4章 14 ビル 5
「リア、まだ身体が本調子じゃないんだ。片付けは俺がやるから休んでいたほうがいい」
台所に立とうとした私をビルが止めた。
「だけど……何かしていないと、気が紛れなくて……」
「リア……。気持ちは分かるが、今の自分の姿を鏡で見たか? 青白い顔で今にも倒れそうじゃないか」
ビルは私の頬に両手を当て、覗き込んでくる。ビルの目には私の姿が映りこんでいる。
それにしても恋人同士でも家族でも無いのに、ビルは随分私に対して距離が近いように感じる。……まだ出会って間もないし、そんなに親しい間柄でも無いのに。
「……分かったわ。それなら……部屋で休ませてもらうわ」
リビングに戻りかけた時。
「リア」
背後から呼び止められた。振り向くと、ビルが真剣な眼差しでこちらを見つめている。
「何?」
「……俺が戻るまで、絶対に何処へも行かないでくれよ?」
「え? ええ。分かったわ」
頷くと、私はリビングへ戻った。
リビングで暖炉の炎がパチパチと音を立てて燃え、室内を温めてくれていた。
時計の針は20時を過ぎており、窓の外は真っ暗で夜空に星が瞬いている。そして美しい大きな満月。
夜空を見つめていると、ビリーと初めて温泉に行った時の会話を思い出してしまった。
ビリーに冬になると見ることが出来るオーロラの話をして、この村で幸せに暮らしましょうと2人で約束したのに……。
「う……」
再び涙が込み上げてくる。
駄目だ、今は見るもの全てビリーを思い出してしまう。
「リア。片付けが終わったよ」
「あ……ビル」
ビルはお茶が入ったトレーを手にしていた。
「お茶にしないか? 棚から茶葉を見つけて……って、リア。泣いているのか?」
「な、何でも無いわ」
慌てて目をゴシゴシこすると、ビルはトレーをテーブルに置いて近付いてきた。
「またビリーのことを思い出していたのかい?」
「え、ええ……駄目ね。私って、ビリーが帰ってこないだけで、こんな弱気になるなんて……」
「リア……」
「明日、またビリーを捜しに行くわ。寒がっているかもしれないからマフラーを用意しなきゃ」
「リア。気持ちは分かるが、ビリーは……」
「あの子の手袋もいるわね。それに帽子だって……あ、雪が降ったらいけないからマントも用意しなくちゃ」
「リアッ! 俺の話を聞くんだ!」
ビルは大きな声を出すと、私の両肩を掴んできた。
「ビ、ビル……」
「しっかりしてくれ。今、もしリアのそんな姿を見ればビリーが心配するだろう?」
「だ、だって……そんなこと言われても……む……無理よ……」
ビリーと過ごした期間は、ほんの数カ月だった。けれどあの子は今の私の人生全てだったのだ。
「リア……ッ!」
ビルが強く抱きしめてきた。
「み、皆……ビリーのことを諦めろって言うけど……そんなの出来ない……私は……もう1人ぼっちになりたくないの……」
ビルの胸に顔を押し付けるも、涙が溢れて止まらない。
こんな風に泣くのは、いつぶりだろうか? 本当は、ここに1人で来て暮らしていくつもりだった。
爺や婆や、それにチェルシーを巻き込みたくなかったから。
だけどビリーと旅を続け、ここで暮らし始めて誰かと一緒に暮らせる幸せを味わってしまった。
あの子の明るい笑顔が、頑張って背伸びしようとしていた姿がとても愛しくて……本当に大切な存在だった。
ビリーがいなくなったこの家で1人で生きていくなんて、そんなのは辛すぎる。
「泣くな……頼む。俺が、リアの心の傷が癒えるまで傍にいるから……いや、傍にいさせてくれ。お願いだ」
ビルの言葉に、私は黙って頷いた――




