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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
最終章 邪気の国

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邪鬼の国

 翌朝。まだ街が薄明に包まれている頃、ボクたち四人――リゼ、ジーク、エルネア、そしてボク――はヴェルナードの城門前に集まっていた。

 朝露が石畳を覆い、吐く息が白く揺れる。そんな静寂の中、見送りに来てくれたフローラとガレドの姿があった。


「んじゃ、行ってくる」


 リゼが軽く手を挙げる。


「えぇ、道中気を付けて。そして……必ず、生きて帰ってきて」


 フローラの声には、王女ではなく一人の仲間としての温かさがあった。ボクは頷き返す。視線が重なった瞬間、フローラは胸の前で小さく拳を握りしめ、深くうなずいた。言葉はなかった。でも、それだけで十分だった。ボクには、彼女の想いが痛いほど伝わった。


(思いを告げた相手にここまで真摯に向き合えるのは本当にすごいな、フローラ)


 ボクはそんなことを思いながら馬車に乗り込むと、軋む音を立てて馬車が動き出す。見送る二人の姿が徐々に遠ざかり、ヴェルナードの城門を出ると、そのまま北へと進路を取った。


 セレフィアの街道を進み、いくつかの集落を抜けると、やがて道は荒れ始めた。舗装も途切れ、木々が密集する森の入口が見えてくる。そこでボク達は馬車を降り、そこからは徒歩で動く。

 国境付近には明確な線はなく、深い森が自然の境界のように広がっていた。


 森へ一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。昼だというのに薄暗く、肌に冷たい風がまとわりつく。


「気温が下がったな……」

「穢気が混じってるな。空気が重い」


 リゼが眉をひそめる。


 森の浅い部分にはまだ人の通った跡があり、草を刈り分けた簡易的な道が続いていた。だが、奥へ進むほど足元の草は深くなり、やがて剣で枝を払わなければ進めないほどになった。


 途中、魔物が現れた。牙を剥く狼型の獣や、体から瘴気を噴き出す巨鳥。

 リゼの炎が夜明けのように燃え、ジークの金の気が鋼の刃となって敵を切り裂く。エルネアの放つ風の矢が次々と命を貫き、ボクは身体強化の白い気で受け流しながら反撃を重ねた。


 属性の相性が見事に噛み合い、連携は驚くほど滑らかだった。


 三人とも歴戦の戦士であり、互いを信じて動くその姿勢に無駄がなかった。この三人と一緒であれば道中の魔物なんて本当に取るに足らない障害だった。


 そして野営を重ね、二日目の昼過ぎ。

 ようやく薄暗い森を抜けた先には、果てのない荒野が広がっていた。


 土は黒ずみ、岩肌は焦げたようにひび割れ、人の気配はどこにもない。


「ここが……邪鬼の国」


 思わずそう口からこぼれてしまうほど、閑散としており、どこか物悲しい雰囲気を感じる場所だった。

 そして荒野の丘の上に、一つの巨大な影がそびえていた。


 塔のように尖った屋根、無数の尖塔、そして空を覆う雷雲。


「あれが邪鬼王の城か……」


 ジークは息をのんだ。

 空を走る稲光が一瞬、城の輪郭を浮かび上がらせる。


「ちっ……嫌な気がここら一帯に充満してやがる」


 リゼが吐き捨てる。

 エルネアは胸の前で手を組み、怯えるように小さく祈った。


 ボクは視線を遠くの城へと向け、心の中で呼びかける。


(今、助けに行くからね……イリス)


 ***


 邪鬼王の城が見えてからおよそ一時間。

 ボクたちはついにその目前までたどり着いた。


 大地は亀裂に覆われ、空気はねっとりとした穢気で満ちている。


「森を出た時もこの穢気に面食らったが、この辺りはさらにすごいな……」

「えぇ、まるで世界中の穢気がここに集まってるみたい」


 悲しみ、怒り、憎しみ、嫉妬……それらの感情がすべてごちゃまぜになって薄く引き伸ばしたような雰囲気が辺り一面へと流れ出ていた。

 ジークとエルネアが同時に顔をしかめた。


 底の見えない巨大な谷。その向こうに城はそびえている。


 唯一の道は、朽ちかけた木製の吊り橋だった。足を踏み入れるたびに、軋む音が骨に響く。

 一歩、また一歩。全員が慎重に進む中、ようやく対岸にたどり着いた時だった。


 城門の前に、一人の女が立っていた。艶やかな黒髪に、深紅の瞳。人ならぬ美しさと、底知れない威圧感。


「コウ様と、そのご一行様。ようこそ邪鬼の城へ。ヴァル様の元へご案内いたしますわ」


 その声は滑らかで、同時に妖しい。

 門を開き、手で中へと促す仕草すら優雅だった。

 だが、ボクたちは顔を見合わせ、誰も動こうとしない。


「そんなに警戒なさらなくても。あら、自己紹介がまだでしたね。私はフィルナ。ヴァル様の側近の一人よ」


 艶やかに微笑むその姿――だが、どこかおかしい。気の流れが、まるで感じられなかった。


 リゼが前へ出る。


「お前の主に伝えろ。出迎えるなら、ちゃんと“実体”を持った案内をよこせ、とな」


 その声と同時に、炎をまとった大剣が横薙ぎに振るわれた。


 瞬間、女の身体が音もなく切り裂かれる。

 だが、血は流れない。代わりにその身体が煙のように揺らぎ、霧散した。

 遠く、響くように声が届く。


「まぁ……私の幻影を見破るなんて。失礼いたしましたわ。それでは、中でお待ちしておりますので」


「ちっ……幻影なんかよこしやがって」


 リゼが悪態をつく。


 ジークは顎に手を当て、冷静に言った。


「気の流れこそなかったが、見た目は完全に実体だった。幻術の使い手としては相当なものだ」

「一筋縄ではいかないってわけね……」


 エルネアが小さくつぶやく。


 城門が軋む音を立てて開く。

 中へ足を踏み入れた瞬間、思わず息をのんだ。


 広大な玄関ホール。吹き抜けの天井に青い絨毯、規則的に並ぶ魔石灯が青白く輝いている。

 その光は冷たく、まるで夜の海の底に沈んだようだった。


「ったく、ヴァルのやつ……辺鄙な場所にこんな贅沢なもん作りやがって」


 リゼがぼやく。


 邪鬼の城。もっと荒々しいものを想像していたが、そこには不気味なまでの静寂があった。

 周囲の気配を探ると、小さな気が無数にあったが、それらはどれも息を潜め、こちらを窺っている様子だった。しかし、少し離れた場所に三つ、大きな気の塊が感じ取れる。


「……上だな」


 階段の先――吹き抜けの二階、そのさらに奥から、強烈な気がこちらを見下ろしていた。


「これだけあからさまに誘われちゃ、乗るしかないよな」


 リゼが口の端を上げ、剣を握り直す。

 全員が無言でうなずき、ゆっくりと階段を上り始めた。


 階段を上る足音が絨毯に吸い込まれていく。

 息を潜めた空気の中、心臓の鼓動だけがやけに大きく響いた。

 ――その先に、イリスがいる。


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