第46転 死霊魔法使い
黄泉醜女。
黄泉の住人。予母都志許売とも泉津醜女とも表記する。黄泉津大神であるイザナミの配下であり、冥府でイザナギを追い回した。
醜あるいは志許の語句は「醜い」という意味ではなく「強い」という意味であったとされ、醜女は「霊力の強い女」を指していたという。
◆ ◇ ◆
不死者の軍勢が怒涛のように迫る。思いがけず先駆けとなったネロが不死者を千切っては投げ千切っては投げ、戦列を散らして前進する。上げる声は鬨ではなく、幼子が喚いているかのようだ。
「わああああああああああっ! ああああああああああっ! あぁぁあぁあぁああぁっ!」
「ネロに続け! あいつを一人にさせるな!」
今は無双しているが、いつまで続くか分からない。今のネロは暴走状態なのだ。いつ息切れするか分かったものではない。それに、あいつが向かう先には温羅とエルジェーベトがいる。あの二人は決して侮っていい相手ではない。
とはいえ、ネロに追い付くのは容易い事ではない。不死者の軍勢がネロとの接触を避けて、こちらに押し寄せてくるからだ。
「くっ! ちいっ! このおっ!」
一心不乱に刀を振って雲霞の如き軍勢を斬り抜けていく。先頭は俺だ。その次に波旬、ハデス、オルフェウス、竹、カルルの順で続く。
「カルル、無理すんなよ!」
「いやいや、心配無用! 拙僧これでも僧侶ですからな。【初級治癒魔法】くらいなら使えますぞ」
温羅に爪で裂かれたカルルだが、どうにか走ってついてこられるくらいには回復したようだ。鎚矛をブンブンと振り回して不死者を退ける。痩せ我慢かもしれないが、本人がそう言う以上、ひとまず大丈夫だろう。
「【変生・魔針銃】――!」
波旬が炎の弾幕を張る。やはりこの中で火力において最強は波旬だ。不死者の軍勢をあっという間に瓦解させていく。
「オォオオオオー……ッ!」
「ふん!」
右から殺到する餓鬼や黄泉醜女をハデスの槍が貫く。あの武具は二叉槍というのだったか。槍先が二叉に分かれた、冥王ハデスを象徴する武器だ。素晴らしいほどの槍速と剛腕で敵陣の頭部を打ち砕いていく。
「ごめんね、余裕がないんだ。~♪ ~♪」
左から殺到する動く骸骨や人魂をオルフェウスが撃退する。一見するとただ琴を弾いているだけにしか見えない。だが、俺には把握る。あれは音の矢を飛ばしているのだ。奏でる音楽が大気の矢となって敵陣を撃ち抜いているのだ。音速かつ不可視の矢。あれと対峙するのはたまったものではないだろう。
「――【龍の首の珠】!」
「――どりゃあ! せいやあ!」
この二人が取りこぼし、後方から追い付いてくる敵を竹の宝玉とカルルの鎚矛で討ち払う。雲霞の如き軍勢が相手でもこの六人なら、どうにか押し負ける事なく前進する事ができる。
「見えた! 本殿だ!」
敵陣を蹴散らした先、軍勢の向こうに本殿の屋根がようやく覗いた。ネロの小柄な体が宙に浮いているのが見えたのは殆ど同時だった。ホームランボールのように高々とこちらに跳んでくる。
「おおっと! ネロ選手、大きく吹っ飛ばされたあー! これは早くも勝負あったかー!?」
「何かノリノリで実況してやがる……」
見上げれば、エルジェーベトが本殿の屋根の上に立っていた。あまりに罰当たりな行為だが、彼女の種族を考えれば不敬な振る舞いこそが相応しいともいえる。
吸血鬼。
血を吸う怪物の総称。世界中の民話や伝説に登場する、モンスター界の超弩級有名格。太陽を嫌い、生命の根源である生き血を啜る。不死者――死体が蘇った存在だというのが一般的だ。
魔法世界においては不死者ではなく、月神と契約を交わした種族であり、魔族の一種だ。太陽が輝く昼の間では無力化するが、月が照らす夜の間には絶大な力を発揮する。
この種族特性が彼女のチートスキルと絶妙に噛み合っていた。
エルジェーベト・ブラッディタンのチートスキル【闇夜行路・夜叉白銀】――明かりがなければないほど、暗ければ暗いほどに闇属性が強化されるスキル。この力が夜間活動をモットーとする吸血鬼と好相性していた。
最大出力ともなればあの魔王ニールに匹敵する。その強大な魔力の使い道こそが――
「――死霊魔法使い!」
「おや、オレの戦闘スタイルを御存知の御様子。ああ、カルル選手から聞いたのか」
不死者を統べる闇の王、死霊魔法使い。生ける屍や幽霊のような不浄なる者共を使役する者だ。不死者の軍勢は彼女のスキルで従えたものだったのだ。
エルジェーベトの眼下、本殿の前には温羅が立っていた。薄ら笑いを浮かべながら、右手には馬鹿デカい包丁のような岩刀が握られている。
成程、なんで温羅がエルジェーベトと手を組んでいるのかと疑問に思っていたが、エルジェーベトに使役される事で自身の強化に繋がるメリットが温羅にはあったからか。
「だったら、オレがこういう事をするのも予想できましたか?」
エルジェーベトが指を鳴らす。音に従い、本殿の裏に隠れていた二人の人物が姿を現した。ビキニアーマーの女騎士と三十歳前後の貴族男だ。
「ガブリエラ・B・カームブル!?」
「クラネス・K・セレファイス殿!?」
両名とも顔色が土気色で悪い。表情も無で、目に光もない……どころか、明らかに死んでいる。にも拘らず、二人とも自らの足できちんと立っていた。
「――死霊招来【雷の悪霊ガブリエラ】、【庭の怨霊クラネス】。死んでいて可愛らしいでしょう?」
「あんた、自分の仲間を生ける屍にしたの!? なんて非道な真似を……!」
「この根の国に堕ちてきた時点で死んでいたものですから。折角だから再利用してやったんですよ。ていうか、あの闇の火砕流に呑まれて生きているそっちの方がおかしいんだけど」
そうか、俺達は竹の【仏の御石の鉢】のお陰で闇を防ぐ事ができた。しかし、そんなものなどないガブリエラとクラネスはもろに闇を喰らってしまったのか。そして死んで、こうしてエルジェーベトの操り人形にされてしまった。
「さ・ら・に、追い打ち!」
エルジェーベトが拍手をする。ややあって、地響きが起きた。最初は遠くから聞こえていたのが段々と大きくなってくる。
「何をした!?」
「死霊招来【百鬼夜行進軍】――。
ふふふ、月がなくてもここまで暗く、闇の元素に満ち溢れたここ冥府なれば、オレもここまでの力を出せる。黎明期より増え続けた死者の群れ、その膨大な人数に招集を掛けました。輪廻転生したり自然消滅したりして数は減っちゃあいますが……そいつらがもうすぐここに押し寄せてきますよ」
「は?」
ちょっと待て。根の国にいる死者の群れを呼び寄せただと!? 日本の歴史二〇〇〇年以上、その間にどれだけの死人が出たと思っているんだ。数が減ったとはいえ億は下らないぞ。そんな多人数がここに来るというのか。
「それでは始めましょう。試合開始ィー!」
エルジェーベトが高らかに戦闘の始まりを宣言する。直後、温羅が俺達に躍り掛かってきた。




