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転輪御伽草子モモタロウ ~ぶっちぎりの最強vs.最強!!! 異世界転生者と輪廻転生者が地球の命運を懸けて正面対決する!!!!!~  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第9章 温泉まったり小休止

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第53転 オルフェウスと会話イベント

 旅館『まつだいら荘』はホテルというよりは民宿に近い規模の宿泊施設である。今回、借りられた客室も一人一部屋ずつという贅沢なものではなく、男部屋・女部屋の二つに分かれてである。

 客室に入ると、窓際の椅子にオルフェウスが腰掛けていた。小さなテーブルの上に緑茶を用意し、窓の外の景色を眺めている。


「やあ、吉備之介くん。どうしたんだい?」

「ああ、ジュースを買おうと思って財布を取りにな」


 ホテルの自動販売機はまだ稼働している。この御時世、いつ停止になるか分からないので、使える内に使おうと思ったのだ。


「そっちは? 茶をしばいてまったりしていたところか?」

「うん。外の景色を眺めていたんだ」


 オルフェウスにつられて俺も窓の外を見る。旅館の目の前には鮎や鮭が棲んでいそうな川と青々とした森林が広がり、遠くには秩父山地が見える。悪くはないが正直、風光明媚とまで言えるほど素晴らしい景色ではない。だが、オルフェウスにとっては感じ入るものがあるようで、まったりと景色を堪能していた。


「いい緑だ。俳句でも詠もうかな」

「俳句も読めるんだな、オルフェウスって」


 詩に関する事とはいえ何でもできるな、このギリシア人。


「そういえば、一度聞いておきたかったんだけど」

「何だい?」

「あんたはなんでこの戦いに参加したんだ? いくら強いといってもあんたは『戦士』じゃなくて『詩人』だろ?」


 神話・伝承において英雄のポジションは大体定まっている。『戦士』であれば伝説を残す役目、『詩人』であればその伝説を語る役目だ。活躍すべきステージがそれぞれで異なる。しかし、今回の戦においてオルフェウスに課せられたのは『詩人』ではなく『戦士』――異世界転生軍と戦う役目だ。一体どういう風の吹き回しだろうか。


「そうだね。……この世界を愛しているから、かな」

「おっふ」


 愛と来たか。そりゃまた情熱的な理由だな。


「ぼくの冥府下りの逸話を聞いた事は?」

「そりゃあるぜ。有名な話だからな」


 前にも語ったが、この男は冥府を往還した伝説を持っている。往還した目的は妻を取り戻す為だ。オルフェウスにはエウリュディケという名の妻がいたのだが、彼女は新婚早々に命を落とした。妻を諦められなかったオルフェウスは生きたまま冥府を訪れ、彼女を求めた。

 オルフェウスの愛に感動した冥王妃(ペルセポネ)に説得された冥王(ハデス)はエウリュディケを解放した。だが、無条件ではなかった。「貴様の妻は貴様の後ろを歩かせる。冥府から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返るな。振り返れば貴様は妻を永遠に失う事になる」という冥府のルールがあったのだ。

 出口――現世の光が見えたところで、本当に妻が後ろについてきているか不安に駆られたオルフェウスは振り向いてしまい、それが妻の姿を見た最後となったという。


「事実は少し違う。ぼくは不安に駆られて振り向いたんじゃないんだ。妻と決別したから振り向いたんだ」

「なんで? 妻を迎える為に冥府まで下りたんだろ、あんたは」


 その妻と決別したら、わざわざ冥府くんだりまで出向いた甲斐がない。なのに、何故。


「妻から自分を置いていくように言われたからさ。彼女は詩心を失っていた。冥府に堕ちた時点で既に彼女は人の心を失くしていた。それが『死ぬ』という事なんだ」


 その時のエウリュディケの表情はまるで人形のようだったとオルフェウスは言う。如何なる感情も窺う事はできず、人を装っている何かにしか見えない。無味乾燥の仮面を着けているかのようだったと。


「ぼくが冥府を下りるほど愛していると伝えても、彼女の心には響かなかった。生前では考えられなかった事だ。ぼくの愛はもう彼女には届かなかったんだ」


 それでも、感情はなくとも知性で判断はできる。合理的な思考が彼女に「自分はもうオルフェウスの共に生きる事はできない」と結論を出したのだ。


「それで納得して現世に還ったのか、あんたは」

「勿論、すぐに納得できる筈もなかった。必死になって懇願したよ。詩心を失くしたとしても、ぼくはきみと一緒にいたいと。だけど、彼女は言った。ぼくは『詩人』――悩み、苦しみ、それでも最後には個人への愛ではなく世界を詠う方を選ぶと。いずれ自分と決別する事は目に見えている、その時に傷付くのはぼくの方だとね」

「…………」

「何の反論もできなかったよ。それで彼女の言う通りに別れた」


 英雄の(さが)だな。我が強すぎるが故に在り方を曲げる事ができない。愛よりも信条を優先せざるを得ない。そも強い我があればからこそ英雄と讃えられるほどの活躍を成す事ができたのだ。それをオルフェウスの愛妻(エウリュディケ)は見抜いていたのだ。


「つまり何が言いたいかというとね、それほどまでにぼくは(せかい)を愛しているという事さ。それが詩人(ぼく)が戦う理由だよ」

「成程ね。理解したよ」


 世界への愛に懸けて、異世界転生軍にこれ以上世界を滅茶苦茶にされる訳にはいかない。だから非戦闘員職業(ジョブ)でも過酷な前線に赴く。それが今のオルフェウスなのだ。

 成程なあ。カッコいいじゃん、あんた。


「俺も元々戦意はあるつもりだったけど、オルフェウスの為にも刀を振るうとしよう」

「それは嬉しいね。ありがとう」


 俺がそう言うとオルフェウスは月花のようにはにかんだ。

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