第44転 TSコンビ
「温羅? 温羅ってあの……?」
カルルに覆い被さられたまま竹が愕然とする。驚くのも無理はない。温羅といえば四メートルを超える巨漢だった。目の前の可憐な女性とは似ても似つかない。その正体を見破れなくても責はない。
だが、俺は彼女の顔を知っている。
「その面、お前の娘のだな。娘を皮にしたのか、温羅?」
鬼ヶ島で桃太郎に子供達の命乞いをした鬼女だ。
実は彼女はあの温羅の娘の一人だったのだ。父親とは真逆の優しげな鬼女だった。だが、今の彼女は憎悪と愉悦に歪んだ険しい笑顔を浮かべている。
「少し違う。儂はのう、娘と融合したのだ。肉体はもうない。精神は摩耗するし腐敗もする。魂は朽ちる事はないが、肉体という器に留めておかないと霧散する。一〇〇〇年間、貴様への復讐の機会を待つには長すぎた。故に、儂らは融合したのだ。これで理論上、倍の期間は保つ」
成程、融合したから娘の容貌なのか。生者であれば不可能な芸当だ。肉体という器が境界線となり、互いに互いを拒絶するからだ。だが、肉体を失った死者であれば――不定形の精神と魂であれば溶け合う事は理論上可能だ。
だが、それは禁忌の所業だ。二つの人格を混合すれば元の人格がアイデンティティを失って崩壊しかねない。
「そこまでして俺に復讐したいか、温羅!」
「当然であろう。鬼ヶ島を、儂らの村を滅ぼした貴様を許せるものか!」
許せないか。ああ、そうだろうな。あれは酷い虐殺だった。老若男女問わず皆殺しだった。俺が殺したのだ。許せないのは道理だろうよ。だが、
「幾つもの村から奪い、人々を殺してきたお前ら鬼が言えた義理か!」
数えるのもうんざりするほど多くの人間を不幸にしたのは鬼の方だ。数々の村を襲い、蹂躙してきたのがこの温羅だ。あの村の子供達ならともかく、この悪鬼に復讐を謳う資格はない。
「なれば、どうする? また儂を斬るのか?」
「当たり前だ。お前は今、獣月宮を殺そうとした。カルルを傷付けた。俺の仲間を害するものは俺が斬る」
「それが貴様の使命という訳か、桃太郎」
「!」
使命……使命か。俺はまた使命で戦おうとしているのか。人に仇為すものは斬るという思考は俺の使命感から来るものなのか、それとも正義感から来るものなのか。やるべき立場だからやる。そこに俺の気持ちは入っているのか。
いや、今はそんな事を考えている場合ではない。こいつは俺への復讐の為に他人を巻き込んだ。敵対する理由はそれで充分だ。
「事情はよく知らんが、ともあれてめぇは小僧の敵か。だったら俺達の敵だよなあ。是非もなし」
「よくもカルに手を出したネ。八つ裂きにしても収まらない、腸まで散らかしてやるヨ」
刀を構える俺の横に波旬とネロが並ぶ。臨戦態勢だ。特にネロは獰猛な笑みを浮かべ、こめかみには血管が浮いている。相当お怒りの御様子だ。
そんな敵意の針の筵にいながらも温羅は平然としていた。
「クカカカ! 間抜けめ、勝算もなく挑む訳がなかろう。――エルジェーベト!」
温羅が頭上を仰ぐ。釣られて見れば、空を埋め尽くさんばかりの蝙蝠が飛んでいた。蝙蝠の群れは鳥居の上に集まると人型に固まり、人型は少女になった。
黒いドレスを身に纏った少女だ。ドレスにはレースやフリルがふんだんに使われ、愛らしさを強調している。髪は黒服に映える銀鼠色で、瞳は血のように赤い。肌は白く、まるで陶磁器のようだった。
「レディイイース・アァァァァーンドォ・ジェントルメェェェェーンッ!」
外見にそぐわず滅茶苦茶ハイテンションだった。
「鳥居を足蹴にするとは不遜な奴め。誰だ、そなたは?」
「オレはエルジェーベト・ブラッディタン。異世界転生軍の二番隊長、『吸血鬼』の異世界転生者にして『性転換』の異世界転生者。以後お見知り置きをお願いします、輪廻転生者の皆様方!」
「ブラッディタン……!」
カルルから聞いている。異世界転生軍には『終局七将』に匹敵する三人の隊長がいると。資格を持たないが故に七将に数えられていないが、その実力と役割の重要性から幹部に含まれている転生者がいると。
その内の一人、エルジェーベト・ブラッディタン。異世界転生軍首領の懐刀だ。
「イッツァ・ショータイム! ――【上級闇黒魔法】!」
エルジェーベトが鳥居から落下すると同時に掌から闇を放つ。闇は一気に拡散し、俺達を呑み込んだ。
刹那の暗転。次の瞬間、開けた視界は根の国ではなかった。
「ここは……鬼ヶ島の村?」
点在する平安時代の粗末な小屋、一軒の古ぼけた族長の屋敷。痩せこけた田畑。海に囲まれた島故に近い潮の香り。忘れようもない、ここは鬼ヶ島だ。あの日、桃太郎一行が攻め入った鬼ヶ島の村だ。
「痛っ!?」




