3章9 それぞれの役割
市場の屋台で私とビリーはスライスされたパンと香辛料で焼き上げた鶏肉を買って家に帰って来た。
「はい、どうぞ。ビリー」
出来上がった昼食をテーブルに乗せると、私も席に座った。
「うわぁ~美味しそう。お姉ちゃん、これは何?」
ビリーの目は料理に釘付けになっている。
「フフ。これはね、さっき市場で買ってきたハムと卵を焼いてパンで挟んだ物よ。間にレタスとトマトも挟んだの。これはいんげん豆のスープ。牛乳も買えたからちょっと奮発したわ。何しろ食事の後は肉体労働が待っているからね。それじゃ、早速食べましょう」
「うん!」
すぐにビリーはパンにかぶりつき、笑顔になる。
「美味しい! お姉ちゃん、すごく美味しいよ」
「本当? ありがとう。スープも飲んでみてね」
ビリーが笑顔で食事をしている姿を見るのが好きだ。この子の為にもっと料理の腕を上げて、必ず幸せにしてあげよう。
いつか可愛いお嫁さんを貰って、私の元を去っていくその日まで。
何故かビリーを見ていると、そういう気持ちが込み上げてくるのだった――
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午後1時過ぎ――
私は畑を耕し、ビリーには2階の掃除をお願いした。
「僕も畑仕事を手伝う」とビリーは言ったけれども、まだ10歳の子供には鍬は重いし、万一怪我でもされたら大変だからだ。
ここ『ルーズ』は無医村の村。
薬草は売っているけれども医者はいないので、村人たちは怪我や病気には気を配っていた。
念の為に家庭用の医学書を買っておいたのだが、不安は尽きない。だからなるべくビリーには危ない真似をさせたくはなかった。
ザッ!
ザッ!
髪が邪魔にならないように後ろでまとめ、農村女性のような身なりで鍬を振るう今の私を父や婆や達が見たら何と思うだろう。
もしかすると卒倒してしまうかもしれない。
「ふぅ……やっぱり、いくら若さが戻っても畑仕事はさすがにきついわね」
一息つく為、鍬を下ろした。大分北風になってきたけれども、畑仕事は重労働で身体が少し汗ばんでしまった。
「今夜は温泉にでも行こうかしら……」
『ルーズ』は何も無い辺境の地ではあるものの、一つだけ魅力的な物があった。それが温泉だ。
村のあちこちに自然に湧き出た温泉があり、身体にも良い効能があると言われて村人たちは温泉に通っている。
以前の私は『侯爵令嬢が平民達の前で素肌を晒すなんてとんでもない』と、断固として温泉に行くのを拒んだ。
そこでわざわざバスタブを取り寄せ、お湯を沸かして入っていた。その役目をチェルシーにさせていたのだ。
チェルシーが亡くなった後も私は1人で湯を沸かしてバスタブを利用していた。
けれど年月とともに身体が衰え始め、湯を沸かすことが困難になってきた。そこでようやく温泉に行くようになったのだが……それがとても気持ち良く、すっかり温泉好きになっていたのだ。
「今夜はビリーを連れて温泉に行きましょう。きっと喜んでくれるに違いないわ」
再び鍬を振るって、畑を耕していた時。
「こんにちは、精が出ますね」
不意に男性の声で話しかけられ、顔を上げると、優し気な顔の青年が私に笑顔を向けて立っていた。
あの青年は……?
何処かで見た覚えがあるのに、さっぱり思い出すことが出来なかった――




