第49転 大神霊実流剣術奥義
「……いや、本当、勝手な話だな。滅茶苦茶な理屈だぞ」
「勝手なのは当然でしょう? 私は月女神よ」
「おまけに月の都のお姫様だものな。ていうか、プロポーズみたいだぞ。『ずっと隣で見守ってあげる』なんて」
「そう捉えても構わないわよ。そうね、あんたとなら私も悪くないわ」
「おまっ、恥ずかしい事をよくも……。ああ、ああ、分かったよ」
やれやれ。敵わないな、こいつには。
竹の言い分は支離滅裂でまるで筋が通っていない。だというのに、どこか安心している自分がいる。胸のつっかえが取れた気分だ。そうか、俺が俺を許さなくても、こいつは俺を許してくれるのか。そうか、そうか。
……そりゃあいいな、うん。
「それじゃあ、精々一緒にいて貰おうかね」
「ええ。手始めにそこの因縁を斬りなさい」
竹が指差した先、そこには温羅が立っていた。竹と同様にこいつも俺と意識が混線したのか、それとも悪夢と現実が入り混じっているのか、それは判別できない。だが、俺の想像が生み出したものではないというのは、奴が発する鬼気から分かる。こいつは本物の温羅だ。
「桃太郎、ここで会ったが一〇〇年目ならぬ一〇〇〇年目よ。今ここでその素っ首、刎ね飛ばしてくれるわ!」
温羅が嗤う。鬼らしい凄絶な笑顔だ。復讐の愉悦に酔っている者の表情だ。ああいう顔をする奴は平安時代でよく見掛けた。最早仇を討ったところで収まらない。誰かに斬られるまで止まらない。そういう存在だ。
ならば、ここで斬り捨てる事がある種の救いにもなるだろう。
「百地?」
「大丈夫だ、勝つよ。見ていてくれ」
刀を鞘に仕舞う。肩の力を脱き、両腕を軽く曲げる。
今までは戦闘中に刀を鞘に納めた事はなかった。刀を抜いた状態でなければ『桃太郎のスイッチ』が入らなかったからだ。だが、今は違う。竹に許された今ならば、胸の障りがなくなった今ならば、俺は刀を握らずとも桃太郎になれる。俺は桃太郎と完全に一体化した。
「死ねェェェェェイッ!」
「【大神霊実流剣術】――【源郷】」
先手を打って温羅の懐に飛び込み、今まさに振り下ろされんとする岩刀を両手で挟んだ。そして、間髪入れず岩刀をへし折った。刃の根元から岩刀がぽっきり真っ二つになる。
無刀取り――剣術流派・柳生新陰流の妙技に通じる技術だ。柔術や合気道の術理を取り入れたものであり、温羅の岩刀をへし折ってみせたのも俺の膂力ではない。温羅の馬鹿力を利用したものである。世間的には真剣白刃取りの通称で有名だ。
「な、何だとォォォォォ!?」
慌てふためく温羅を冷徹な目に見据える。温羅は歯噛みし、飛び退いて一旦俺から距離を置いた。だが、近すぎる。その程度の距離ではまだ俺の間合いの内だ。
そして、納刀した今の状態ならば使える――俺の奥義を。
動揺と激昂で顔を歪める温羅に俺の必殺技を叩き込んでやる。
「終わりだ、亡霊」
言葉をその場に置き去りにして俺は温羅へと疾駆した。
【源郷】の水月の如き心境で敵を見定め、
【春聯】の霊力を鞘の内側に留めて高め、
【追儺】の高速移動で敵に肉薄し、
【卯槌】の踏み込みで地に震脚し、
【雛祭】の瞬発力で抜刀術を放つ。これが、
「【大神霊実流剣術】奥義――【異斬凪】」
温羅に右腰から左腕にかけて一直線に両断する。抜刀の余波が温羅の身体を浮かせ、直上に吹き飛ばした。血飛沫と臓物を散らしながら温羅の上半身が宙に舞う。
「そんなァ……ばかなァ……!」
信じられないと愕然した顔で温羅が地面に落下する。霊力を込められた刀で胴斬りされたのだ。如何に不死者といえども最早活動は叶わない。地面に転がる温羅はそれ以上動く事はなかった。
「これが鬼斬り桃太郎……! ううん、違う」
竹が半ば恍惚とした声色で言う。
「これが剣聖桃太郎……!」
悪夢が晴れて、俺達は現実世界に戻った。




