4章 13 ビル 4
「う~ん……」
ふと、部屋に漂う甘い香りで目が覚めた。
気付けば、暖炉のあるリビングの長ソファの上に寝かされ、ブランケットが掛けられていた。
「私……また気を失ってしまったのね……」
天井を見つめながらポツリと呟く。眠っている間に何か夢を見ていたような気がするけれども、思い出せない。
「ビリー……」
ポツリと呟く。
ビリーは消えてしまった。あの子が消えて1日しか経過していないのに、私の中では何年も経ってしまったように感じる。
もうすぐ寒い冬が来る。その前に、やらなければならないことが山程あるのに……何の気力も湧いてこない。
まさかビリーがいなくなって、ここまで自分が打ちのめされるとは思わなかった。
時が巻き戻る前……私は既に80年の時を生きてきた。辛い別れなど数えきれないほど経験しきたはずなのに。
「そういえば……この香り、何かしら……?」
ゆっくり起き上がり室内履きを履いたところで、エプロンをつけたビルが部屋に入って来た。
「え……? ビル?」
するとビルの目が見開かれる。
「リアッ! 起き上がって大丈夫なのか?」
ビルが駆け寄り、私の両肩に手を置いた。
「え、ええ……。大丈夫」
「だけどまだ顔が青い。椅子に座っていた方がいいだろう? ここに座りなよ」
リビングテーブルの前に置いた椅子をビルが引いた。
「ありがとう……」
椅子に座ると、ビルが尋ねてきた。
「リア、もう丸1日以上、何も口にしていない。今何か食事を持ってくるから一緒に食べよう?」
お腹は確かにすいているけれども、何も食べる気になれなかった。
「ビル、悪いけど私……」
「いいや、食べなきゃだめだリア」
「……分かったわ」
いつになく強い口調のビルに頷く。
「良かった、すぐに用意するからここで待っていてくれ」
ビルはそれだけ言うと、リビングを出て行った。
「今、何時なのかしら……?」
壁の時計を見てみると、5時を少し過ぎていた。一体今はいつの5時なのだろう?
ビリーが消えてしまってから自分の時間の感覚もおかしくなっている。
その時。
「お待たせ、リア」
料理の乗ったトレーを持ってビルが再びリビングに現れた。
「俺もまだ食事が終わっていないんだ。一緒に食べよう」
トレーをテーブルに置くと、ビルは向かい側に座った。彼が用意した食事はスコーンにベリーのジャム。それにジャガイモのポタージュだった。
そうか……甘い香りはこのジャムだったのか……。
「勝手に台所を借りてごめん。だけど……何かリアに食べて貰いたくて」
申し訳なさそうにビルが言う。
「ううん……いいのよ。私の為を思って料理を作ってくれたのでしょう? ありがとう」
実際今の私は何一つする気力が無かった。
「そう言って貰えると嬉しいよ。それじゃ、早速食べるとするか」
「……ええ」
のろのろとスコーンに手を伸ばし、ベリージャムをスプーンで塗ると口に入れた。
「……どうかな? リア」
ビルが身を乗り出して尋ねてくる。
「とても美味しいわ。スコーンも、それにジャムも。ビルは料理が上手なのね?」
「そうだな、全部料理は大好きな姉に教えて貰ったんだ」
食事しながら答えるビル。
「そうだったの……」
「姉は本当の非の打ち所がない女性だったよ。優しくて思いやりがあって、家事は得意だし。何よりとても綺麗な人だった。そんな姉に恋する男たちも沢山いたよ。だけど俺が全部追い払っていた。大切な姉を誰にも取られたくなかったからね」
私の気を紛らわせる為か、ビルは饒舌に語る。
「そう……ビルはお姉さんのこと、大好きだったのね」
「ああ。それに今だって……大好きだよ」
ビルは私の目をじっと見つめて、笑みを浮かべた——




