1章17 『テミス』の町 5
「オフィーリア様!? 一体その姿はどうなさったのですか!?」
馬車に戻ってきた私を見て爺やが身体をのけぞらすほど驚いた。
「え? 姿って……?」
言わられて改めて自分の姿を見ると……うん、確かに結構ななりをしている。
ドレスの袖はまくっているし、髪も少し解けている。それに所々ドレスに水が飛び散った後が残されていた。
「あはははは……確かに、この姿は酷いわね。そんなことよりも爺や! 今から水を貰いに行くわよ!」
「え? 水ですか? もしかして喉が渇いたのですか? だったら水ではなく、お茶を飲まれた方が良いのではありませんか?」
「いいえ、そうじゃないの。特例第一区の人達に『テミス』で普通に飲まれている水を飲ませてあげたいのよ」
「特例第一区……? ええっ!? 何故そんなところへ行くのですか!? はっ! ま、まさか先程オフィーリア様が1人で出掛けられた場所って……」
爺やがガタガタ震えながら私を見つめる。
「あ、分かっちゃった? 実はさっき行ってきたのよ……って爺や!? だ、大丈夫!?」
「そ、そんな……侯爵令嬢であるオフィーリア様が……1人でひ、貧民地区へ行くなんて……」
余程ショックだったのか、爺やは御者台の上で倒れてしまった。
「キャアッ! 爺やっ! しっかりして爺やっ!」
その後……爺やが立ち直るのに5分程の時間を費やすことになるのだった――
「オフィーリア様、貧民……い、いえ。特例第一区の人達にお水を飲ませるとおっしゃいましたが、どうされるおつもりですか?」
ようやく落ち着きを取り戻した爺やが尋ねてきた。
「うん、良い質問ね。この町には各家庭に水道が引かれているわ。よそのお宅に行って、『お水を分けて下さい』なんて、流石に言えないでしょう?」
「まぁ、それは言えますね」
頷く爺や。
「だから料理店に行くのよ」
「え? 料理店へですか?」
「そう、お金を払って料理店からお水を買う。ついでに何か料理を注文して届けるわ」
「料理もですか? 何もそこまでしなくてもいいのではありませんか?」
やはり爺やも侯爵家で働くだけのことはあり、『飢え』がどれ程辛く苦しい事なのか分からないのだろう。
爺やがその事を理解するのは、皮肉なことに私と一緒に『ルーズ』に移り住んでからなのだが……今回はそうはいかない。爺やも婆やもチェルシーも私の犠牲にはさせないのだから。
「……どうかしましたか? オフィーリア様。先程から何かブツブツ呟いていますが……」
爺やが不思議そうに首を傾げる。
いけない、どうやら私の心の声が漏れていたようだ。
「いえ、何でも無いのよ。それじゃ、早速料理店に行きましょう」
「はい、オフィーリア様」
そして私たちは『テミス』でも評判の料理店へ向かった――
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「ドヌーブ様、ようこそ当店へお越しくださいました」
店でオフィーリア・ドヌーブと名乗ったところ、わざわざ料理長が挨拶に現れた。
「素敵なお店ね。料理もさぞかし美味しいのでしょうね?」
爺やと2人で窓際のボックス席に座ると、料理長に笑顔で話しかける。
「はい! 当店は『テミス』で最も多くのお客様に足を運んで頂いている料理店です。私は10年間王宮の料理人として、腕を振るってきました。必ずドヌーブ様の満足できる料理を提供できると思います!」
ひげを蓄えた料理長も満面の笑顔を浮かべた。
「頼もしい言葉ね」
「ええ、お任せ下さい。それでは何を注文されますか?」
「そうね……」
私はメニューを閉じると料理長を見上げた。
「まずは大きな水がめに水を用意して貰えるかしら?」
「え……?」
私の言葉に、料理長が目を見開いたのは……言うまでも無い――




