1章23 娘として、最後の願い
父の書斎へ向かう途中、何人もの使用人達とすれ違った。
皆私を見て目を見開いて見つめるも、挨拶してくる人は誰もいない。
私がドヌーブ家を追放されたから挨拶しないのは分かり切っていたが、ジロジロ見られるのは正直、気分が悪かった。
確かに今の私は酷いなりをしている。
ろくに整備もされていない特例第一区に行ったせいで、ドレスは埃で汚れている。
井戸水を汲んだせいで髪もほつれてしまったし、袖部分には泥が跳ねている。
挨拶もしないなら、私を見るのはやめて欲しい。けれどすぐにこの屋敷を出るのだから我慢することにしよう。
私は堂々と胸を張って父の書斎の前に立つと、扉をノックした。
――コンコン
「お父様、失礼いたします」
扉を開けると机に向かって仕事をしていた父が顔を上げ……目を見開いた。
「オフィーリア!? 一体その恰好はどうしたのだ!?」
「本日『テミス』の町に行って、少々ドレスを汚してしまいました。
「何故町に行っただけで、そんなに汚れるのだ?」
「実は……特例第一区に行ってきたのです」
「はぁ!? 何だと!?」
父が音を立てて椅子から立ち上がった。
ガタンッ!!
その拍子に椅子が激しい音を立てて後ろに倒れる。
「落ち着いて下さい、お父様。何もそんなに驚くことのほどではありませんか」
「何を言っている! 驚くに決まっているだろう!? 貴族ともあろう者が、貧民地区に出入りしているとは……!」
う~ん……そんなに驚くことだろうか?
けれど私のしてきたことを知れば、父はもっと驚くだろう。
「それで一体何故貧民地区に行ってきたのだ! それとも強引に連れていかれたのか!?」
「いいえ。私の意思で行きました。それでお父様、王室からは早急に私をここから追い出すように言われているわけですよね?」
「う、うむ……そうだが……私としては2日と言わず、もっと猶予を与えてやりたいのだが……」
父はため息をつくと、椅子に座った。
「それでしたら大丈夫です。2日と言わず、明日にでも屋敷を出て行きますから」
「明日だと!? 本気で言っているのか!?」
「はい。その代わり、娘として最後に一つ、お父様にお願いしたいことがあります。……聞き入れていただけないでしょうか?」
最後に一つ、という言葉が父の耳に届いたのだろう。
「オフィーリア。その願いとは……一体何だ?」
「特例第一区の改善についてです」
私は自分の要求を父に伝えた。
特例第一区の井戸を埋め、水道を引くこと。鉱山の立ち入り検査、もし有害だと判断した場合、入り口を封鎖する事。
そして特例第一区の人々に資金援助の願い。最後に、私が明日ここを出ることは誰にも内緒にして欲しいとお願いした。
父は私の話に驚いたものの、「娘としての最後の願い」と言う事で要望を全て聞き入れてくれたのだった。
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――21時
「ふぅ~……労働の後の入浴は気持ちいいわ」
バスルームから出てきた私は、部屋の荷物を見渡した。
持っていくものは衣装箱3つにトランクケースが2つ。これだけだ。
1人で『ルーズ』へ向かうのだから、出来るだけ荷物は最小限に抑えた。
必要な物は、村に着いてから買えばいい。
爺やに婆や。それにチェルシーは未だに私について行くことを諦めていない。
だから、夜明け前にここを発つつもりだ。
60年という長い時を巻き戻ったせいだろう。不思議と、家を出るのに未練は無かった。
「明日は早起きしないといけないから、もう寝ましょう」
部屋の明かりを消し、早々とベッドに入る。
「おやすみなさい……」
目を閉じ……あっという間に私は眠りに就いた。
そして翌朝。
予想外のことが起こる――




