかぶせてある。
やがて家の扉が開く音とバサバサと雪を払う音が聞こえてきた。
ビルが中に入って来たのだ。
けれど彼を出迎える気力すら出てこない。今の私は恐らく半分抜け殻状態になっているのだろう。
思考能力はあるのに、何も気力が湧いてこないのだ。
それこそ、話をする気力さえも……。
笑顔のビルが姿を現した。
「ただいま、リア。俺がいない間、おとなしく留守番してくれていたんだな」
黙って頷くと、ビルは私の頭を撫でてくる。
「お腹が空いただろう? 待っていてくれ。今昼食を用意するよ」
そう言い残すと、リビングを出て行った。
その後、台所で何か料理をするような音が聞こえ……美味しそうな匂いも部屋の中に漂ってきた。
やがて、2人分の料理を乗せたトレーを持ってビルがリビングに現れた。
「お待たせ、リア。食事の用意が出来たよ。一緒に食べよう」
ビルはテーブルの上にトレーを置くと私に近付く。
「大丈夫かい? 立てるか? リア」
頷いて立ち上がると、ビルが私の手を引いて椅子に座らせた。
テーブルの上には湯気の立つホワイトシチューに丸いパン。それに厚切りベーコンが乗っている。
「実は村長さんから、山羊のミルクとベーコンを貰ってきたんだよ。リアの見舞いに食べさせてあげてくれって。1人で食べられそうか?」
ビルの言葉に黙って頷くと、私はスプーンを手に取りシチューを口にした。
けれど今の私は何も味を感じることが出来なくなっていた。何を食べても砂を噛んでいるようだ。
「どうだ? 美味しいか?」
ビルが身を乗り出して尋ねてくる。
彼が料理を頑張って作ってくれているのは分かる。現に自分の身体がこうなってしまうまでは彼の料理がとても美味しかったのは覚えている。
黙って頷くと、ビルの顔が悲し気に笑う。
「リア……無理しなくていい。味、分かっていないんだろう?」
ビルに何か声をかけなければならないことは分かっている。けれど、今の私は口を聞きたくないほど程に精神が参っていた……というか、多分おかしくなっているのだろう。
こんな状態の私と一緒にいてもビルの負担になるだけなのに、彼はここを出て行こうとしない。献身的に私を支えてくれていた。
今も、まるで人形のようになってしまっている私を相手に話しかけてくれている。
「今日、村長さんの家に行って思ったよ。やっぱり家でも山羊を買った方がいいかもしれないなって。今はまだそれほど雪深くないけれど、この先雪が降り積もっていく。そうなると、近隣住民から山羊の乳を分けてもらうことが出来なくなるからな。鶏がいるから卵は手に入るけど、やっぱり山羊は必要だ。雪が積もる前に、山羊を飼うことにしないか?」
私は返事をする代わりに、首を縦に振る。
「そうか、なら決まりだな。明日、村長さんの家に山羊を分けて貰いに行ってくるよ」
ビルは私に笑顔で言った——
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—―真夜中
ほぼ1日何もせずに、ボンヤリ過ごしている私は夜なかなか寝付けない体質になっていた。
私の隣ではベッドを並べたビルが気持ちよさそうに眠っている。ビルは私のことが心配だからと言って、この部屋にベッドを運び込んだのだ。
「……」
寝息を立ててぐっすり眠るビルを黙って見つめた。
家事の全てを自分一人で担っているので、ビルの疲れは相当溜まっているのだろう。
だけど……ごめんなさい、ビル。
私には今、何かをしようとする気力が湧いてこないのだ。ビリーがいない世界を生きていても仕方がない。こんな私なんかほおっておけばいいのに。
ベッドから起き上がり、窓に近付くとビリーが消えた森を見つめた。
窓が風でガタガタなり、隙間からヒューヒューと小さな音が時折聞えてくる。
その時……。
『お姉ちゃん……』
風の音に混じって、ビリーの声が聞こえてきた。
「ビリー? ビリーなの……? やっぱり、まだ森にいたのね? 今お姉ちゃんが迎えに行くわ……」
気付けば私は寝間着姿のまま、家の外に出ていた——




