1章12 見過ごせない
――翌朝
なるべく他の使用人達と顔を合わせたくなかったので、チェルシーに頼んで簡単な朝食を部屋に運んでもらった。
「オフィーリア様、本当にこんな粗末な食事でよろしいのですか?」
サンドイッチを運んで来たチェルシーが不思議そうに尋ねる。
「ええ、勿論よ。昨夜はご馳走を食べ過ぎてしまったものだから、お腹が一杯なのよ」
「え……? ご馳走? でもお食事はいつもと変わらない内容だったと思いますが?」
「え? アハハハハ……そうだったかもしれないわね。でも、ほら。これを見て。この卵の美味しそうなこと……ハムだって上質だし、最高に素晴らしい朝食よ」
『ルーズ』では節約暮らしを強いられていた。卵だって近所から分けてもらうので毎日食べることなど出来なかったのだから。
「そうですか? でもオフィーリア様がそうおっしゃるなら良かったです」
私は早速、チェルシーが持ってきてくれたサンドイッチを口にしようとした時。
「あ、そういえばオフィーリア様。昨夜は沢山本をいただき、ありがとうございます。実は『テミス』に嫁いだ姉に、本を貸してあげようと思っているんです。よろしいでしょうか?」
「ええ、あの本はもうチェルシーにあげたものだから好きなようにしていいのよ。でも知らなかったわ。お姉さんが『テミス』に嫁いでいた……なん……て……え!? ちょ、ちょっと待って。今、『テミス』って言った?」
「はい? 言いましたけど? 私にはオフィーリア様より2歳年上の姉がいて、今年『テミス』に嫁いでいったのです」
ニコニコ笑いながら答えるチェルシー。
知らなかった。まさかチェルシーに姉がいて、しかも『テミス』に嫁いでいたなんて。
でもあの当時の記憶を思い出してみれば、確かに『テミス』の町が滅んでしまった話を知った時、チェルシーは気を失ってしまったのだっけ。
それからしばらくの間、チェルシーは隠れて泣いていた。けれど私の前では笑顔を絶やさなかったので、敢えて尋ねなかったのだけど……。
「そ、そうだったのね……チェルシーにはお姉さんがいたのね。知らなかったわ……」
平静を装いつつ、私はサンドイッチを口にした。
「はい。このお屋敷でメイドとして働くまでは、姉と一緒に暮らしていたんです。姉は家事がとても得意なのですよ。あ……申し訳ございません。自分のことばかり話してしまって」
チェルシーが頭を下げた。
「いいのよ。気にしないで……」
食事をしながら、私の荷造りをしているチェルシーの横顔をそっと見つめる。
駄目だ、見過ごすわけにはいかない。このまま何もしないければ、確実に『テミス』は滅びる。
私はチェルシーを二度と辛い目に遭わせないと決めたのだから。
この先『テミス』に何が起こるのか、知っているのは時が巻き戻った私だけ。
私が何とかしなければ……! そのためには――
「ねぇ、チェルシー」
「はい、何でしょうか?」
荷造りの手を休めてチェルシーが返事をする。
「食事が終わったら、少し出掛けてくるわ。悪いけど、その間の荷造りをお願い出来るかしら?」
そしてにっこりと笑った――




