4章 9 涙に濡れる頬
『お姉ちゃん……助けて……怖いよぉ……』
闇の中でビリーが泣いている……。
『ビリー! どこなの!? お姉ちゃんはここよ!』
けれど辺り一面真っ暗で、自分の手さえ見ることが出来ない。
『お姉ちゃん……お姉ちゃ……』
ビリーの声がどんどん遠くなっていく。
『ビリーッ! 行かないで! お姉ちゃんを1人にしないで!』
その時――
「リアッ! しっかりしろ!」
突然大きな声で呼びかけられ、目を開けた。すると今にも泣きそうな顔で私を見つめるビルの姿が。
「あ……ビル……?」
気付けば、私はビルの腕の中だった。
「良かった……リア……いきなり気を失って倒れた時は本当に心配したよ……」
そして嗚咽交じりに私を強く抱きしめてきた。
「ビ、ビル……? もしかして泣いてるの……?」
「……っ。ご、ごめん……あ、あの時のことを思い出して……」
「あの時の……こと……?」
「俺の……大切だった姉が亡くなった時のことだよ」
「お姉さんが……?」
そう言えば、そんな話をビルから聞かされたことを思い出した。
だけど、どうしてビルは私を必要以上に気にかけるのだろう? まだ出会って数回だと言うのに。
ビルは私を抱きしめたまま話を続ける。
「リアの今の気持ち……俺には痛いほど分かる。何故、そんなことを言うのだと思われたって構わない。でも、この世にはどうしようもないことが沢山あるんだ。リアなら……そのこと、良く分かるんじゃないか?」
そんなこと、ビルに言われなくたって分かっている。だって私は80年以上も生きてきて、60年という時を巻き戻ってきたのだから。
60年前――
どうしようもなく無力だった私。婆やも爺やも村での厳しい生活に耐えられなくて死んでしまった。可哀そうなチェルシーは飢えの為に痩せ細って死んでいった。
王都から食料を強奪しに来た騎士達。どうか食料を奪わないで欲しいと懇願した村長さんは目の前で殺されてしまった。
ひねくれ者だった私を受け入れてくれようとしていた親切な人達は、本格的な飢饉のおとずれで次々と亡くなっていった。
私は皆の死を……どうしようもなく見ているしか出来なかった。本当に無力だった。
だから時が巻き戻った時は嬉しかった。大切な人々を失わない為に改心し、努力してきたつもりだったのに……!
「そ、それじゃ……私はもう……ビリーのことは諦めなくちゃ……いけないってことなの……?」
黙って頷くビル。
「そ、そんな……!」
そのままビルにしがみつき、涙が枯れるまで泣き続けた。その間、ビルは黙って私を抱きしめ背中を撫でてくれたのだった——
****
今、私とビルはテーブルに向かい合って座っていた。
「……リア。少しは落ち着いたか?」
ビルが話しかけてきた。
「……ええ」
泣き疲れて、返事をするのがやっとだった。
「ココアでも飲むかい? 実はとっておきのココアを持っているんだ。身体が温まるぞ?」
その時。
—―コンコン
扉をノックする音が聞こえ、私は素早く反応した。
「まさかビリーッ!?」
「リア、落ち着け。もしビリーなら、ノックなんかしないで家に入って来るだろう? 扉に鍵は掛けていなんだから」
「あ……」
「ごめん、別にリアを打ちのめしたいわけじゃないんだ。ただ……現実を受け入れてもらいたくて。リアはここにいてくれ。俺が応対するよ」
ビルは立ち上がり、私の肩を叩くと部屋を出て行った。
「ビリー……」
1人部屋に残された私の頬に……一滴の涙が流れ落ちた——




